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2.男神アストゥラル



 不意に意識が覚醒し、俺の目の前には見目麗しい一人の男が佇んでいた。


 輝く白銀の髪と瞳。肌の色は浅黒く、その肉体は壮健で逞しい。顔立ちは今までこの世界で見た誰よりも美しく、まさに人知を超えるといった表現が似つかわしく思えるほどの眩さであった。


 ……一拍遅れて気が付く。あれ、俺、確か両目を抉り抜かれたんだよな。なんで見えてるんだ?


「それは今の君がマティリアス……いや、肉体でなく精神領域アスティリアスでもって私の姿を捉えているからだ。聖ラミシス第一王子フィリスよ」

「……アスティリアス?」

「ああ。この世界は物質界、霊魂界、精神界の三層で成り立っている。普段君らが俗に言う思考や喜怒哀楽といった複雑な感情を伴う精神活動を行えているのは、この私が主として統べる精神界との繋がりがあってこそだ」


 何を言っているのかよく分からない。ここはひょっとして、死後の世界か何かなのだろうか。


「いいや? 君の肉体はけして滅びはしない。なぜならこの男神アストゥラルが直々、我が父にして母たる原初の神マティリアルに頼み申し、君の肉体を復活させてやっている最中なのだから」


 その銀髪の男の言葉に、俺は反射的に自身の手足を動かすべく、力を込める。すると慣れ親しんだ手足の感覚が空を切るのを、確かにその肌で感じる。なんだこれは、一体どうなっている。


「……貴方は、一体」

「同じことを二度、口にする趣味はないよ。君たち人は私が直々に高等な知能を与えてやった存在なのだから、少しは頭を使って考えたらどうだい?」


 そう男が銀色の瞳を細めて口にする最中、ふと自身の両目がカッと熱くなり、不意に何か眼孔を満たしていく感覚を覚える。数刻後、自身が意識して瞼を開けると、そこは一面光に包まれた眩いまでの空間が広がっていた。うおっ……眩しい。


「……っ、たしか貴方は男神アストゥラルと、そう名乗られましたか。これは一体どういうことでしょうか。我らが世界の神は、女神エーティエル様ただ一人と俺は教わってきたのですが」


 辺り一面白に包まれる中、先程まで視認していた男の姿はない。純白に染まる視界の中で、先程と同じ声色が変わらず自身の鼓膜を震わせる。


「ふふ。神がただ一人しかいないと、そう決めたのは君たち人間の勝手だろう? 女神エーティエルは私の妹だ。人間達に肩入れし、神マティリアルに頼み肉の器を持って地上に降り、そうして人に喰らわれ命を落とした哀れで愚かな妹」


 目を閉じれば、そこには完璧なまでに美しい笑みを浮かべた銀髪の男の姿。生気のない、作り物のようなその笑顔に自身の背筋がぞくぞくと怖気立つ心地を覚えた。


「……父から、その言い伝えは聞き及んでいます。聖ラミシス国の王と妃、四人の臣下らが、女神の肉を食らいその神性を得ようとしたと。我らの祖は決して許されることのない罪を犯しました」

「ほう、人間にしてはずいぶん殊勝なことを言う」

「祖の罪に対するせめてもの償いに、どうかこの身を罰してください。神よ」

「ああ、そのつもりで君を呼んだんだ。話が早い……第一王子フィリス・トエル・ラミシスよ」


 眩い光と、闇の中に佇む麗しい男の姿がまばたきにより明滅する。

 


「お前はこれより魔物を率いる王となり、女神の肉を喰らいし王の治めるこの国を滅ぼすのだ。妹が食われたよう、悪しき王と臣下の末裔の身を魔物に食わせ、同じ苦しみを与えてやれ」


 

 男神の声色は静かなものであったが、その裏にどれほどの途方もない感情が込められているのか。俺には想像も出来ない。それでも、意を決して口を開く。


「俺には出来ません、男神アストゥラルよ。国が滅べば多くの民草が路頭に迷う。私一人の身を罰することはかまいませんが、どうか罪の無い人々の為にも、それだけはご容赦願いたい」

「罪のない人々……これを見てもまだ同じことが言えるか?」


 そう言って男神アストゥラルが指を鳴らすと、突如俺の脳裏に鮮明な映像が流れてくる。

 ここは俺が生贄となった儀式の場。悠久の神殿から臨む屋外の広間の光景か。


 神殿へいたる階段と広間の境になる場所、そこには簡易な絞首台が設けられており、二人の男性らしき人物がぶらりと吊るされている。後ろ姿なのではっきりとは分からないがこの無駄に豪華な装いは、もしや……。


