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17.商都ウェスティン



 俺はロクス。フィリス様改め、銀色に光る狼の仮面がイカした神の使者ウォルフ様の元で、第六部隊の隊長を任されてるコボルトだ。


 隣にいるのはニクス。俺と同じくウォルフ様に仕えるコボルト、第二部隊の隊長である。とにかく無口な奴で、今も前を歩くウォルフ様の後を影のようについていって、こちらには見向きもしない。正直少しやり辛いタイプだ。


 そうして後ろにいるのはハーピーの少女ナフィア。なんでも最近、ウォルフ様が大切にしている姫の『侍女』とやらになった魔物だ。今回彼女もこの旅に着いてきている。ハーピーである彼女にしか頼めない仕事があるのだと、ウォルフ様は話していた。


 ナフィアはその身をすっぽりと覆う外套に身を包み、前から覗くのは人間の女性の衣類をまとった肉体。服の丈は地面に引きずるほど長く、パッと見彼女の姿は人間の女性にしか見えない。


 そうして俺たちも首元から手足の先まで人間の衣類を身にまとい、頭には大きな狼の仮面をつけている。後頭部までをすっぽりと覆うもので、多少息苦しいが数日も着けていればイイ加減慣れてくるものだ。


 先頭を歩くフィリス様も、同じくフルフェイスの狼の面を着けていた。


 ……周りには、今まで目にしたことがないほど多くの人間の姿。


 ここは聖ラミシス王国ウェスタール地方。レミアス領随一の商都ウェスティン。ウォルフ様がノースフィールの地を離れ、ここに来た理由は一つしかない。

 

 今日このウェスティンのオークションに出品される勇者の竜骸と、価値のある商品の奪取。そう、『略奪』だ。


「オークションはこの都の北部、コロシアム跡地で行われる。夜の開催までは時間があるから、ニクスとロクスは二人で式場を下見してくれ」

「「リョウカイ」!」

「ナフィアは俺に着いてこい。本番での逃走経路を今一度確認しよう……分かったか?」

「っは、はい! ウォルフ様」


 栗毛の髪を持つハーピーの少女は、はっとしたように肩を震わせた後、そう返事した。その黒目がちな瞳はウォルフの方を向いていたが、すぐさま気を取られたよう周りへと向けられる。


 ……ナフィアの気持ちも分からなくはない。ここに来るまでいくつかの街や村を訪れたが、ここまで大きく賑やかで、人の多い場所は俺も初めてだからだ。


 俺たちコボルトは、現在人間の村を模した集落を形成し暮らしている。家畜を世話したり鍛治をするための小屋、寝泊まりするための寝屋、食料や資材を備蓄するための倉庫など。人間は役割に応じて雨風を凌ぐための建物を用意し、俺たちもそれに習っている。


 しかしここには、俺たちコボルトの村には存在しない……いわゆる『店』というものがそこら中に立ち並んでいた。

 ここの大通りは都随一の商業区画で、木と石と煉瓦で組んだ大きな建物を構える店もあれば、木組みに布を被せただけの簡易な露天まで、大小様々な店が存在する。軒先には多種多様な果物を並べた店もあれば、人間の衣服や布、毛皮。中には金属で出来た道具を並べている店もあった。


「……用が済んだら、夜までの間この街を見学しても良い。だから今はよそ見をするな」

「ナフィア ウォルフさまも こうイッテル ワカッタか?」

「うう、はい。分かりました。ロクスさん、ウォルフさま」


 ナフィアはしょんぼりと肩を落としながら、今度はウォルフさまの方を見て歩みを進める。ずるずると地面に外套と服の裾を引き摺りつつ、しかし彼女も人間らしい歩き方には慣れたようで、周りの人間たちと比べても違和感はない。


 その後俺たちは二手に分かれ、ウォルフ様に言われたよう行動する。俺とニクスは体が小さく、街中では人混みに紛れてその姿も目立ちにくい。しかし旧コロシアム跡地の周りは人も少なく、無策で辺りをうろつくのは悪手だとウォルフ様も言っていた。


 俺は自らの首にかけていたペンダントをニクスに渡す。


「まずはニクス タノむ オレはシュウイ ミテまわる ジュウニの カネなったら コウタイ ココにアツまる」

「ワカッタ」


 そう一言ニクスは告げ、物陰に隠れる。……その後、彼がそこから出てくることはなかった。どうやら上手くいったのだろう。数字を百数えた後、念の為物陰を確認する。ニクスの姿がないことを確かめ、俺も自らの仕事を全うすべくその場を離れる。


