19.ロクスの後悔
俺は、ウォルフ様から教わった知識を必死に総動員する。あの男達の装い。そうして彼らが敬意を払うこの女性の正体に目処を付け、咄嗟に俺は短剣を仕舞ってその場に膝をつきこうべを垂れた。
「オユルシクダサイ キシダンチョウさま オレのツレが シツレイしました ナフィア オマエモ ヒザをツケ」
「あっ、は、ハイ! 本当にすみませんでした、キシダンチョウ様!」
俺の言葉に、ナフィアもまたその場に座り込み、そうして深く頭を下げる。
彼らは『聖痕騎士団』の一員。しかも中央にいる女は騎士の装いこそしていないものの、おそらく団長のセシリア・ルミネスだ。フィリス様から聞いている特徴と一致している。
ニクスやノースフィール領主らの調べで、セシリアがオークションに参加すべくこの街を訪れることは知っていた。しかしまさか、こんな所で遭遇するとは。
セシリアは跪く俺たちの内、ナフィアの方を先ほどからじっと見つめていた。嫌な予感に、背筋がぞわぞわと震える。
「そこの娘。顔をあげよ」
「ナフィア」
「っ、ハ、ハイ!」
俺の呼びかけに、ナフィアが顔を上げる。セシリアは彼女の顔をみとめると、不自然に肌の白い顔と赤い口紅をゆがめ、薄ら笑いでナフィアに語りかけた。
「……やはり似ておるな。フン、娘よ。これより私が与える罰に耐えれたら、お前とその小男の命は見逃してやろう」
「罰……はい、わかりました」
少女は疑いを知らぬ目で、女の方を見上げる。セシリアは懐から小さな瓶を取り出すと、それを後ろに控えていた灰色のローブを纏う人物に手渡した。
擦り切れてボロボロの灰衣を纏ったニンゲンは、一拍置いた後、その口からぶつぶつと呪文を唱えはじめる。そうしてナフィアの側に歩み寄り、その顔の左半分に小瓶の中の液体を注いだ。
「ッアアアーーーッ!!」
途端、身の毛もよだつ様な絶叫がナフィアの口から溢れでる。顔にかけられた赤黒い液体はぐつぐつと音をたてナフィアの肌を蝕み、黒く染めていった。
「ナフィア!!」
「よせ男。止めるならお前もこの娘も殺す。フフッなに、死にはしないさ……年頃の娘にとっては、死よりもむごい事かもしれぬがな。そうでなければ罰にならぬゆえ」
セシリアはその顔に邪悪な笑みを浮かべ、ナフィアが苦しむ様を見下ろしている。
俺が手にかけた腰の短剣を再び引き抜こうとした刹那、ナフィアが叫ぶ。
「止めないでロクスさん! うぅ、悪いのは、よそ見をした私だから……それに痛みもだんだん引いてきて」
ナフィアの言葉の通り、顔にかかった液体がじゅうと徐々に蒸発していき、そうして彼女の左顔にはどす黒く赤いアザが一面に広がっていた。しばらくして痛みが引いたのか、ナフィアは不思議そうな顔でおそるおそる自身の顔に触れる。
「アレ、私。一体どうなって」
「ハハハ! ずいぶん良い顔になったな娘よ。あの小生意気な王女似の面より、よほど見れるようになったじゃないか……私の服を汚した罰には相応しかろう。さあお前達、行くぞ」
そう言ってセシリアは、騎士と灰色のローブを纏ったニンゲンを連れてその場を去っていった。しばらくして、恐る恐るとこちらに来た街のニンゲンの何人かが、気の毒そうな声色でこちらに声を掛ける。
「その……ツイてなかったな、お前達」
「これ落としてたぜ。あとコレは、少ないがとっておきな」
そう言ってこちらに銅貨を一枚恵もうとする男の手をやんわり拒みながら、口を開く。
「ダイジョウブ アリガトウ ……ナフィア 立テルカ」
「はい、あの……ロクスさん?」
俺は手にパンの袋を抱え、ナフィアの背を抱いて歩きながら、その場を後にする。
今、俺の頭と心の中はぐちゃぐちゃだった。
いいヤツの、仲間のナフィアが苦しんでいたのに、俺は何も出来ずただ見ているだけだった。むしろ彼女の自己犠牲に助けられたと言っても良いだろう。
どうにも出来ない無力感と罪悪感に胸が締め付けられる。だがこの感情に打ちのめされている場合ではないことも分かっていた。この後、俺やナフィア達には大事な任務がある。まずはフィリス様に報告をしなければ。そのあとはどうする? ナフィアの顔には、ただならぬ痣が出来ている。俺に治せるだろうか。この罪をどう償えば……。
「ロクスさん!」
ナフィアの声に、ハッとして彼女の方を見る。ナフィアは見るも無惨なあざをこしらえながら、しかしその顔には普段と変わらぬ他者への労りの色が浮かんでいた。
「ド ドウシタ ナフィア」
「ロクスさん、様子がおかしかったから……私、さっきはちょっと怖かったけど、今はなんともないし大丈夫です。次からは人にぶつからないよう、気をつけて歩きます。だから……」
ナフィアは外套越しに、自らの手を伸ばしこちらの服を掴む。そうしてその顔に、一切の邪気のない笑みを浮かべてこう言った。
「街の探索の続き、いっしょにしましょう! ウォルフさまとニクスさんのお土産も無事でよかったです。それに、ロクスさん買いたいものがあるんですよね。私も一緒に選びたいです」
彼女の笑顔に、自身の胸にどろどろと渦巻いていた感情がふと軽くなっていくのを感じた。
ああ……そうだ。ひとまずナフィアは顔の痣以外無事だったのだ。今は彼女の言うとおり、いや彼女の「望むこと」をするべきだろう。
途方もない罪悪感と無力感。それを胸の奥底に仕舞い、俺も鉄の仮面越しにナフィアを見て笑う。夜のオークションまで時間はある。その間、俺が彼女に出来る償いは一体なにか。今はそのことだけに、意識を集中しようと思った。




