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14.裏切りの制裁



 夜半。ノースフィール西部タルマ領の領主クロミスは、目的の人物と落ち合うべく屋敷の裏手より馬に乗り、平原を走っていた。

 護衛は一人。自身と同じ魔術の使い手である。辺りは一面開けており、魔物や野盗の襲撃を警戒しながら進む。


 ふと、右前方に生えた樹木がガサリと揺れた。その物音に意識を向けた刹那、ダァンッと重く低い音が背後から響き、生温かいものが自身の首裏にかかる。


 後ろを振り返ることなく馬体に鞭打ち、走行速度を早めた。しかし一拍置いて、今度は同じ重低音と共に自身の乗った馬が大きくいななき、転倒する。


「よくやった、イチロ」


 馬を捨てて逃げようとする自身の踵に、鋭い衝撃が走る。そのまま地面に倒れ伏し、しばらくしてこちらの身を蹴り転がされ天を仰ぐ。自身を覗き込むのは、短く刈られた暗褐色の髪と目を持つ見知った男の姿であった。


「お、お前はペトロス……っウぐ」


 次いで肩と手にも鋭い杭を打たれたような衝撃が走り、痛みに呻く。

 

「ウォルフ様のご命令だ。クロミス・タルマ。お前は神の使いとこのノースフィールの同胞を敵方に売ろうと、ウェスタールの密偵の元に赴くつもりだったのだろう。その罪は万死に値すると、ウォルフ様はそう仰せになった」


 自身の踵と肩、手のひらを貫く黒曜石の杭。これはペトロスが得意とする攻撃魔術の一つだ。しかしこの技にて遠距離から馬一頭を一撃で行動不能にするような威力は出せなかったはずだ。となるともう一人……。


「ペトロスさま コイツ ここでコロスか?」


 もう一人視界に現れたのは、狼の顔を模った金属製の仮面を被る小男の姿。いや、この喋り方、そうして小柄でやや特徴的な体躯。もしやペトロスが熱心に躾けているというコボルトの一体か。


「っ……! ペ、ペトロス。今ここで私を見逃せば、お前にも褒賞金を分けてやろう。なんなら口利きをしてやってもいい。共に聖痕騎士団の『名誉正騎士』として副騎士団長ドルガノ・レミアス様の元で」

「ほざくな。我が主は神使ウォルフ……いや、この国の正当なる後継者フィリス・トエル・ラミシス様ただお一人のみ。お前は先日ノーラント山の麓にて、彼の身と秘密を守るとそう誓った筈だろう」


 ペトロスは氷のように冷たい目線をこちらに向け、側に控えるコボルトに向けただ一言「殺れ」と指示を出す。


 イチロと呼ばれたその小柄な魔物は、奇妙な形をした小型の金属筒を此方に向け、そうして呪文を詠唱する。筒の先には、鋭利に尖った黒曜石が嵌め込まれていた。


 ああ、そうか。魔物は闇より出でし『神秘』の生物。コボルトとてその身に神秘の力たる魔力を有し、そうして知性を得て、人語を操る以上また……。


 額を通して脳天を撃ち抜かれる衝撃と共に、自身の意識が瞬く間に刈り取られる。

 最後に脳裏の片隅を過ぎったのは、このつまらぬノースフィールの地から自身を引き抜き取り立てると誓った、雄々しく逞しいウェスタールの正騎士様の御姿であった。





「何? ノースフィールにて、我が騎士団に情報を提供していた小領主三名が皆消息を絶っただと?」

「ああ。セシリア騎士団長殿。彼らはロミリス領主名代オルフィス・トエルの召集によりノーラント山に集うとの情報を提供されて以降、連絡が取れなくなっている。恐らく先方に勘付かれ消されたのだろう。彼らは件の集会にて重要な情報を掴んでいたと思われる。早速我が騎士団の兵を上げ、調査に赴くべきかと……」


 聖ラミシス宮殿の一角。自身ことドルガノ・レミアスは、上司たるこの女御セシリア・ルミネスに先日のノースフィールでの調査についての報告をしていた。


 聖ラミシス王ネメシスと三人の子を、それぞれクーデターや儀式の贄として始末した後、この国は元騎士団長ジニアス・リラミスが王として統治している。しかし前王の三人の子の内、第一王子フィリスと第一王女フィオナについては、儀の途中不意にその身も消え失せ、現在消息不明の状態となっている。


 ……両目両手足を失っていようと、彼らが王族であることには違いない。ジニアス国王陛下は兄妹の捜索を『聖痕騎士団』に命じた。今回『忘れ去られた地』ノースフィールに調査の手を伸ばしていたのも、その一環ではあるのだが。


