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16.コボルト六部隊



「ロクス ズルい」

「オ、オコる ヨクない ヨンカ ダイジな シゴトある シカタない」

「シカタなくない! ワタシは とてもユウシュウ だからゼッタイ ウォルフさまの おヤクにタツのに」


 そう毛並みの艶やかな雌コボルト……第四遠征部隊の長ヨンカは、ふてくされたように足元の石を蹴った。

 ここはノーラント山の中腹にある開けた演習場だ。俺達コボルトはフィリス様……いや、ウォルフ様がいずれ起こす『聖戦』の準備に向け、生活の傍ら己が技を鍛えていた。


 コボルトを統率するのは、俺たちウォルフ様に名前を付けられた六名の仲間だ。


 第六遠征部隊長ロクス。これは俺のこと。第一から第五までに所属しない、非戦闘員を含めたコボルト達の取りまとめをしている。言うなれば何でも屋……まあ雑用係だ。


 第五遠征部隊を統率するのはゴロス。太っちょのコボルトで、気は良いやつだが食い意地が張っているのが珠に傷。彼は衛生兵をはじめ他部隊の支援をするコボルトらをまとめている。


 ……そうして第四遠征部隊長ヨンカ。俺が密かに片想いをしている雌コボルトだ。彼女は攻撃魔術に高い適性を持ち、同じく魔術の素養があるコボルトらのまとめ役と指南役を兼ねている。


 俺たち魔物は人間達と違い、誰しもがその体に魔力を秘めている。そうしてその魔術の適性は千差万別だ。俺は一通りの魔術を平均的……中の下程度には修められる素養があるらしい。いわば器用貧乏というやつだ。自分で言ってて悲しくなってくる。


「ヨンカ オレもジブンが エラばれたリユウ ワカッテない ニクスはワカル アイツの チョウホウ ギジュツ イチリュウ オレはナニもない」


 第二遠征部隊長ニクス。今回俺がウォルフ様に任じられた任務に同行する仲間だ。諜報と隠密に秀で、人間の街に潜入する任務にはぴったりの人材、いや犬材だろう。


「……タシカに アナタには ナニもないわ ロクス」

「ハッキリいうナァ」

「デモ ドウジにナンデモできる ソレがロクスのツヨミ フン、イイワヨ ワタシは『セイセン』でダレよりも カツヤクしてミセルんだから」


「オイオイ、聞キ捨テならねぇセリフだな ヨンカ 『聖戦』で誰ヨリも戦果をアゲるのは この第三遠征部隊長サブロさまダァ」


 俺たちコボルトの中で、誰よりも流暢に人語を操るその声。俺とヨンカが振り向くと、そこには同胞サブロが太い眉毛を得意げに吊り上げ、得意げにこちらを見下ろしていた。


「サブロ アナタこんなトコにイテいいの? ペトロスさまは?」

「ケッ、ペトロスさまはイチロの奴とヒミツの特訓だとヨぉ このオレサマを差し置いテ気にくわネェぜ ……おいオメェら! 今からオレと手合わセしろ! こっちはムシャクシャしてんだ」


 そう言ってサブロは地面に置かれた訓練用の木剣を手に取ると、慣れた手付きで型通りの突きと振りを一通り繰り出した後、周りのコボルト兵らへと剣の切先を突きつける。地面に座りこんでいた同胞らの顔が、みるみる恐怖と怯えに強張っていく。


「ヤメなさいよ サブロ イマはミンナ キュウケイしてるのヨ」

「関係ネェナ」

「……ドウシテモとイウなら オレがアイテする コイ サブロ」


 これは一戦相手してやらねば収まらないだろう。俺は腰に差した木剣を引き抜きながら、立ち上がる。ヨンカは一瞬止めようと口を開くが、すぐさまにその小さな口をつぐんで、呆れたよう鼻を鳴らした。


「ほうロクス……オマエは確か ウォルフ様から直々に剣を教ワッタそうだな 面白い」

「アア どこからデモ イイ ウッテみろ」

「それじゃエンリョなくイカせてもらうゼぇ!」


 そう言ってサブロは踏み込み、一気にこちらへと距離をつめる。その移動速度は並のコボルトをゆうに超え、彼の腕から繰り出される剣撃は、たった一度でこちらの骨を真っ二つに折るほど強烈だ。


 故に、まともには受けない。俺は先ほど立ち上がる際に唱えた呪文で、自らの『目』を強化していた。これはウォルフ……我らが王フィリス様から教わった魔術だ。通常であれば捉えられなかったであろうサブロの剣の軌道を捉え、先んじて体勢と構えた剣の向きを変える。


 サブロはこちらの動きを見切ったような俺の構えに、驚いた顔を浮かべた。しかし勢いのついた剣は止まらず、肩めがけて振りかぶった木剣は俺の横をギリギリですり抜ける。そうして俺が構えた自身の剣で、サブロの空いた脇腹に打ち込もうとした時だった。


「ッッブふ!?」


 予想だにしなかったサブロの裏拳が、俺の顔面にクリーンヒットする。咄嗟の行動で、勢いもついていないだろう打撃。しかし彼の腕力から繰り出されるそれは脅威だ。衝撃と、遅れてくる激痛に一瞬意識が飛びかける。倒れ込む際、かろうじて受け身を取れたのは奇跡であった。


