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23.ヘレノス城



「ああ、今思い出しても腹の立つ。忌々しい盗人どもめ。良くも私が狙っていたコレクションを……」

「落ち着けセシリア。見よ。そのように顔を顰めては、そなたの麗しいかんばせが台無しになろう」


 そう言って私を宥めるのは、元騎士団長にしてこの国の現国王。ジニアス・リラミスであった。


 私より二十も歳が離れた男で、その面立ちには明確な老いが見え隠れしている。ああ、忌々しい。この男であれば私を『妃』の座に押し上げてくれると思っていたのに。


 昔は何でも私の言うことを聞いていた彼も、近頃はすっかりと口先ばかりで、それでいて意地汚く私の体は求めてくる。こんなことになるならジニアスに着いていくのでなく、前王ネメシスに乗り換え彼の裏切りを密告すべきであった。そうすれば私は今頃……。


「そうだセシリア。いずれお前の為に、とっておきの贈り物を用意しようと思っている」

「……ジニアス様。それは一体どのような代物で?」

「お前が欲しがっていたフィリス王子の竜骸だ。『左手』を所持するサヴァン・ヘレノスの城に、近々私も赴くことになっている。そこで売り払った竜骸を、今一度手元に戻すよう交渉しよう」


 果たしてどうだか。こいつの目当ては私の機嫌を取るための竜骸でなく、サヴァンが溺愛している一人娘のバルバラであろう。確か齢は今年で十六になるのだったか。ああ、忌々しい。


 この数年。何もかもが気に入らないことばかりだ。私は世界で一番美しいのに、何故周りはこの私に相応しい地位と称賛を与えようとしないのか。


 ……特に気に入らないのは、前王ネメシスをそそのかし手足を切り落とさせ、女神の贄となったあの第一王子のことであった。かつてこの私に恥をかかせた男の手足は、何としても我が手に収めたかったというのに。


「ほら、セシリア。私の腕の中に来るが良い……ああ、そうだ。そのまま」


 薄暗い寝所の中で、私はまた自らの身を切り売りするだけの無為な時間を過ごす。

 ……まだだ。私は、こんなところで終わって良い人間ではない。だから次に追い落とすべき『獲物』を脳裏に描きつつ、今はただ男の腕に身を任せた。



 


「ニクス 使い勝手ハ ドウダ」

「ワルクナイ」


 煙の上がる筒に次弾を詰めつつ、そうニクスは言葉少なにこちらへと返事する。

 

 聖ラミシス王国イースタール地方、ヘレノス領。ルミネス家が統治する東の地で最も広い領土と財を持つ大地主の治める地だ。

 

 サヴァン・ヘレノスが住まう城にて、夜半。俺とニクス、そうしてペトロス様の三名は『氷狼』の竜骸を手にすべく城へと潜入していた。


 ニクスが持つ金属筒には、特殊な魔術が掛かっている。前込め式で飾り石を撃ち出すのは自身の所持するものと同様だが、彼の筒は発砲音が極めて小さい。現にニクスが試し撃ちで仕留めた見回りの兵は、何が起きたのかも分からぬまま倒れ込み、周りもそれに気づいた様子はない。


「手筈ドオリ ニクスは ココで 見張リの兵を 減ラセ 俺ハ ペトロスさまニ 続ク」

「ワカッタ 気ヲツケテ イチロ」


 彼の言葉に頷き、俺はニクスの狙撃で手薄になった出入り口から、城内に侵入する。

 城の内部は、昼にニクスが潜入し簡易な見取り図を作っている。『氷狼』の竜骸は、おそらく城の宝物庫にあるだろう。今頃はペトロス様が先に侵入し、宝物庫の扉を破壊して中のものを盗み出している筈だ。城内は静かで、こちらの侵入に気付かれた様子はない。


 ふと遠くから人間の足音が聞こえ、咄嗟に俺は飛び上がり天井へと張り付く。ニクスに教わった技だ。自身はまだ物音を立ててしまうが、ニクスは音もなく自らの身を隠すことが出来る。自身もまだまだだと思いつつ、下を見下ろす。


「さっきここで物音がしたような……」

「気のせいだろ。さっさと次行って終わらせようぜ」


 松明を手に、軽鎧を纏った二人の兵が真下を通る。周囲に人の気配はない……チャンスだ。


 俺は二人が真下を通り過ぎた瞬間、背後に降り立ち彼らの首に毒針を打ち込んだ。強化した手足による早業に人間らは対応出来ず、即効性の麻痺毒に痙攣した後その場に倒れ込む。


 火を消して、兵士二人の体を引きずり物陰に隠す。ペトロス様が目的の品を盗み出す間、なるべく城内の見張りを行動不能にして、彼が城から脱出しやすいよう支援する。それが俺とニクスに課せられた使命だ。


 ……フィリス様は「必要以上にニンゲンを殺すな」と。そう俺たちに教えた。現に今自身や、そうしてニクスが弾に使っている飾り石に塗り込んだ『麻痺毒』は、ニンゲンを殺す為に用いるものではない。これはゴロスとロクスの部隊が作り出したもので、数刻全身を麻痺させる効果がある。


「(ワカラナイ)」


 不殺の縛りなどただの欺瞞でしかないと、そう自身は思っていた。魔物もニンゲンも、皆負ければ等しく死んで、強者の養分になる。弱肉強食。それが世の理のはずだ。

 俺は以前、ペトロス様と一緒にノースフィールの領主クロミスとやらを殺した。つまりフィリス様は、殺していいニンゲンとそうじゃないニンゲンの区別を付けているのだ。自分にはそれが理解出来ない。麻痺毒だって無限にある訳じゃないのに。『仲間』でないニンゲンの命なぞ、どうでも良いではないか。


「……オット」


 宝物庫の方向が、不意に騒がしいことに気付く。まさか、ペトロス様は敵に見つかってしまったのか。俺は急いで目的の場所へと向かい、そうしてそこで目にする。


「お願い! 私をここから連れ出して。そうしたら……」


 破られた宝物庫の扉の前。佇むペトロス様の姿と、ニンゲンの女の後ろ姿が見える。

 ……俺は一気に距離を詰めて背後に忍び寄り、女の首に毒針を刺した。


 人間の女が、どさりとその場に倒れ込む。ペトロス様はこちらを一瞥した後、小さくため息を吐いた。


「ペトロスさま ブジですか」

「ああ……イチロよ。この女の身を運んで外に出るぞ」

「……? ナゼデスカ」


「宝物庫にフィリス様の竜骸は存在しなかった。場所はこの女……バルバラ・ヘレノスが知っていたそうだが、今しがたお前が麻痺毒で気絶させてしまったからな。運び出して起きるのを待つしかないだろう」


 ……ペトロス様の言葉を聞いて、俺は自身がとんだやらかしをしてしまった事を自覚した。


「ゴ ゴ ゴメンナサイ ペトロスさま」

「良い。お前は自らに与えられた使命の通り動いただけだろう……フィリス様の持たせた麻痺毒があって良かったな。あやうく貴重な情報源の口を、永遠に封じてしまうところだった」

「……ハイ」


 俺は先ほどの自身の考えを改め、反省する。

 不必要に人間殺す。良くない。俺はその理由を、綺麗事でなく己が身をもって理解した。


 

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