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12.神使ウォルフ



「皆のもの! 今我らの目にした奇跡は、ウォルフに加護を与えし『男神アストゥラル』の御業。彼は女神エーティエルをこの地に呼び戻すべく、我らがもとに遣わされた神の使者である」


 オルフィスの言葉に、この地へ呼び出されたノースフィールの領主らが大きくどよめいた。


「今男神と言ったか」

「アストゥラルと……そんな神の名など聞いたことがない」

「だが、それでは今我々が目にしたものは何だ? あのハーピーは我らが集め、奇跡が起こる瞬間まで確かにこの目で見張っていた。魔術による小細工を仕込む余地も無かった筈」

「そうだ! オルフィス殿、あの檻を我らに調べさせよ。きっと何か仕掛けがあるに違いない」


 今回ハーピーに知性を与えるにあたり、彼らを立ち会わせたのには理由がある。


 ノースフィールの地は、聖歴以前に魔術を用いていた魔力持ちの末裔が領主を務め、各地の小領を治めてきた。ゆえに彼らは神秘の力に対する理解があり、突如現れた『コボルト使い』の俺をオルフィスの客人として受け入れ、今日まで協力関係を築いていた。


 それはかつて自身らの祖が、300年に渡る迫害を受けこの地に逃れて来た故の、同族に対する情けも多分に含まれていたのだろう。


 しかしその善意は、あくまで彼ら自身に害が及ばぬという保証と確信があってこそだ。


 オルフィスは領主らの要望に応え、コボルトが作った檻を彼らに明け渡す。北の領主達の中でも、魔術への造詣が深い者らが数名がかりで檻を調べ、もう数名が怪しい仕掛けを探すべく辺りを探った。


 この世界の魔術には、必ずタネや仕掛けが存在する。

 大いなる力には代償が伴い、特に大規模な魔術であれば呪文や道具や魔力、生贄を用いた儀式を必要とするものだ。


 ……しかしそこに魔術の痕跡などありはしない。まあ、当然の事ではある。何せこれは、正真正銘の神が成した御業であるのだから。


「そんな馬鹿な。ロクな仕掛けも無しに、このような事が只人に出来る筈もない」


 ノースフィールの領主らが、未知に対する恐怖の眼差しをこちらに向ける。


 

 ……ああ、そうだ。これが世の『異物』に対するごく正常な人間どもの反応だ。

 

 俺が何の根回しもせず、コボルトのみならず他の魔物を従える力を振るえば、彼らの無用な恐れと警戒を招いていたことだろう。

 故に戦力増強を図るこのタイミング。周辺領主らに対して自らの力をあえて誇示し、そうして懐柔する必要があった。


 彼らの視線が俺の方へと集まった所で、叔父オルフィスが口を開く。

 

「案ずるな皆の者。我が客人ウォルフはこのノースフィールの民を、いや。ラミリスの民草を救うべく、この力を振るうと我に約束した」


 オルフィスは青色の目を伏せた後、静かに語る。


「……かつて高潔なるロミリスは、他の簒奪者に食らわせるぐらいならと、自らの信奉していた女神の左足を口にし、その神秘を身に受け継いだ。彼は『聖痕』により女神の力を不当に引き出すことはせず、自らの所領であるノースフィールにて民を守るべく魔物との戦いに明け暮れ、そうして血を絶やしこの大地に骨を埋めた」


 それは、このノースフィールの地に代々伝わる逸話だ。女神降誕より80年。聖ラミシス王夫妻に仕える四人の臣下のうち、ロミリスだけが女神を捕えその肉を食らう儀式に最後まで反対の意を示していたのだという。


 しかし自ら一人の力ではどうにもならぬ事を悟り、1年後ロミリスは泣く泣く女神の左足を食らった後、その罪滅ぼしとして生涯をこの地の民の安寧のために捧げた。


「故に女神はこのノースフィールを、再び自らが降り立つ地として定めたのだと、『男神アストゥラル』はそう告げた。そうだなウォルフよ」

「ああ……ノースフィールの群雄よ!」


 俺は声を張り上げ、周りの者らに向け用意していた言葉を紡ぐ。


「我が神は、女神の忠実なるしもべロミリスに代わり、彼が守り抜いたこのノースフィールの民と地を守護する者。今私が従えるコボルトや、先ほど従えたハーピーらは、男神アストゥラルが悪しき敵どもから我らを守るべく遣わされた神の眷属だ。いずれ約束の日がきたりし時、女神は必ずこの地に蘇る。私や彼らはそれまでの間、女神の力の簒奪者らから、この地を守護すべく神に遣わされたのだ」

「おーおー随分好き勝手言ってくれるじゃないの、フィリス。私はロミリスだのノースフィールだのに一切興味も関心もないし、女神をこの地に降ろすなどもっての外。何ならお前たち人間は等しく滅んだ方が良いとすら思っている」


 自身の頭に語りかけてくる邪神……いや我らが尊き神アストゥラルの麗しき御声を聞きながら、俺は肝心な最後の言葉を告げるべく、口を開く。


「……私はこの地に神の眷属を集め、女神エーティエルを迎える為の『王国』を築く。ノースフィールは男神と女神の二柱の庇護を得て、そこに住まう我らには恒久の平和と繁栄が約束されることだろう。故に、諸君らに願いたい。どうか我らが力を付けるまでの間、外部の者どもには男神アストゥラルと眷属らの事、また今私が話した事を秘匿して貰いたい。外の連中、ましてや『騎士』どもに女神復活のことが知れれば、ロミリスが忠を誓いし女神はまたもや彼らに奪われ、貶められることになるだろう」


 領主らは未だ困惑を隠しきれない様子であった。しばらくして、領主の中でも特に年齢の若い、赤褐色の髪と瞳を持つ男が静かに声を上げる。


「……ウォルフ殿。まさかその世迷い事を我らが信じると、そう本気でお思いか?」

「信じぬのなら我が神の祈願の成就のため、そなたらにはここで死んでもらうことになる」


 自身の言葉に、しんと周りの空気が静まりかえった。赤褐色の髪を持つ青年は、無言で自らの長杖を腰のベルトより引き抜いて、こちらに向け構えた。


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