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1. 勇者フィリス



 この世界には人々を襲う魔物がおり、そうして女神がいた。


 女神は魔物と戦うための聖なる術を人に与え、教え導き、いつしか人々に感謝され崇め祀られる存在になったのだという。人は自身を魔物の脅威から救った女神に会いたがり、祈り、それを聞き届けた彼女は肉の器をもってこの世界に降り立った。


 そうして女神は『悠久の神殿』に祀られ、そこで今も地上から人々の姿を見守り続けたのだという……。




 聖エーティエル歴389年。地上から聖なる力が失われ、再び人々が魔物の脅威におびやかされるようになり早82年の月日が過ぎた。

 女神降臨の地、聖ラミシス王国では9年に一度、彼女の肉体を再びこの世に降ろすための儀が行われる。その贄として選ばれたのが……。

 

「女神よ! どうか第一王子フィリスの肉体を依代に、再び我らの元に姿を現したまえ」


 そう懇願する父王の声も遠く、俺は全身の痛みに耐えながら、一刻も早くこの時が終わるのを待ち望んでいた。


 降臨の儀。この世界の女神像には両手足がなく、棒に縛り付けられ両の瞼を閉じた乙女の姿をしている。

 故に依代となる俺も、今その女神と同じ姿を取らされていた。もはや物を見る両目は己が肉体に存在せず、自由に動かせる手足も存在しない。


 ハハ、かつて国中の魔物を打ち倒し『勇者』と呼ばれた男の末路がこれか。しかしそれも致し方のないこと。第一王子でありながら城に留まらず国中をぶらぶらしていた俺は、父王と第二王子の弟から常に疎まれていたのだから。


「これより女神の依代は『悠久の神殿』にて9日間籠りの時を過ごす」 

 

 ゆえに俺の妹、第一王女フィオナに代わり俺が儀の生贄になると言い放った時、父と弟は眉一つ動かすことなくその申し出を受け入れた。


「どうか我らの嘆願を聞き届けたまえ、女神エーティエルよ」


 ……ああ、うるせえよさっきから。困っている民草を助けるどころか、自身らの保身のため実の娘すらも捧げようとする犬畜生に、お優しい女神様が微笑むわけあるかよ。


 女神の身と聖なる力がこの地を去りて82年。降臨の儀式は此度を含め9度繰り返されている。


 今回、女神の御姿と異なる男の俺が依代として認められたのも、8度に渡る儀の失敗を経た末の苦肉の策ではあるのだろう。神殿に住まう女神の権威をもって繁栄した我がラミシス王国は、いまやその栄華の見るかげもなく落ちぶれた。


 自身の身を括る棒が、台に乗せられ白亜の神殿へと運ばれていく。ああ、傷口が痛む。しかし苦痛の声を上げるのも癪で、俺は自らの唇を皮が破れるほどに食い締め、顔を俯かせ耐えていた。




 かつて女神のおわした『悠久の神殿』。そこはジメジメとかび臭い陰気な空間であった。


 ……こんな場所に、女神が好きこのんで降りてくる筈もなかろうて。俺の両目と両手足は、魔術による応急の止血処理こそ施されているものの、先ほどから高熱と痛みで体はすっかりと疲弊している。この状態では9日間どころか、きっと1日とて持つことはないだろう。


 徐々にぼんやりと霞む意識の中、妹フィオナの笑顔が脳裏に浮かぶ。


 俺の可愛い妹。くそったれの俺らラミシス王家の中で、お前だけはただ清らかな心を持つ優しい子だった。どうか俺が死んだ後も、お前だけは生き延びて幸せになってくれ。


 紅一点のフィオナは父親似の俺達と違い、母親似の愛らしく可憐な容姿をしていた。歳もまだ17と若い。きっと彼女には良い縁談相手が見つかることだろう。

 だから俺のこの判断は、決して間違ってなどいないのだ。ああ、きっとそうに違いない。


 そう自らに言い聞かせるのを最後、俺の意識はただ深い闇の中へ落ちていった。

 


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