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21.みんな友達



 コロシアムの下見中に見つけた人気のない一角。そこには同じくフードを目深に被った同胞、ニクスの姿があった。


「……ニクス レイノ品 ウケトッタカ?」

「アア……」


 ニクスの声も、心なし沈んで暗いものであった。普段感情の読めない彼だが、この時ばかりは自身と気持ちを同じくしているのが分かった。


 彼は自らの外套から、手早く一本の細く白長い物体を取り出す。それは先ほどオークション会場にて出品されていた八足馬の足骨。フィリス様の竜骸の付属品だ。


 俺たちは無言で地面にその足骨の杭を突き立て、そうして祈るようその場に佇んだ。

 ……もし、作戦通りに事が運んでいれば奇跡が起こる筈。頼む、どうか神アストゥラル様。女神様。どうかフィリス様の命が無事でありますように。


 喧騒の音も遠く、俺とニクスはその場所でただ静かに時を待っていた。


 そうしてふと、自身の体に太く逞しいニンゲンの腕が回される感覚。そうして次の瞬間、奇妙な浮遊感と共に視界がぐにゃりと歪み、気づけば自身らの体はコロシアムの中から、夜風吹き付ける外へと移動していた。


「ロクスさん、ニクスさん! 無事でよかった……!」


 そう感極まったような少女の声を遠くに、俺はゆっくりと自らの横を振り返る。


「フィ、フィリス サマ」

「おいおい、外ではウォルフと……まあいい。良くやったロクス。そうしてニクスよ」


 男はこちらに回した腕を解き、そうして自らの被っていた白い仮面を外す。

 そこには柔らかな金茶の瞳を持つ青年の姿。まごう事なき我らが王、フィリスさまの姿があった。


 自身の目にじわじわと涙が浮かび、視界がにじむ。ああ、良かった。この匂い、この声。本物だ。生きてた。


「ウっ ウゥ……」

「ワォ〜〜オンオン!」


 向かいから、俺よりもオーバーな泣き声と遠吠えが聞こえ、思わず自身の涙が引っ込む。そこには始終クールな様子であったニクスが、その仮面の隙間から涙やよだれの体液をこぼしつつ、フィリスさまにしがみつき泣き喚いていた。


「ニクス、落ち着け」

「ウうぅ、フィリスさま 生キテタ ヨカッタ ワオォ〜〜ン!」

「……ロクス、任せてもいいか。多少街から離れているとはいえ、この遠吠えは人目につく」

「ア ハイ……ニクス コッチだ コイ」


 あまりにも予想外すぎる同胞の反応に、やや引きつつもニクスの体をフィリスさまから引き離す。そばにいるナフィアは、なにやら貰い泣きをしているのか目に涙を浮かべていた。ダメだ、自分がしっかりしなければ。


 

 ここは商都ウェスティンを取り囲む外壁からやや離れた郊外。木陰に隠してあった荷馬車の横を歩きながら、俺は隣にいるニクスを慰めた。


「ニクス 泣クナ フィリスさま ブジ モウ何モ 悲シイコトない ゲンキだせ」

「カナシイんじゃナイ ウレシクて ナイテル オレまた オヤ イナクナッタ オモッタ ヨカッタ」


 人気も無いからと、鉄仮面を外したニクスの顔は涙でべしょべしょに濡れていた。その顔立ちは、他のコボルトに比べて未だ幼い。

 彼の年齢は今年でたしか七歳だったか。俺よりも早い時分に親を亡くして以降、年の近い子コボルトや弟妹らを率いて暮らしていたそうだ。

 

 ニクスは神より知能を授かる前から、食べ物を見つけたり敵から身を隠す術に長けていたらしい。野生の勘というものか、元より他の魔物よりは知能に優れていたのだろう。彼は神の恩寵を得て、名を与えられた後も、周囲の大人コボルト顔負けの能力を如何なく発揮していた。しかし。


「ニクスさん! ロクスさんが私たちのために買ってきてくれた甘パン、良かったら一緒に食べませんか?」

「グス……タベル アリガトウ ナフィア ロクス」


 ニクスは涙を拭いながら、ナフィアのかぎ爪のついた手から果物と蜂蜜を練り込んだパンを受け取りかぶりつく。

 

 ……この様子を見るに。彼は背伸びをしていただけで、その内面はまだ子供同然だったのだろう。勝手に自分とは相容れないだの、スカしているだのと決めつけ、彼を苦手に思っていた自身が恥ずかしい。


