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24.令嬢バルバラ



 夜が明けた後。侵入者により荒らされた城内を見て、ヘレノス城中は大きな騒ぎになった。


 十数の兵がのされ、宝物庫の扉は破壊されて、おまけに城主サヴァン・ヘレノスの一人娘バルバラは行方不明ときた。サヴァンは顔面蒼白のまま、その日城を訪れた国王ジニアスに事の次第を説明した。


「……つまり、私に娘バルバラの捜索をせよと」

「ジニアス陛下は、栄誉ある聖痕騎士団の元団長にあらせられる。どうか娘の為に、力を貸して頂きたいのです」


 憔悴しきったサヴァンを前に、ジニアスはふんとその脂ぎった鉤鼻を鳴らし、言葉を紡いだ。


「すでに傷物になっているやもしれぬ、そなたの娘を探し出すことに何の利があるというのだ」

「そ、そんな無体なことを」

「……私も鬼ではない。以前そなたが買い付けた勇者の竜骸。『氷狼』フェンリルの牙と左手を差し出すのなら、捜索に協力してやろう」


 ジニアスの言葉に、サヴァンはその口を閉ざし額に脂汗を浮かべる。そうしておずおずといったていで口を開いた。


「『氷狼』フェンリルの牙と左手をお渡しすることは出来ません」

「なぜだ。娘バルバラの身がどうなっても良いと言うのか」

「いえ、そういうことではなく。左手は竜骸を取り出した後、燃やして庭に埋めました。娘のバルバラがそう望んだものですから。そうして竜骸本体は……」



 


「ねえ、ノースフィールってフィリス様の母君がいた場所なんでしょう? 着くのが楽しみだわ」


 荷馬車に揺られながら、フードを被った黒髪の少女はそう上機嫌に言葉を紡ぐ。


 バルバラ・ヘレノス。波打つ黒髪に澄んだ青色の瞳。薔薇色の頬も美しい齢16ほどのニンゲンの少女だ。

 

 イースタール地方ヘレノス領の主サヴァンの娘である彼女は、どうやら我らが主フィリス様のファンなのだそう。嬉しそうに彼のことを語る少女を前に、馬を進ませるペトロス様の機嫌は先ほどからずっと悪い。……確かペトロス様も勇者の信奉者だった筈。同じフィリス様を好くもの同士、仲良くすれば良いのに。


「貴方たち、さっきから変なお面を被ってるけど暑くないの?」

「……」


 ニクスは人見知りをしているのか、バルバラが話しかけても無言を貫いていた。仕方なく自身が口を開き、彼女の相手をする。


「コノ仮面は 外サナイ 主人ノ命令ダカラ ソレヨリ 本当ニ 竜骸ノ場所 知ッテルか?」

「ええ、私をノースフィールの地まで運んでくれたら、約束通り竜骸の場所を教えるわ」


 ……この娘バルバラは、宝物庫に存在しなかった竜骸の在処を知っている。しかしそれを教える条件として、彼女は自身をヘレノス城から連れ出し、父も連れ戻せないほど遠くの地に運んで欲しいと俺たちに願い出てきた。


 ペトロス様は少し考えた後、今はこの娘の言うことに従った方が良いとの判断を下した。そうして俺たちは手ぶらのまま、ヘレノス領を出てノースフィールの地へと戻ろうとする道中であった。


「それで私ね、昔フィリス様の姿を見たことがあるんだけど、彼とってもカッコいいの! はぁ、生きていたら絶対にフィリス様と結婚したかったのに。お父様ったら私の結婚相手は生半可な相手じゃだめだって。よりによってジニアス陛下との縁談を持ってきたのよ!? 本当にありえない! あんなオジサンと結婚するぐらいなら家出してやるって、そう城を抜け出そうとした時にちょうど貴方たちと出会って」


 年頃のニンゲンの娘というのは良く喋るものだと。そんなことを思いながら俺は適当に相槌を打つ。時折嫌がるニクスを指でつんつんと小突くその無法をどうやめさせようか考えている所、無言であったペトロス様が口を開く。


「……なぜ勇者の竜骸などを父にねだったのだ。フィリス様を慕っていながら、彼が哀れにも手足をもがれ、辱められた証をわざわざ欲しがるなど気が知れない」


  それはまるで吐き捨てるかのような、深い怒りのこもった声色であった。ペトロス様は昔、国中を旅する道中、魔物に襲われていたところをフィリス様に救われたのだとか。ペトロス様からすれば、フィリス様がニンゲンから受けた仕打ちは到底許すのことの出来ないものなのだろう。


「だからこそよ。私、フィリス様の手足がまるでモノみたいに売り買いされてるのを見て、とても嫌な気持ちになったの。本当、ジニアス陛下なんか大っ嫌い……お父様の手持ちでは左手しか買えなかったけど、フィリス様の竜骸は取り出して、残った体は火葬して弔ったわ。いつまでも見世物みたいにするなんて可哀想だもの」


 そう言って、バルバラは涙ぐみ喉を詰まらせた。その言い分に、ペトロス様も幾分か納得はしたのだろう。先ほどよりも和らいだ声色で、バルバラに声をかける。


「そうだったか……取り出した竜骸は、共に墓にでも埋めたのか?」

「……! そうやってドサクサに紛れて場所を聞き出そうとしても無駄よ。貴方たちがちゃんと約束を果たすまで、教えないんだから」


 そう言ってぷいと横を向くバルバラに、俺は肩をすくめる。……竜骸はおそらくイースタールの地にあるのだから、現地で聞き出せれば良かったのだが。こうなっては仕方がない。



 しばらく荷馬車を走らせた後、ペトロス様がぽつりと呟く。


「まずいな」


 道の先に目をこらすと、そこは山間に設けられた関所。ヘレノス領を出るための場所に、行きよりもずっと多くの兵が駐在しているのが見えた。


「盗ンダ後 関所ヒト増エル ペトロス様 予想シテた」

「ああ。だが見てみろ。遠目からも目立つあの外套……かなりの量の『騎士』が居る」


 『騎士』というその言葉に、俺とニクスの間に緊張が走る。『聖痕』の秘術と呼ばれる技を使う彼らは、俺たち魔物の天敵だ。今回対人用の装備は充実させてきているが、対騎士の武装は未だ間に合っていない。彼らの術をまともに食らえば、俺もニクスも一巻の終わりだ。だが。


「ペトロスさま オレが囮にナッテ 時間カセグ ソノ間ニ 関所ヌケル」

「……危険な役目だぞ。良いのか」

「イイ ソノ代ワリ 加減デキナイ 許可ヲ ペトロスさま」


 バルバラが、良く分かっていなさそうな顔でこちらを見つめる。リスクは高いが、方法はこれしかないだろう。


「ああ、許可する。手筈通り『姿惑わしの首飾り』はお前に渡そう……必ず生きて戻ってこい」


 ペトロス様の言葉に、オレは頷きつつ首に魔術の籠った飾りを付ける。

 そうしてバルバラ以外の三人と打ち合わせをした後、いよいよ俺たちの荷馬車は関所の前までたどり着いた。


 

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