Ch.3-2-11 獣属性(1/2)
◇2327年11月14日(日) 18:17
場違いな金髪がたなびている。
ひしゃげた気密扉が捨てられたスナック菓子の袋のように床に転がり、舞い上がる粉塵——埃じゃない、何かの薬品の粉——のその向こうで一人の少女が立っている。
「⋯⋯OGREがいっぱい。灰は灰に。あるべきものはあるべき姿に返さないと」
すべての汚濁を切り裂いて、澄んだ、まるで鈴を転がすような声が地下空間に響く。
真っ白なトーガを身に纏った少女だった。
基板の緑に浮かぶ金と同じ色の髪。ガラス細工のように滑らかで、一切の瑕疵もインプラントもない肌。年齢は俺と同じくらいか、あるいは少し下かもしれない。その青い瞳には何の感情の色も浮かんでいなかった。
あまりにも場違い。あまりにも異物。
俺は彼女を見た覚えがある——二ヶ月前、”クロームダイナー・エッグ&ベーコン”でタナカと飯を食っていた時に見ていたホログラム。
AA教の教祖と共にいた、合うはずがない目が確かに合った少女。
突如のイレギュラーに俺は思考が一瞬フリーズし、だがそれは俺だけだった——”シュウとOGREは少女に向かって襲いかかっている”。
シュウの予像に影が追随——その速さは心無しかOGREに向かうよりも速い気がする。
奴は乱入してきた少女を排除すべきイレギュラーと即座に断定したのだ。
逆手に構えた一対のカタナが銀の尾を引き、行く手を阻むOGREの隙間を縫い、ついでのように切り捨てながら、奴は迷うことなく初対面の少女に襲いかかる。
十数メートルはあった距離が一瞬で縮まり、銀条が交差する。
断頭台の如き挟撃。俺の左目が見たその太刀筋は、間違いなく”少女の首を両断する軌道を描いていた”。
目が閉じそうになるのを意志の力で押さえつける。
俺だって見たくないものぐらいある。ただ、戦場で隙を見せるほど愚かじゃない。
それでも薄目になった俺の耳に、間延びした、緊張感の欠片も感じられない声が飛び込んできた。
「⋯⋯あなたは別に、私のターゲットじゃないのに」
”直後、シュウの刃が彼女の首に届くよりも早く、レオナは宙に浮き、刃から逃れた”。
反転、俺の目が今年一見開いたのが、はっきりと分かる。
後ろ姿で見えないが、少女の”首を刎ねた”はずのシュウもおそらく同様だろう。交差した刃を振り抜いたままの姿で一瞬止まり、今日初めてといってもいい大きな隙を見せていた。
少女は、浮いていた。
文字通り、比喩ではなく、羽ばたき、翔んでいる。
純白の布、古代ローマのトーガのような服の下から、隙間を縫うように生えた白い翼。
ヒトとしての骨格をリビルドし、無垢な羽毛が瞬時に生え揃う異常な光景——人ならざるもの。
目の前の予想外、検知したウイルスをなんとか処理しようと、脳がフル稼働する中、俺はタナカの言葉を思い出した。
”AA教いいよねぇ。何がいいって獣属性っていうのがイイ”
体を電脳とつなぐんじゃなくて、動物の遺伝子を取り入れるんだっけか?
”融合と共存! 一時期本気で入信考えたんだ”
そうだ、彼女はまさに——。
「カルト、信者か」
俺が言葉を発する直前にシュウが吐き捨てる。
その声は苦みと困惑が混ざり、少し湿っているように聞こえた。
というかお前、毎回間が悪いんだよ。話を被せやがって。
「違う。私は信者じゃない。でも家族はそう」
少女が軽く羽ばたく。巨大な翼が空気を押し下げ、彼女はさらに高度を上げ、地下フロアの天井付近へとふわりと舞い上がった。
シュウの更に後ろから迫りくるOGREの凶碗を逃れるためだ。
シュウも標的にしたその一撃を、だが奴はするりと避け、そのまま滑るように後退、俺のすぐ横に戻ってきた。行きと同じく、ついでのようにOGREを切り捨てながら。
目の前にはイレギュラーが増えたことをもう気にしないOGREの群れ。その奥にはぱっくりと開いた出口。
ただ、その上には得体のしれない、よく分からないAA教の女。
全くなんなんだこいつは一体。
——ただ、やることは変わらない。ここから一刻も早く脱出するだけだ。そこに変数が増えたなら、その変数込みで動けばいい。
だから。
「あの女、にOGREを擦り付けて、逃げるぞ」
俺が口を開く直前に再びシュウが被せてくる。こ、この野郎。
考えてることが一緒だというのが余計に癪に障る。
「俺に指図するのはこれで最後にしろよ」
横目で奴を見ながら叩いた俺の憎まれ口に、シュウはふん、と鼻を鳴らすと両手のカタナを握り直した。
その横顔にはOGREの返り血が既に乾き始め、剥がれかけのペンキの細かい粉塵の如く舞っている。
⋯⋯ザワッと、背中の毛が逆立つ感覚。なんだ?




