15.少女ナフィア
翼亜人ハーピーらを配下に加え、三週間ほどが経った。
彼女達はコボルトに比べ従来の魔物らしく野生的で、奔放で、しかし報酬さえ払えば仕事は忠実にこなしてくる。
服の代わりに植物の蔦を胸元に纏い、彼女らは空を飛び聖ラミシス王国の各地を飛び回る。ハーピー達の報告をもとに、国内の地図の紙面、あらかじめ目処を着けていた森のいくつかに印と数字を書き込む。運よく群生地を見つけたようで、地図上では現状40頭ほどのユニコーンが観測されていた。
「ユニコーンの捜索も、コボルトらの調教も順調なようだな」
「ええ、アストゥラル様。先日はサブロのとこの兵五名が双頭獣オルトロスを討伐したとか。兵力の強化もつつがなく進んでいます」
サブロは名を与えたコボルトのうち、第三遠征部隊に任じていた者の名だ。彼と第一遠征部隊イチロの軍は、後々騎兵隊として運用する予定だ。
「……所でアストゥラル様。なぜこちらにお見えに? 今日は城内を散策されるとおっしゃっていましたが」
「ふむ、先ほど面白いものを発見したので、君に知らせようと思ったのだ」
「なんでしょうか」
「君の妹フィオナを寝かせている大広間の扉前、護衛のコボルトとハーピーらが騒ぎを起こしていた。場所も場所なことだし、君が直接仲裁に赴いた方が良いのでないか?」
全速力で城の大広間へと向かう。扉の入り口付近には、六人のハーピーの群れとそれを遠巻きに宥めようとするコボルト兵二人の姿があった。
「そこで何をしている!」
自身でも思いの外大きな声が出て、場にいたコボルトとハーピーらの姿が文字通り飛び上がった。その中で一人、地面に伏してうずくまるハーピーの姿を確認し訝しく思う。よく見れば彼女らは、コボルトと揉めているのではなく同族のその個体を取り囲んでいたのだろう。
「フィ……ウォルフさま オ、オレたち チャント ケイビしてた」
「嘘ついてんじゃないわよアンタたち! ウォルフ様! こいつら姫様の警備を任されてるにも関わらず、肉を貰ってアタシらの仲間をこっそり中に入れてたんだ!」
「さっきアタシたちも中にはいって姫様を見たけれど、手足が無かった! きっとコイツとコボルト達がこっそりつまみ食いしたのよ! アタシらだって、人間を食べたいのを我慢してるのにずるい!」
交わされる言葉の内容に、思わず頭が痛くなる。
「話を整理しよう。つまりそこに倒れてるハーピーの一人が、コボルト達に肉の賄賂を渡し、こっそりこの大広間に忍びこんでいたということか……私も中を改めさせて貰う」
「ハ、ハイ! アノ ウォルフさま」
「オレたち ソノ」
「……分かっている。ハーピー達は俺が宥めておこう」
広間の中に入り、フィオナの棺を確認する。彼女は普段の通り、安らかな顔で眠りに就いていた。まあそうだろう。俺は毎朝毎晩、城にいる限りは欠かさず妹の顔を見に行っていた。異変があればすぐに気付く。
厚い白布の落ちくぼむ、本来彼女の四肢があった筈の場所。そこには以前自身が入れていた装飾の他、色鮮やかな生花があたりに散りばめられていた。これは俺が用意しているものではない。一体の魔物が二、三日に一度フィオナのために花を摘み、そうして中の花が萎れる前に取り替えてくれているのだ。
護衛のコボルト達からは、以前より報告を受けている。本人たっての希望で、俺には素性を明かされていないが……恐らくあそこでうずくまっていたハーピーの一人がそうなのであろう。
「ほら見てウォルフさま! この子手足がないでしょ。彼女はウォルフさまの大切な姫さまだって、みんな知ってる筈なのにコイツらは……」
「ハーピーよ。お前達がそう思うのもムリはないだろう。だが、コボルトやお前達の仲間の一人が彼女の手足を食べたというのは誤解だ。この姫君にはもとより……手足が存在しない」
俺の言葉に、ハーピー達は首を傾げていた。ニンゲンなのに手足がない? なんで? とそんな言葉を交わし合っている。
「……わかった! この姫様の手足に羽と足を付けて、アタシ達ハーピーと同じにするために、ちぎり捨てたのね!」
「ねえ、それならウォルフさま。この娘のちぎった手足は残ってないのぉ? 要らないならアタシ達が食べてもいいでしょ?」
