25.鏖殺
「そこの荷馬車! 止まれ」
関所の前、俺たちは常駐の兵らの他、白い外套を纏った『騎士』達により足止めを食らう。
「ヘレノス領にて人攫いが発生したとの通報があった。攫われたのは齢16の黒髪の少女だとか……おい、荷車の後ろに座っているお前。フードを上げて顔を見せろ」
騎士達の言葉に従い、目ぶかに被ったフードをゆっくりと外す。
「どうだ?」
「顔が違うな。彼女はバルバ……いや、攫われた被害者じゃあない」
おそらくベテランなのであろう見張りの兵に顔を確認される。その言葉にホッとするのはまだ早い。本番はこれからだ。
「念の為荷物の確認と、あとそこの妙な仮面を被った二名。顔を晒してもらおう」
俺は周囲にいる騎士の数を確認する。一、二……六人か。その内リーダーらしき男は、おそらく今自身の左から二番目にいる奴。次いで慣れた体捌きを見せる女……。
あらかたの優先順位を付け終わった後、狼の顔を模った面が指にかかる瞬間。ペトロス様は素早く馬の尻へと鞭を撃ち、馬車を急発進させる。
……あっけに取られたリーダー格の騎士めがけて俺は飛びかかり、手にした黒曜石の剣をふるい首を一撃で切り落とした。
右手に埋めた『石亜竜』ガルグイユの竜骸で強化した斬撃は強烈だ。加えてペトロス様の仕込んだ魔術によって硬度と切れ味の増した剣。噴き上がる血飛沫に周りが呆気に取られている内に二人目、三人目と厄介そうな騎士を狙い、その首を切断する。
『竜骸』は対魔物用の魔術兵器だ。その能力を遺憾なく発揮する場合、少なくともまだ使い手として未熟な自身は加減など出来ない。故に、はなから殺す気でその力をニンゲン相手に振るう。
四人目は、ようやく体が状況に追いついたのだろう。こちらの攻撃を自身の剣で受けようとし、バキンと折れた刃先が宙を舞った。そのまま押して転ばせ、素早く首元に剣を突き立てトドメをさす。
『汝に告げる 聖痕にて繋がれし白のエーテル 女神のオド 揺蕩うマナよ 贄の血肉を食らい 聖なる矢にて 我らの敵を射抜け』
ぞわりと本能的に背筋が粟立つ。未だ残る五人目が聖痕をよるべにした秘術を完成させ、赤黒い光を放つ矢が三本こちらに向けられる。
放たれる矢の位置を確認し、足に仕込んだ『霊兎』アルミラージの竜骸に魔力を通し、ジグザグの軌道を描き矢を交わしながら五人目へと肉薄する。
しかし、同時に気付いていた。最後に残した六人目の騎士もまた、聖痕の秘術を発動しようとしている。そうしてこちらの一撃は、おそらくどう足掻いても躱わせないだろうことを。
ああ、フィリス様。ペトロス様。そうしてニクス……俺の仲間達。せめてこの屍をこえ、皆だけは何とか生き残ってくれ。
そう五人目の首に刃を突き立て振り抜きつつ、己が死を覚悟した瞬間。
視界の端で音もなく、呪文を完成させる手前の六人目の側頭部から赤い血飛沫が舞い、練り上げていたオドとマナ、エーテルによる矢が霧散する。
反射的に関所の壁上を見上げる。そこには赤黒い煙を上げる金属筒を構えた、同胞ニクスの姿があった。
「ニクス!」
「イチロ! マダ敵イル 油断スルナ」
その言葉に、俺はこちらに向かって撃ち出される木製の矢を石亜竜の防壁魔術で弾いた後、黒曜石の剣を構えて駆け抜け、兵達を切り伏せる。
一人手にかけた以上、もう目撃者は残せない。逃げ出す兵をニクスが仕留め、俺が手足の竜骸をフルに稼働し目の前の敵を殲滅する。
そうして数分もしない内、ヘレノス領の関所はまさしく血の海と化していた。騎士達が背に纏う白い外套は、みな見るも無惨に赤黒く染まっている。
「終ワッタナ」
「……アア」
「行コウ ニクス」
剣に付いた血を布で拭った後、鞘に仕舞う。こちらに歩み寄るニクスの足取りは、心なしふらついていた。そういえば彼の任務は隠密が主で、ニンゲンの命を奪う任務はもっぱら武闘派の俺やサブロが請け負っていたのだったか。きっと慣れない仕事に疲れが出てしまったのだろう。
俺はおもむろにその場にしゃがみ込み、小柄なコボルトの少年相手に背を向ける。
「ニクス 俺ノ背中ニ 乗れ」
「エッ イ、イヤいい 自分デ歩ケル」
「俺ノ足は 竜骸デ強化シテる ペトロスさま達ニ 追いツクには コウスルのが早イ」
それは紛うことなき事実だ。ニクスは少しためらった後、おずおずと俺の背におぶさる。それをニンゲンがしていた見様見真似で抱え、両足の竜骸に魔力をこめて駆け出し、俺たちは関所を後にした。
背の温もりを感じながら、俺はふと懐かしさを覚える。
未だ神より知性を授かることの無かった時代、子供をおぶる記憶など自身にはないはずなのに、不思議とかつての妻や子供達との触れ合いや思い出。その時ぼんやりと覚えた幸福の感情が胸の内に蘇った。
「アノ イチロ……」
ニクスの問いかけに、俺は言葉少なに「ナンダ」と口にし続きを促す。
「イチロ ヒトリでノコルの ヨクなかった オレ イチロいなくなったらサミシイ 間に合ッテ ヨカッタ」
彼の言葉に、俺は一瞬なんと返そうか言葉に迷った。……結果的にニクスの助力が功を奏したものの、今回の任務が危険なものであったことに変わりはない。
ニクスは歳の割にしっかりしており実力も高いが、コボルト六隊長の中では最も年若い。故に、自身も彼を「共に死線を潜り抜ける仲間」でなく「守るべき対象」と、無意識にそう捉えていたのだろう。それが間違いだとは今でも思っていない。しかし。
「ソウダナ オマエがイテくれテ 助カッタ ニクス アリガトウな」
「オ、オ礼 イラナイ 次からイチロがオレを 頼リにシテクレタラ ソレでイイ」
そう慌てたようにモゴモゴと言い募るニクスに、思わず小さく噴き出してしまう。
……血に塗れるのは俺たち一部の、大人のコボルトだけでいい。そう願うのはただの欺瞞に過ぎないのだと、改めて理解したからだ。
俺たちはこの戦の準備を終えたら、フィリス様の言う『聖戦』にて多くのニンゲン達を殺すことになる。その時にはきっと、先ほど起きたことのよう、もはや綺麗事など言っていられないのだろう。