「フゥー、イマのは危なかっタぜ ナカナカやるじゃねぇカ ロクス」

「ロクス! ……ちょっとサブロ! アナタ感心してるバアイじゃないデショ 治癒マジュツは 使エナイの!?」

「使えネェナ、オイ こんナカに治癒魔術を覚エテる奴はいねぇか?」


 ……今日の訓練内容は基礎体力の強化と剣の素振りだ。怪我のリスクも少ないため、治癒魔術持ちは連れてきていない。イ、イテテ。鼻血が止まらない。だ、誰か。城まで運んで……。


『汝に告げる 揺蕩う黒のマナ 闇の落し子よ 我が赤きオドと 我が手の内にある贄を喰らい この者の傷を癒やせ』


 それは、ここ最近覚えた古語の詠唱だった。魔術の行使には、普段使用することのない特殊な言語を用いた定型文を唱える必要がある。聞き覚えのある雄コボルトの詠唱と共に、俺の鼻先に赤黒い光が集い、徐々に痛みが引いていく。


「っテテ タスカッタ アリガトウ イチロ」

「礼ニハ 及バナイ」


 その手に握りしめた干からびた残骸を懐にしまい、イチロはこちらに手を差し伸べる。いつの間にこちらに来たのだろうか。確かサブロの話だと、領主ペトロスの指南を受けていた筈では。


「イチロ! テメェなにシニきた!」

「治癒マジュツ 使えナイくせに 仲間に怪我をサセルな ……ペトロスさまの 命令 次はオマエの番ダト 早くイケ」


 イチロの姿を目にするや、毛を逆立て威嚇していたサブロが一転その瞳を丸くし、次いでにやけ面と共に鼻をひくひくさせがら口を開く。


「ホォ〜〜? 成程ナァ、お前ニ先を越されたのは癪だが やはりペトロスさまハ 俺のことを高く買っていらっしゃル ……オイ、ロクス さっきは八つ当たりして悪カッタな 後でお前と妹に肉の土産を持ってイッてやるヨ それで勘弁してくれナ!」


 そう上機嫌に尻尾をブンブンと振りながら、サブロは足に力を込めて一気に跳躍し、ノーラント山頂の城へと向かった。


「ナンダッタの一体……」

「ヨンカ、ロクス オマエたちにも 伝言アル 兵タチは 夕方マデ自主練ダ ヨンカはパウロルさまのトコ行け 山の麓の小屋ダ ロクスは城にムカエ ウォルフさま 話アルそうだ」

「パウロルさまネ アタラシイ 魔術ドウグを教エテくれるって タシカ言ってたワ アリガトウ イチロ ……じゃあねロクス またコンド」

「アア ヨンカ またコンド……」


 そう言って俺たちはヨンカと別れ、城に向かい歩みを進める。イチロはその気になればサブロと同様、切り立つ崖ををその足で飛び越え、城に辿り着くことも可能だ。しかしそうしないのは……俺に何か、話したいことがあるのだろうか。


 第一遠征部隊長イチロ。俺が器用貧乏なら、彼は文字通りの器用『万能』だ。

 全ての魔術に対して高い適正を持ち、おまけに身体能力も優れている。彼の隊はコボルトでも特に戦闘能力の高いものが集められた精鋭部隊だ。同じ戦闘特化の第三部隊長サブロはいつもイチロと張り合い目の敵にしているが、自身はとてもそんな気になれない。彼と俺では『格』が違いすぎる。


「……ロクス」

「っ! ナ、ナンダ イチロ」

「オマエは ヨンカとナカがイイ カノジョ ナニがスキか オシエテほしい」

「アア ヨンカは アカイ カエルイチゴ タベルのが……」


 彼女の好物を口にし、ふとそれを止める。おかしい。なぜイチロがヨンカの好きな物を知りたがるのか。もしや……。


「モ、モシカシテ オマエ ヨンカ スキか?」

「……? アア、オレはヨンカが スキだ」


 イチロのその言葉に、身体中を電流が走ったような衝撃を受けた。

 ま、ま、まずい。よりによってこの男が、俺の恋のライバルになるだと? どうする。逆立ちしても勝てる気がしないぞ。


 ヨンカは強い男が好きだ。現状、たしか彼女の想い人はフィリス様であった筈だが、もしイチロが本気で彼女を口説こうものなら……流石のヨンカも、彼の強さの前に靡いてしまうかもしれない。


「アカイ カエルイチゴか ドコか トレル イイ場所は……」

「オシエナイ! オレ オマエのライバル ヨンカ ワタサナイ!」


 そう俺はイチロに宣戦布告した後、ずんずんと前を歩く。

 イチロは俺たちの仲間で、そうして強くて良い奴だ。だがそれと同時に、俺とて一匹の雄としてのプライドがある。イチロに取られる前に、必ずやヨンカを俺に振り向かせてみせるんだ。


 こちらの歩幅に合わせて早まる足音と共に、後ろからイチロの困惑した声が聞こえてきた。


「ライバル? イッタイ ナンの話を シテイルんだ ロクスは……」


 

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