20.オークション
夕方過ぎ、俺とナフィアは指定の場所に向かう。そこにはフィリス改めウォルフ様の姿と、ニクスが人もまばらな街の広場に集まっていた。
「ウォルフさま! ただいま戻りました」
「ああ……その帽子はどうした、ナフィア」
「ロクスさんが私に買ってくれたんです!」
そうナフィアはふんと胸を張り、自らの顔半分を隠すリボンとレースの飾りが垂れ下がった紅色の帽子を見せびらかす。
俺はそっとウォルフ様の側によって耳打ちし、事の次第を手短に説明する。ウォルフ様はただ「そうか」と一言口にし、ナフィアの方を向く。
「良い帽子だな……だが作戦の本番前には、他の荷物と一緒に預かっておくことにしよう。万が一のことがあって、失くしてしまってはナフィアも困るだろう?」
「っ! そ、そうですね。ではロクスさん、甘パンも一緒に預かってもらいましょう」
そう言ってナフィアは慌てて自らの頭から帽子を取り上げ外す……顔の左半分は、現在その目立つ痣を隠すよう包帯で覆っている。しかし合間から見える赤黒い痣に気付いたのだろう。側にいるウォルフ様が微かに息を呑む音が聞こえた気がした。
日が沈んだ後、オークションの本番に伴い俺たちはそれぞれの持ち場に付く。姿隠しの首飾りは、現状ナフィアの首にかかっている。俺はニクスと反対方向にて手分けし、所定の品を運び出す手筈になっていた。コロシアムの会場全体を見渡せる高所に控え、目下の景色を観察する。
ウェスティンのオークションでは、生体非生体を問わず様々な『商品』が出品される。希少生物、奴隷、そうして魔物。特にハーピーの様な人型の魔物は需要があるようで、このオークションにも一体の翼亜人が出品される。そう……。
「さあ、皆さまご覧あれ! ここにいるのはただの翼亜人にあらず。人語を操り、そうして解する希少な魔物にございます!」
コロシアムの中央には、一体のハーピーが甲高い声で喚きながら檻の中に閉じ込められていた。
「ここ狭くてキライ! アタシ山に帰りたいの! はやく出してぇ!」
おそらくノースフィールの外に住んでいたハーピーの一体だろう。フィリス様はノースフィールのみならずこの国、いや外の地全ての魔物に等しく神は知能をお与えになったのだと、そう話していた。
哀れな同胞だ。俺たちはたまたまフィリス様の導きを得られたが、まだまだ外には迷えるコボルトやハーピーらが大勢居るのだろう。せめて彼らがきたるべき時まで、人目を隠れて悪意の手から逃れれば良いと、そう願わずにはいられなかった。
オークションは進み、目当ての品が運ばれていく場所を確認し図面に書き込む。俺たちはタイミングが来たら、手分けして目当ての品を収集しつつ、騒ぎを大きくする役目を担っている。
そうしていよいよその時は訪れた。
「さあ、これよりお目にかけるは本日の目玉。女神に捧げられた悲劇の元王子にして、かつて国中の魔物を打ち倒した勇者フィリスの右足。かの『八足馬』スレイプニルの竜骸を埋め込んだ代物になります!」
そういって被せた布が取り払われ現れたのは、乾燥して樹木の肌のようになった人間の右足。脛の部分を裂かれており、そこに埋められているのは鈍い銀色に光る馬の蹄のようなものだった。
「こちらに加え、彼が使用していたスレイプニルの足骨の杭も三本お付けいたします。この品の元の持ち主は、勇者の竜骸を買い付けた数日後に不審な死を遂げたのだとか。中には『王子の呪い』などと嘯く者もおりますが……ハハ! さすれば我らの麗しき騎士団長セシリア・ルミネス女史。そうしてイースタールの名士サヴァン殿は前王子の呪いに打ち勝ちし英勇ともいえるでしょう。さあ、名だたる彼らに続く猛者となり得るものは誰か? 我ぞと言うものは手を……」
途端、会場の虚空から突如、布に巻かれた球体が出現し地面に落ちる。シューという音と共に赤黒い煙が辺りを取り囲み、会場中と司会のものがにわかにどよめく。これからが正念場だ。