「…………とにかく、お前達ハーピーは大きな勘違いをしていたということだ。分かったら皆持ち場に戻れ。ああ、コボルト兵よ、先ほど床に倒れていたハーピーの手当をして、ここに連れてきてくれ。お前達はゴロスの隊の所属、治療魔術は学んでいるだろう?」
各々に指示を出し、彼らが広間の外に出たところで、大きく息を吐いた。
「……フフッ、いやあフィリスよ。彼女らに先んじて人肉を与えたのは間違いであったな?」
「アストゥラル神よ、それは今後を考えれば致し方のないこと。それに我らを裏切った罪人どもへの見せしめとしては、あれが適切であろう」
そう、今このノースフィールの各地には、守秘の誓約の後自身を騎士団に売ろうとした裏切り者三名の遺体を晒しあげ、見せしめとしている。
ハーピー達には定期的にその遺体の元へ行き、首以外の箇所をついばみ食らっても良いと告げている。結果、今彼らの遺体はもはや腐敗した生首と綺麗に肉をさらえられた白骨のみの無惨な姿に変わり果てていると、コボルト兵から報告を受けていた。
「ふ、ハハハ! その結果、君はフィオナが何かの間違いで喰われていやしないかと大層慌てることになった訳だ! ハハハハ! ここに来る道中の、目まぐるしく変わる君の思考の数々。中々に見ものであった」
「……」
「おおっ、怒ったか? まあ、その万が一が起こらぬよう、私がこうして知らせにきてやったのじゃないか。感謝されこそすれ、怒りをぶつけられる筋合いはないな」
……まあ、それもそうか。無礼をお許しください神よ。
そう脳裏でアストゥラルと会話を交わしているうちに、再び広間の扉が開き、一人のハーピーとコボルト二体が入ってくる。
「フィリスさま コイツ オレタチが ホウコクした マモノ」
「ハナを モッテくる ワルサしない オレたちイツモ ナカで ミハッテル」
「ああ、ご苦労だったな。お前達は下がっていいぞ」
そう言ってコボルト二名が広間を出て扉を閉める。この場に居るのは俺とフィオナ、そうしてハーピーの女一体となった。
「……お前が姫に、いつも花を贈っていた魔物か。コボルトかと思っていたが、まさかハーピーだったとは」
「す、すみませんウォルフさま。わたし、姫さまのことが気になっていて……以前さっきの者たちが、私と姫さまは顔が似ていると教えてくれたんです。それで見張りのコボルトたちにお願いして中に入れて貰い、そ、その」
そうハーピーにしては珍しく、もじもじとした様子で言葉を紡ぐ。彼女の体格は他のハーピーらに比べて幼く、なによりその翼が体の比率に反して小さい。これでは元より、彼女らの中でも浮いていたことだろう。
目の前のハーピーの面立ちは、確かに妹のフィオナに良く似ている。髪は栗色で目は黒いが、顔の作りはおよそ二、三年ほど前の妹を思い起こさせた。
「あの、ウォルフさま。この姫さまはずっと眠っているようですが、いつ目を覚まされるのでしょうか。私、彼女が起きた時に友達になれるよう、いつも花を持ってきていたんです」
彼女の言葉に、感心したような男神の声が脳裏に響く。
「へえー、あのハーピー達とは同族と思えないほど、心の清らかな娘じゃないか。フィリスよ。またこの娘が仲間に誤解され、虐げられることがないよう計らってやらねばならぬな」
「……ハーピーよ、これからお前に『ナフィア』の名を与える」
「えっ、ウォルフ様……?」
「この姫の名に似せたものだ。彼女は、俺と神アストゥラル様の悲願が達せられた折、目を覚ますことだろう……だがお前が思うよう、姫も何かのきっかけで突然目を覚ますやもしれぬ。その時にせめてお前の贈った花が傍らにあるよう、引き続き姫のために花を摘んできて欲しい。ナフィア、汝を正式に姫の『侍女』へと任ずる。皆にもそう伝えておこう」
話してみて分かった。このハーピーの少女には一切の邪気がない。妹フィオナの傍らにある者として、まさしく彼女は適任であろう。
「ナフィア……私の、名前」
名を付けられた少女は、そう反芻した後、桃色の唇に満面の笑みを浮かべ口を開いた。
「……はい! 名前を付けて頂きありがとうございますウォルフ様。これで姫さまが起きた時、私も自分の名を名乗ることが出来ます! 姫さまのジジョ? として私、これから頑張ります」