「君の父ネメシスと弟王子フォロスは、国の勇者たる第一王子を儀の生贄にした罪で、騎士団長率いる民衆に反旗を翻され、絞首刑に処された。ああ、奥の方も良く見てみるといい」

「奥……?」


 ぶらぶらと下がる二人の男の死体の狭間、広間の中央にて台に乗せられた一本の円柱と、そこに括り付けられた人らしきモノの姿を目にする。そう、人でなくモノだ。脳裏に映るその映像に目を凝らし、そうしてそれが何かを理解した瞬間。俺の口から言葉にならない声が溢れ、それが悲痛な叫びとなって白い空間に響きわたった。


「あ、ああ、ああアアア!! フィオナァ!! あ、アア」

「元は王女フィオナが生贄になるのを嫌がったため、兄王子フィリスが身代わりになったのだと……そう民衆に吹き込み扇動したのは、騎士団長ジニアスだ」


 目を瞑りたくとも、脳裏に映し出されるそれはこの世の地獄をまざまざとこちらに突き付けてくる。嘘だ。これはきっと、何か悪い夢を見させられているに違いない。


「現実だよ、フィリス」

「頼む! どうか妹を……フィ、フィオナを今の俺と同じ姿に戻してくれ! そのためなら何でもする。お願いだ、神様。俺の妹を助けてくれ……」

「良いだろう。ただしそれは、先程私の口にした約束を君が果たした後でだ。妹の身を救出するのと、延命処置はこちらで施しておこう。そこまではマティリアルとの契約に含まれているからな。そうだろう、我らの父にして母よ」


 男神アストゥラルの言葉に、ふと自身の映像内から妹の姿のみが忽然と消える。次いで自身の視界の端に、どさりと重い肉の塊のようなものが落ちる音。


「あ、アあ、フィオナ……」

「ウウっ、ぅ」

「かわいそうに。我が妹の無惨な姿を思い出し、私も胸が痛む思いだ。今楽にして……いや、この言い方はいささか語弊があるな。君の兄が私との約束を守るまでの間、安らかに眠っていてもらおう」


 その男神の言葉と共に、ふとフィオナの唇から苦痛に呻く声が途絶え、代わりに小さな寝息が零れる。美しかった金色の髪は血と泥にまみれ、透き通る青い瞳がおさまっていた筈の目は閉じられ、血の涙を流している。それでもその寝顔は安らかで、俺はしばし妹の姿を眺めた後、口を開く。


「……男神アストゥラル様。貴方様の温情に深い感謝を。私は必ずや祖国を滅ぼし、アストゥラル様の期待に応える働きをいたします。……ちなみに聖ラミシス王家の生き残りは今私と妹のみ。一体俺は誰を殺せば良いのでしょう」

「そうだなぁ。王家亡き今、この国は反乱を扇動した騎士団長ジニアスが統治することになるだろう。彼は確か妹の『右手』を食らった臣下の末裔。あとは『左手』と『右足』の末裔が生き残ってるんだっけ? 取り敢えずは彼らの首を獲ってきてくれれば良いよ。正当な後継となりえる者どもを全て失えば、聖ラミシスという国は自ずと瓦解することになるだろう」


 それは、俺にとっても甚く都合の良いことだった。



 今、自身の胸にあるのは紛れもない怒りと憎しみ。そうしてそれは、妹をこんな惨い目に遭わせた人間そのものに対して向けられていたからだ。

 

 ああ。お前ら人間は誰かに守られる価値もない、犬以下の畜生だ。特に妹に手をかけた奴ら全員、生きながらに体をちぎられ目をくり抜かれる苦痛を味合わせた後、その手足の一本一本を魔物に食わせて惨たらしく殺してやる。絶対に許してなるものか。


「ハハハ! いいねぇその感情。全くもって私好みだ。さあ王子殿……いや、フィリス王よ。愚かな人間どもを駆逐せんとするお前の手並み、しかと私も間近で観察させてもらおうじゃないか」


 男神の言葉と同時、再び自身の視界が闇に閉ざされる。


 そうして次に目が覚めた時、俺は妹と共に山奥の廃城の中へと転がっていた。これより魔物の軍勢を率い、人の王国を滅さんとする王となるために。 


 

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