 ……一、二刻ほどが過ぎ、都の中央にある時計塔から十二の時を知らせる鐘が鳴る。

 待ち合わせの場所にて、何もない空間から突如肩をつつかれる感触に、俺は無言で人気のない路地裏へと入り込む。そうして周囲に人の目が無いことを確認したと同時、虚空から突如ニクスの姿が現れた。


「……ウォルフさま ワタシテくれた ドウグ スゴイ」

「ツギは オマエのバン」


 そう言って、ニクスが首に下げていたペンダントを再び自身に返す。艶々とした虹色の鱗を幾重に配し、中央に青と白と銀の入り混じる煌びやかな石をあしらった首飾りだ。紐は染色された糸を数百本も束ね編み込んだもので、所々に銀色の粉が塗されている。


 これは『姿惑わしの首飾り』といって、魔力を込めると周りから見える自身の姿を変化させることが出来る魔術道具なのだという。


 俺は魔力を込め、教わった呪文を唱える。ふと周囲の空気がじっとりと湿ったものに変わり、目を開けると、周囲に薄っすらと赤黒い半透明の膜が球状に自身を包んでいるのが見えた。

 

「オレ トウメイ ナッテルか?」


 ニクスは無言で、こちらに手のひらサイズの丸い金属板をかざす。良く磨かれた銅鏡に自らの姿は映っておらず、背後にある路地裏の景色がそこにあった。うん。大丈夫そうだな。


 『姿惑わしの首飾り』は、あらかじめ命令した姿形に使用者の姿を変化させる。『空気』への擬態は非常に高度な命令で、この品質の首飾りでなければ為せないのだという。

 ……フィリス様はこれを、叔父オルフィスより譲り受けた母の形見だと言っていた。ならばきっと思い入れのある品の筈だ。大切に使わなければ。


 俺は再び待ち合わせ場所を示した後、裏路地を出る。うっかり人や物にぶつからぬよう、気を付けながら目的地へと進む。


 コロシアムの前にまで着く。巨大な壁に覆われた建造物には、正面の閉ざされた門の他、いくつか出入り口が設けられている。その場所を確認し、うち人気のない入り口の戸をこっそりと開けて中に侵入する。人間の家の戸には『鍵』というものが掛けられているが、これを金属の棒で開ける術は赤褐色の髪を持つ人間、パウロル様より教わった。


 夜のオークションまで時間があるからだろう。人の姿は少なく、品物もまだ殆ど運び込まれてはいないようだった。コロシアム内の中央には、商品を披露するための大きな台が設けられている。それを運び込むための台車類の位置を辿り、あたりの構造を確認する。


 オークションでは、かつてフィリス様の右足に埋め込まれていたという『竜骸』が出品されるのだとか。これは目玉商品ということもあり、厳重に管理されているだろうとフィリス様は言っていた。


 なので、これは今回俺たちが運び出す『対象』には当てはまらない。ニクスの下調べした内容をしたためた紙を元に、場所のアタリとルートを確認する。

 竜骸の他、俺たちが盗み出すのは主にかさばらない魔術道具の類だ。今俺たちが使用している『姿惑わしの首飾り』の他、魔術に対する耐性を持つ『氷鷲の護符』、強力な薬の原料となる『大妖精の翅』など。何に使うのかはわからないが、フィリス様が必要というならそうだろう。

 

 あらかじめリサーチしていた品の保管場所と逃走経路を確認した後、俺もコロシアムを抜け、ニクスと合流する。フィリス……ウォルフ様とナフィアも用事を終えたのだろう。待ち合わせ場所には二人の姿があった。


「ウォルフさま オワリました」

「ご苦労だった。では、オークション開始の一刻前までは自由時間にしよう。俺はまだ少しやることがあるからな」

「やるコト オレ 手伝ウ」


 俺の言葉に、ウォルフ様は少し沈黙した後、言葉を紡ぐ。


「ではロクス、お前に任務を命じよう」

「ハイ」

「約束の刻限までの間、ナフィアの面倒を見てくれ。ニクスは……やることがないなら俺と一緒に来い。周囲の見張りを頼みたい」

「ワカッタ」 


 そう言って、ウォルフ様はニクスを連れて人混みの中へと消える。

 待ち合わせの広場には、俺とナフィアの二体が取り残されることとなった。


「……オレ ウォルフさま イッショ シゴト できない 役立タズ」

「? どうしたんですかロクスさん。はやく一緒に行きましょう!」


 隣に立つハーピーの少女は、そう笑顔でこちらの服の裾を引っ張る。

 子供のお守りか……いや、だが第六部隊の俺の職務内容を考えれば、妥当なものではあるのだろう。これもウォルフさま……フィリス王子に与えられた任務。少しでも彼のお役に立てるようにしなければ。うう。


 

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