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22.今後の方針



「次はイースタールのヘレノス城か。忙しないな」

「アストゥラル神よ。貴方も今回の旅には同行していたからお分かりでしょう。各地方にも、犬亜人と翼亜人……魔物の一部が知能を保ち始めていることが徐々に知られ始めている。戦を始める為の準備は、早いに越したことはない」


 ノーラント山の頂きにそびえる古城。そこで男神アストゥラルの声が脳裏に響く中、俺は机に向かい、数々の文献を参考に魔術道具の設計図を紙面に書き記していた。今回ウェスティンより盗み出した『氷鷲の護符』の解析は済んでいる。これを量産するための設計図の準備。あとは『夜鬼王の牙』『大妖精の翅』……そうして竜の心臓を用いた儀式の為の準備。とにかくやることは多い。故に。


「名士サヴァン・ヘレノスが所持する『氷狼の左手』の奪取……あと『一角獣』を運び出すルートを東にも確保するんだっけ? 西側はフィリスが別行動をしていた際、ウェスティンの商会に掛け合っていたな」

「ええ。そちらにはペトロスとイチロ、ニクスの部隊を向かわせる予定です」

「精鋭揃いだねぇ。で、『竜』退治の方には」

「そちらは俺とサブロ、ヨンカが向います」

「ふうん。ゴロスとロクスは連れて行かなくていいのか?」

「彼らには、引き続き兵全体の戦力を増強するための任務がある……ベーテス領主パウロルは多芸な人物。コボルトらが彼から教わるべきことは多いでしょう」


 一通り脳内にあった仕様を書き出した後、筆を置く。商都ウェスティンでの略奪によって、こちらが得た切り札は大きい。後はそれを生かすべく、淡々と成すべき事を成すだけだ。


「ふむ、一度おさらいをしておこう」

「それは誰の為にですか」

「一旦は君の為に、と言っておこうか」


 脳裏に響く男神はごほんと明らかに不要な咳払いをした後、言葉を紡ぐ。


「これからフィリスが成すことは三つ。一つは自身の左手たる『氷狼の竜骸』の入手。もう一つは『竜』の討伐、最後に『兵力』の強化……近頃はハーピー達にも魔術を教え込んでいるようだな。ナフィアが嬉しそうに話していたぞ」

「……アストゥラル様、今なんと? 確か貴方は、俺以外の生物との意思疎通は出来ぬと話していたはず」

「ああ、もちろんナフィアと直接言葉を交わすことは出来ない。だが君の妹がいる広間に、彼女はよく顔を出しているだろう? その時、ナフィアが彼女に語りかける内容がたまたま私の耳に入ることもあるのだ」


 なるほど、要は盗み聞きというやつか。


「言葉には気をつけたまえよ、フィリス王子。まがりなりにも私は神だぞ? その気になればお前達の知性を奪い、赤子同然の身の上にすることだって容易なのだからな?」

「ええ。敬意を欠いた言葉の数々。誠に申し訳ございません……ですがアストゥラル様。無礼を重ねることを承知で、以前より貴方に伺いたかったことがあるのですがよろしいでしょうか」

「なんだ」


 

「貴方の妹、女神エーティエルが悠久の神殿に閉じ込められた後。いや、手足をもがれるその手前。貴方の神の力をもってすれば妹御の身を救うことも出来たはず。だのになぜ貴方は、忌まわしきこの王国が地上に三百年以上も続いた今、この俺に神託を下したのです?」

 

 俺の問いかけに、神は思いの外あっさりとした様子でその答えを返す。


「忘れた!」

「忘れ……」

「ああいや。厳密にいえば『降臨の儀』か。フィリスが上位世界に奉じられた日、私は始めて『ヒト』である君の自我とリンクし今の特性を得たのだよ。本来神の自我というのは希薄なものだ。それは知性を司る私とて例外でなく、地上に降りた妹が人の贄となった時も、私の胸にはさしたる感慨は無かったように思う」


 なるほど、これまでのやりとりから伺えるアストゥラルの人物像と、過去の行動との不一致にようやく納得がいく。


「つまり貴方が人と同等の感情を得たのは、つい最近のことなのですね」

「ああ、そういうことになるな……ん? おいフィリス、『そちらこそ生まれたての赤子同然じゃないか』という今の言葉は聞き捨てならんぞ。前々から思っていたが君は性格が悪いな!? もっと臣下のコボルトらやナフィアを見習って、知性あるものの持つ純真ないたわりの心というものを今一度学び直し、育むべきではないか?」

「……今更、彼らから学ぶことは何もありませんよアストゥラル神。私は物事ついた時より自分が『善い』人間だと感じたことは一度もございません。勇者などという美称も、周りが私の在り方を都合よく持て囃そうと取って付けたものに過ぎない……妹や彼らのような生き物と私は、根底から違う存在なのです」


 俺の言葉に、脳裏へと響いていたアストゥラル神の声が一瞬途絶えた。しかしついで、神の物静かで理知的な声が自らの頭に降りてくる。


「……人の子フィリスよ。お前と種も異なる魔物相手にそう思うのはまだ理解できるが、肉親の妹とすら違っていると思うのは一体どういう訳か」

「アストゥラル様。ヒトというものは長年『知性ある生き物』の先人が築いてきた社会のルールという惰性に流され、その知能を善悪の別に働かせることもなく、ただ己が利を貪らんとする人間が上に立つ事を是としてしまう愚かな生き物なのです。私の周囲に居たのは、そんな人間ばかりでした。だが妹だけは違ったのです。私が胸にわだかまりを残しつつも目を背け続けた世の不条理を、彼女だけはその純真な心と神より授かった知性をもってつぶさに拾い上げ、懸命に弱き民草らをその小さな手で救おうとしていた」


 羽筆を握る自身の手に自ずと力が入り、柄がバキりとへし折れる。


「……なるほど、もう良い。私は偉大なる知の神ゆえに、大体のことは理解した。ハハハ。私が仮に君の妹フィオナを依代にしていたら、きっと我が妹エーティエルと同じ末路を辿っていたことだろう」

「つまりは?」

「今私は、君の元来の性格の悪さに感謝しているということだ」


 そうか。まあどういった形であれ、神に感謝されるというのは悪いものでも無いのだろう。

 俺は新たな羽筆を手にとり、ただ今後自身が思い描く未来のために、自らの手を動かした。



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