11.翼亜人ハーピー
「ウォルフよ、汝に命じられた通り翼亜人ハーピーを連れてきたがこれで良いのか?」
「ああ、協力に感謝する。オルフィス殿。そうしてノースフィールの皆々方よ」
ノースフィール地方最北、ノーラント山の麓にて。コボルトが作った巨大な檻の中には、各地から集められたハーピー達がギャアギャアとしわがれた声で喚き鳴いていた。
目前にはロミリス領主たる叔父オルフィス・トエルの姿。そうして周りには今回目当ての魔物の捜索と捕縛、輸送に協力してくれたノースフィールの小領主らが半ば訝しげな目で、こちらと魔物の姿を交互に見比べていた。その近くには、すっかりこのノースフィールの地に馴染んだ犬頭の亜人、コボルト達の姿もある。
翼亜人ハーピー。女性の上半身に、鳥の下半身と翼の形状をした腕を持つ、闇から出でし魔物の一種だ。
今回、彼女らに上空から『一角獣』の捜索を行わせるべく、男神アストゥラルの権能をもちい知性を与える。
「……今、この身に神の御告げが降りた!」
俺は大声を張り上げ、皆へと語りかける。
「いと『古き男神アストゥラル』は翼亜人ハーピーを汝が眷属に加えるべく、この者らに尊き知性を授けると仰せになった! ノースフィールの皆々方。これよりお目にかけるは、我に恩寵を授けし神の威光と奇跡。しかとご覧頂きたい」
「オッケー。じゃあ二つ目の願い、サクッと叶えちゃいますか」
頭の中に、何処までも軽い男神の声が響く。コボルトに知性授けた時もこんな感じだったな。まあ仕事さえしてくれれば何も言うことはないのだが。
そうして不意に前触れもなく、騒がしかったハーピー達の声がピタリと止んだ。彼女らはその黒目に覆われた瞳をぱちぱちと瞬かせ互いを見つめ、ふと同時に自身らの体を見下ろした。
「……ッ、キャアアああ!」
先ほどとは異なる、魔物のしわがれ声でなくキンキンと甲高い声で、彼女らはその顔に知性の色を、恥じらいの表情を浮かべ自らの上半身を大きな翼で覆って隠した。
「ちょっとお! なんでアタシたちハダカなの!? マジあり得ないんですけどぉ!」
「お、おお。ハーピーが人語を」
……コボルトの時と同様、自身の想像と異なりあまり知性を感じられない話振りではあった。それでもさすが人と似通った上半身を持つ魔物。その発語は流暢で、周りに居た領主らもひどくどよめいていた。
「翼亜人ハーピーよ、我が名はウォルフ。お前達に知性を授けし神の……」
「なんでアタシこんなとこに閉じ込められてるのぉ!? ちょっとそこのヘンテコな仮面付けてるアンタ! 早くココからアタシらを出しな!」
「そうよそうよ! 何が神だっての! 魔物の女を舐めるんじゃないよぉ!」
そうけたたましくハーピー達は自らを閉じ込める檻を鳴らし声を張り上げる。コボルトの時と同じ作戦は通じないと瞬時に悟り、俺は出来うる限りの穏やかな声色を作り、彼女らに語りかける。
「……麗しいご婦人方。俺の話を今一度聞いて頂けるのであれば、今朝採れたてのブラッドサーペントの肉を貴女方に振る舞おう」
「え! ブラッドサーペント!?」
「ちょっとちょっとご馳走じゃないの! 聞くわアナタの話! だから早く食べさせて!」
こんな事態に備え、早朝狩りに出ておいて良かった。
ブラッドサーペントは体長10メートルにも及ぶ巨大な蛇で、だが亜竜タラスクよりはずっと討伐難易度の易しい魔物である。肉が非常に美味で、俺も何度か口にしたことはあるが、その味はまさに絶品という他ない。
俺はあらかじめ血抜きをしておいた肉を、コボルトと周りの人間らに命じて運ばせる。大鉈をふるい切り分けているブラッドサーペントの肉に、檻の中のハーピー達の視線が釘付けになっているのを確認した後、彼女らを解放するよう命じた。
檻から飛び出た彼女らは、真っ先に切り分けた魔物の肉に食らいつき、感嘆の声をその唇から次々にこぼす。
「おいしい! おいしい!」
「ちょっとコレはアタシの肉よ! アンタはあっちいって!」
「んー口のナカでトロけるぅ」
「ねえ! なんでここにコボルトがイんのよ!」
狂喜乱舞のハーピー達の最中、よく見るとコボルトの一人が紛れ込み懸命にブラッドサーペントの肉を短剣で切り分け、そうして余った肉片を一心不乱に口元に運んでいた。あれは確か、俺が名前を与えたコボルトの一人。第五遠征部隊の隊長ゴロスか。何をやってるんだ一体。
「ゴロス! 来い」
「……! ハ、ハイ! フィ……ウォルフさま」
彼は俺の呼びかけに反応し、コボルトの割に大きな体をゆすりこちらに駆け寄った。しかし盗み取った肉は後ろに隠したまま、気まずげにこちらを見つめている。
「その肉をどうする気だ」
「ソレは ソノ」
「ゴロス……あそこに控えるコボルト達の姿を見よ」
彼は俺が指で指し示した方を見る。今日この場に連れてきた名前持ちのコボルト六体。そのうちの五体は、美味そうに魔物肉を食うハーピー達を前に、顔を背けその口からダラダラ涎を垂らしながらも健気に耐えていた。
「仲間達が俺の命令を聞いて耐えてる中、お前はただ一人抜け駆けしてその肉を独り占めしようとしたのか?」
「…………」
良心の呵責に耐えかねたか、ゴロスはぶるぶるとその体を震わせ、心底名残惜しげな表情で後ろに隠していた肉をこちらに差し出す。
その反応に思わずため息を吐いた後、口を開いた。
「……ゴロス。お前はその肉を、あそこにいる仲間のコボルト達に分けてやるため盗みを働いた。そうだろう?」
「ッ!? チガウんだ ウォルフさま オ、オレは ジブン ヒトリデ」
「集団とは規律を重んじねば瞬く間に瓦解する……しかし同時に、上の定めたことが全て正しいとも限らない。お前は第五部隊の長として、上の命令より仲間のコボルト達の腹を満たすことを優先した。その義心に免じて、今回だけはお前の罪を見逃してやろう」
「……ウォルフさま」
「話は終わりだ。早く仲間のところに行け」
「あ、アリガトウ ……アノ ホントウに ゴメンナサイでした」
そう言ってゴロスがコボルトたちの元に駆け寄り、その肉を彼らに分け与えるのを確認し、俺は再びハーピー達に言葉を投げかける。
「ご婦人方。約束の通り、今一度俺の話に耳を傾けて貰いたい……我が名はウォルフ。今後も俺は、貴女たちに魔物の肉を与える。ゆえに力を貸して貰いたい」
「いいわ! こんなに美味しい肉をくれるなら聞くわ! アナタの命令」
「アタシたちに何をさせたいのぉ? 内容によってはもっと良い肉を持って来てもらわなきゃ」
「ちょっとアンタ調子乗りすぎぃ。ウォルフさまぁ。アタシこの子より役に立つから、アタシだけにもっと肉をちょうだぁい」
ハーピー達はあいも変わらずかしましく、しかしその返事はおおむね好意的なものであった。
彼女らは自らの翼で胸を隠しながら、コボルトらに連れられ山上の城へと向かっていく。
その様子を眺めていたノースフィールの領主達の内、彼らの代表たるロミリス領主、叔父オルフィスが口を開いた。