「フィリスさま! これで全部です」

「……よし、目当ての品は全て揃っているな。ロクス、ニクス。ご苦労だった。見張りは俺が変わるから、お前達は馬車に乗れ」

「エ デモ フィリスさま」

「ロクス、お前はパウロルから馬の扱いを教わっていたな?」

「アッ カ、カワリマス! フィリスさま オレ 仕事スル!」


 俺たちはフィリス様が降りた後、簡易な幌のついた馬車の中に乗り込む。俺は手綱を握り、パウロル様に教わったよう馬達に指示を出し、馬車を進ませた。


「デモ フィリスさま ドウシテ ブジだった?」

「それはロクスさんのおかげだそうですよ。ですよね、フィリスさま?」

「オレ?」

「……ああ。お前が色付きの煙幕を出した時、たまたま視線の先に『聖槍』を発動させようとするセシリア・ルミネスの姿が見えたんだ。『飛竜』の左足では躱わせないと分かり、咄嗟に『八足馬』による瞬間移動魔術を発動させた。ロクスが気づかせてくれたおかげだ」


 そう言ってフィリス様は自らの右足へと視線を落とす。


 ……今回の商都ウェスティンでの略奪。作戦は極めてシンプルなものだった。

 フィリス様の右足の竜骸、『八足馬』スレイプニルには特殊な魔術を仕込んでいる。それが空間の跳躍。特注品であるスレイプニルの足骨の杭がある場所に、フィリス様は体内の魔力オドを消費して瞬時に移動することが出来るのだとか。


 その特性を活かして、オークションで手に入れた竜骸をすぐさま自身の足に仕込む。そうして『姿隠しの首飾り』で透明になったナフィアが空を飛んで右足と足骨を回収し、その内一本はニクスに手渡し、もう一本を一目のつかない街中。もう一本を馬車を隠した街の郊外に移動させる。


 後はフィリスさまが頃合いを見て『八足馬』の竜骸で街中に逃げ、そうして竜骸以外の品を盗んだ俺とニクスを回収した後、街の外に逃れるという寸法だ。


「……オレ スゴクない ケムリダマ ナゲたのモ タマタマ スゴイのは フィリスさまと スレイプニルの 竜骸ダ」

「タシカニ フィリスさま スレイプニル スゴく カッコいい」

「ああ。今回お前達の働きのおかげで、この竜骸を取り戻すことが出来た。魔力の消費は激しいが、大層便利な代物だからな……なあ、ロクス、ニクス、そうしてナフィアよ」


 フィリス様は向かう先、遠くに視線を向けつつ言葉を紡ぐ。


「俺は、お前達三人の献身に等しく感謝している……今回、俺たちが誰一人欠けることなく、こうして大きな成果を上げることが出来たのは皆の力があってこそだ。ニクスの諜報技術、ナフィアの飛行能力、俺は荒事の対処といった所か。そうしてロクス」

「ハ、ハイ」

「ナフィアの顔の件は、お前の責ではない。本人も気にしていないといっている。治療の方法は、俺の方で検討しておこう。……ロクスは道具の用意や下見、そうしてナフィアの世話まで、多岐に渡る仕事を全て真面目にこなしてくれた。だから、気に病むことは何もない」


 思いがけないフィリスさまの言葉に、俺は思わずナフィアの方を見る。

 彼女は俺が買い与えた帽子を深く被り、おずおずと言葉を紡ぐ。


「お仕事の前に、フィリスさまから聞きました。ロクスさんは、友達のヨンカさんに贈り物をするためにずっとお金を貯めてたんだって。だからこれは、ロクスさんの誠心誠意のお詫びの気持ちだろうから、彼を責めないでやってくれと……でも私。ロクスさんには感謝の気持ちしかないんです。ハーピーの仲間たちから嫌われてる私と普通に話をしてくれて、仲良くしてくれて嬉しかった。私、この帽子はロクスさんとの……ゆ、友情の、証としてずっと大事にします。だから、どうかこれからもよろしくお願いします!」


 そのナフィアの、しどろもどろながらも心のこもった言葉に、自身の心が温かくなるのを感じた。そうしてそれは、己だけではないのだろう。フィリスさまや、ニクスを取り巻く空気も心なし柔らかくなったのを感じる。


「アリガトウ ナフィア オレタチ トモダチ イツデモ チカラになる」

「……! はい、ロクスさん!」

「ナフィア ロクスだけ チガウ オレも パンもらった トモダチ」

「っ! ええ、そうですね。ニクスさん。ではフィリスさまもトモダチですね」

「エッ……」


 ナフィアから貰ったパンを齧っていたフィリスさまは、一瞬何を言われたのか分からないような顔をしていた。いや、そりゃそうだ。流石にフィリスさまを友達というのは、俺達も畏れ多いというか何というか。


 しかしこの場に誰も、ナフィアの言動を咎められるものは居なかった。フィリスさまは二、三秒ほどの沈黙の後、その口から「そうだな」と一言言葉を発するに留めた。


 あのフィリスさまが、魔物の少女相手にたじたじになっている。その時不思議となぜか俺の脳内に、聞き覚えのあるようなないような、若き男神の笑い声が遠くより響き渡ったような気がした。


 

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