「ドルガノ副騎士団長殿」

「はっ」

「ノースフィールでは、確か各地で略奪を働いたコボルトを魔術で従え、民草の労働力として使い始めていると報告していたな」

「ええ、その通りで」

「フン……全くもってつまらぬ連中だ。ドルガノよ、例えば彼らがコボルトを率いて兵を挙げたとて、我らが聖痕騎士団の敵になると思うか?」

「…………」

「そもそもだ。ジニアス陛下はラミシス兄妹らの捜索を我らに命じたが、せいぜい生きていたとて芋虫同然のやつらを、草の根分けて探し出すことに何の意味がある? 兵隊を動かすにも、その糧食や物資は我らが領地イースタールやウェスタールの民から徴収した税により賄わねばならんのだぞ」


 ……一応セシリアの言うことにも理はある。ノースフィールの地に兵を送るというのは、リスクが大きい。あそこは北の領主らによる自治領域となっており、住民らは聖歴以降すでに各地で廃れた筈の奇妙な魔術を操る。抵抗されれば厄介だ。


「では、どうする。セシリア騎士団長。貴殿は王命に逆らうというのか」

「人聞きが悪いな、ドルガノ。我らが命じられたのは『フィリス王子とフィオナ王女の捜索』であり、未だ各地の捜索も済んでいない段階でノースフィールに手を出すのは早計だと言っている。兵は出さない。どうしてもというなら、引き続きかの地にはお前の私財にて密偵を放ち偵察を続ければ良かろう」


 その女上司の言葉に、微かなため息を漏らす。

 セシリア・ルミネス。女神の聖痕の持ち主にして、イースタールの地を支配するルミネス家の女当主だ。彼女が操る聖痕の秘術は非常に強力で、魔物討伐における目覚ましい戦果をもって、二十七の若さでこの国の騎士団長に登り詰めた……というのが表向きの経歴だ。


「それよりドルガノ。一ヶ月後ウェスティンで開かれるオークションの目玉として、勇者フィリスの右足が出るという噂は誠か」

「ああ、八足馬の足骨三本も合わせて出品されるとか」

「ではその期間の留守は任せたぞ。私はウェスティンに向かう……まったくジニアス様もお人が悪い。勇者の竜骸は全て私にくださるとおっしゃっていたのに、直前で約束を覆すのだから」


 そうウェーブを描く淡い金髪をかき上げ呟くセシリアの横顔は、騎士でなくすっかり『女』のそれへと変わっていた。


 セシリアはジニアスの昔からの愛人だ。今までの華々しい戦果や、分家筋である彼女が本家の者を差し置き聖痕を受け継ぐことになったのも、ひとえに当時の元騎士団長ジニアスの寵愛を受けていたからだ。


 彼女は聖痕の秘術を扱う腕前こそ優れているが、人を率いる軍人としては、その頭も能力も覚悟もまるで足りていない。故に自身が彼女の補佐をすべく副騎士団長の座に任じられているのだが。


「(ジニアス騎士団長……いや、陛下の女癖の悪さにはほとほと困ったものだ)」


 いっそ彼女を妃として娶ってしまえば良かったろうに、よりによって自らの後任の騎士団長に任ずるとは。おかげで現場の我々としては良い迷惑だ。

 

 ラミシス王家の兄妹は、敵勢力が現ジニアス国王の政権を覆す際の最大の切り札となる。彼らの身を捜索するのなら、騎士団の目の届かぬ地ノースフィールを調査するのが定石であろう。ましてやあの二人の母君はロミリスの名代オルフィス・トエルの妹御。もし彼らが生きていた場合、親族のもとに身を寄せている可能性は高い。


 それは流石のセシリアとて分かってはいる筈。それでも彼女がノースフィールへの派兵を拒むのは、きっとウェスティンにて出品される『勇者の竜骸』を競り落とす資金を、少しでも多く確保するためなのだろう。


 聖痕騎士団。女神の肉体賜りし者らの末裔が、聖なる力をもちい魔物と戦うべく結成した武装団体。だがその実態は、民の守護より己が利権を拡大することを追及した騎士階級らの暴走により、芯の随まで腐りきっている。騎士団内にて権力を持つものが、民より集めた組織運営のための富を不正な目的で使用することなど日常茶飯事。前騎士団長ジニアスの時もそうであったが、セシリアに代替わりしてからはいささかその横暴ぶりが度を超している。


「(……せめて私だけは、この聖ラミシス王国の騎士として成すべきことを成さねばならぬ)」


 いくら聖痕騎士団という組織そのものが腐っていようとも、誰かがその屋台骨を支えていなければ、この国は魔物の脅威に晒され滅ぶ。ひとまず自身がすべきことは、セシリアの言うよう引き続きノースフィールの偵察を私財を投じ行うこと。そうして事の次第を別途ジニアス陛下の耳に入れることであろう。


 次の予定があると踵を返したセシリアを見届け、自身もまた彼女に背を向け身をひるがえす。ばさりと靡く騎士団員の証たる外套。女神を模した乙女と一角獣の紋章の刺繍を施したそれが、風に靡いた後自らの背を覆った。


 

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