「何だ!? 一体何が起きて……」
その言葉を続ける間もなく、煙の中から司会の男の体が勢いよく投げ出される。そうして会場の各地で同様の煙と共に、時折爆発音が響き渡る。
人々の悲鳴と逃げ惑う動きに乗じて、俺はフードを目深く被ったまま素早く目的の場所へと飛びうつった。反対側はニクスが担当しているはず。俺は目処をつけていた天幕の中に素早く忍びこみ、そうして檻の中に閉じ込められているハーピーや魔物達の鍵を、金属の棒で手早くこじ開ける。
「だ、誰よ、アンタ!」
「ノースフィール カミサマのツカイ ウォルフさま 仕えテル オマエモ逃ゲタラ 仲間サソッテ来イ」
それだけ言って、俺は檻から出した魔物を誘導して会場に放つ。『大妖精の翅』は先ほど回収した。あとこちら側にあるのは確か『夜鬼王の牙』……合ったには合ったが、そこには見張りをしていた二体のニンゲンがいて、こちらの姿をみとめるなり襲いかかってきた。
「っ! お前か、騒ぎを起こし魔物達を逃したのは。火事場泥棒め、覚悟しやが……」
素早く踏み込み、護衛をしていた男の首元に針を突き刺す。
「この!」と掴みかかってくるもう片方の男の動きは、『目』を強化する魔術で見切っていた。人間とコボルトには覆しきれない体格差がある。まともに打ち合っては勝てない。だからその不足した分は、魔術で補う。
「ガハッ……う、ぅ」
首に刺した麻痺毒針。即効性のそれに、こちらの方を掴んだ男の力が急速に弱まり倒れる。これは第五部隊のゴロスの隊と俺たちが共同で作った魔術道具だ。今会場で使われている煙幕や爆弾もその一種である。
俺は素早く目的の品を回収しつつ、ちらと会場の中央を見る。そこには煙幕の中から姿を現した逞しい体躯の青年。特徴的な狼の面に代わり、簡易な白い面をその顔に被ったフィリス様の姿があった。
彼は中央に向かってくる人間を片っ端から投げ飛ばし、時に奪い取った槍の柄で殴りつける。流石はフィリス様。俺は向かってくる人間に対して魔術道具を使わなければ勝てないが、彼からすれば赤子の手をひねるよう造作のないものだろう。
中央にあった右足、そうして足骨が綺麗に姿を消しているのを確認し、俺は手に持った色付きの煙を出す煙玉を放り投げる。すでに向かいの会場の縁には、同色の煙が上がっている。皆目的は達成したようだ。フィリス様にもそれが伝わったようで、彼がその左足に力を込め、場から脱出しようとした時だった。
突如会場に、巨大な赤黒い光の柱が降り注ぎ辺り一面を破壊する。思わず俺は息を呑んだ。高圧のエネルギーを放つそれは台、そうしてフィリス様を取り囲んでそこに倒れ伏していたであろう人間達の体を飲み込む。轟音のほか、そこには人間の悲鳴すらなく。赤黒い光が収まった後、そこには跡形もなく破壊された物体と人間だったものの残骸が散らばっていた。
「ソ ソンナ フィリスさま……」
俺が呆然とする最中、会場に突如女性の大きな声が響き渡る。
「ウェスティン商会の用心棒らをはじめ、ここには無能しかおらぬのか! 我が『聖槍』を撃ち込むより前、会場の中央には既に『勇者の右足』は存在しなかった。誰かが盗んだに違いあるまい。『聖痕騎士団』団長セシリア・ルミネスがこれより命ずる! 即刻ウェスティンの街を封鎖し、必ずや盗っ人共を捉え我が前に引き立てよ!」
ナフィアの顔にあざをつくった、あの女の声色に思考がふと現実に引き戻される。
そうだ……今はフィリス様の命令に従い、俺たちは自分のなすべきことを成さねばならない。彼の安否を確かめるのも重要だが、この場で優先すべきはそこじゃない。
落ち着けロクス。出来ないことを嘆くのではなく、今出来ることを確実にやるんだ。
そう必死に心を落ち着かせ、俺は作戦の指示にあった場所へと足を進める。ニクスも今頃そこに向かっていることだろう。俺たちがしっかりしなければ、ナフィアがまた危険な目に遭うかもしれない。今はただその使命感だけを胸に、体を動かすほかなかった。




