Ch.3-2-10 あるべきものはあるべき姿に
◇2327年11月14日(日) 18:13
「流石にこの数かつ再生持ちをまともに相手取るのは馬鹿らしい。機を見て脱出する」
防毒マスクで口元を隠したシュウがこちらを見ずに言う。
⋯⋯脱出、できるか? これ。
内心の焦りを隠すように発した、皮肉めいたぼやきを置き去りにするように、OGREたちが再び包囲網を縮めてくる。
かつて人であった頃の知性が欠け落ちた獣の群れは、だからこそ本能的に「俺たちが危険な獲物であること」を理解したらしい。あるいは見た目に反してインテリジェントなのかもしれない。
どちらにせよ、俺にとっては関係のない話なのだが。
OGREたちは無闇に突っ込んでくる真似は避け、ジリジリと間合いを探っている。
仲間意識もあるのか、お互いがカバーしあえる絶妙な距離感を保ちながら、同時に仕掛けるタイミングを同期させているようだ。左目に映る予像が即席とは思えない完璧にシンクロしたOGREの動きを捉える。
ううむ。やり辛い⋯⋯。
もっとガツガツ来られたほうがはるかにやりやすい。
始めのようにバラバラに襲ってきてくれれば、相手の数は多くとも一対一になるように立ち回ることができる。
ただ、個ではなく群として統制を取られると一対一 × 複数ではなく、一対多になっちまう。
加えて相手が再生持ち、かつこちらの物資に限りがあるこの状況ではかなりキツイ。
そう、もう一つの気がかりは”Amor”の残弾だ。
俺と一体化した対軍殲滅兵器は、その名のとおりOGREどもを屠るに十分な破壊力を持つ。
ただ持ってきたマガジンは予備含めて四つ。つまり後三つしかなく、しかもその弾薬の消費速度とコストは文字通り桁外れだ。そもそも暗殺ミッションだしな。
もし三つ全てを使い切ったら、俺はしばらくナオミの検体バイトをしなきゃならないだろう。
メガネがクリプトモードになり、不吉な笑みを浮かべるナオミの顔が頭に浮かび、思わず身震いする——いや、そもそもマガジン三つも使い切らなきゃいい話だ。
OGREたちにとって俺達は敵のようだが(それもよくわからないが)、俺達にとってOGREは敵じゃない。障害物だ。
つまり、殲滅させる必要はない——ここから逃げ出すこと。それが俺達の勝利条件。
ならば、持久戦はない。
OGREが間合いを図る一瞬の間に思考を巡らすと、俺はシュウに作戦を伝える。
「こっちから——」
「援護しろ。俺が道を作る」
俺の声に被せるようにシュウが言い放つ。
思わず青筋が額に浮かぶが、俺が口を開くより早く黒い影が俺の横を縫うように飛び出していった。
やっぱりこいつとは合わん!
◇
俺の内心の舌打ちを置き去りにし、シュウが敵陣のド真ん中へと突っ込む——疾風。
シュウが逆手に持つ二振りのカタナが、並行する銀の軌跡を空間に描き出す。
俺は思わず目を見開いた。シュウの予像とそれに追いつく実体に殆ど差がない。
つまり、滅茶苦茶速い。
銀のラインが交差する。
俺等を囲む半円のOGREの群れの中央右のOGRE。分かりやすく胸の中央に予備心臓のインプラントをつけた個体の体から、血が吹き上がる。
その右横。四肢が盛り上がり、肌が鱗に覆われた個体は、その足首から。
その奥にいる、腕が二対四本ある個体はそのうち三本から。
銀の軌跡がブレるごとに、その線上にいるOGREのどこかしらから、血潮が弾けだす。
それはけしてずれることのない拍のように、無駄を削ぎ落とした暴力の最適解。
戦場のど真ん中。それでも俺は思わず見惚れた。
裏社会を生き抜いてきた暗殺者の剣技は、俺の左目が弾き出す予測演算すら置き去りにするほどに美しく、完成されていた。
——だが、そんな至高の暴力をもってしても、目の前の狂ったバケモノたちは容易には沈まない。
俺の両目が捉えた現在と未来が、一瞬呆けていた頭に警鐘を鳴らす。
シュウの斬撃は、確かにOGREの肉を捉えている。しかし、防弾繊維すら凌駕するほど異常発達した強化皮膚は、刃を骨を断つことを容易には許していない。
加えて相手は再生持ち。相当のミンチになるまで切り刻まれ、床に散らばった肉片たちも、よく見るとその断面から肉芽が蠢き出し、互いの存在を求めている。
それは悍ましい光景だった。落とされた腕、こぼれ落ちる臓腑、滴る血。
確かにダメージは与えている。与えているのだが、時が経つごとにそれが無かったかのように、肉同士がグチュグチュ音を立てて癒着していく。
それは致命傷には、けして至っていないことを示していた。
切られたら死ぬ。そんな単純な自然の道理でさえ、容易く無視するOGREたち。
「きっしょ」
目の前の光景、鼻につく血の生臭さ、生理的嫌悪を掻き立てる再生音に、思わず言葉が漏れた。
そして、そんなバケモノたちも、ただ黙って斬られ続けるサンドバッグではない。シュウのひと振りが浅く弾かれた隙を突き、二体のOGREが反撃に転じる。
異様に伸びた鋭利な爪が、シュウの背後から急迫する——”見えてた”。
俺は”喷发(Pēnfā)”の銃口を上げ、引き金を引く。
放たれたのは12.7mmのCT弾。至近距離からでなければOGREの装甲を撃ち抜くことは難しいが、この弾丸に期待しているのは貫通ではない。着弾の瞬間、莫大な運動エネルギーを一点に集中させ、装甲の裏側にある肉や臓器を衝撃波でミンチにさせるということ。
”喷发”はその名に恥じない爆発音を連続させ、シュウに迫っていた二体のOGREの脇腹にCT弾が着弾する。
空気を叩き割った銃弾はOGREの脇腹を抉り、その衝撃はやつらの体内をぐちゃぐちゃにかき混ぜたはずだ。
致命傷ではない。
それでも横槍を入れられた二体のOGREの態勢は大きく崩れる。
シュウは、驚く素振りを一切見せない。
まるで俺の射撃と敵の硬直を完全に予期していたかのように、流れるような動作で回転。
そのまま体勢を崩したOGREの首の隙間へ刀を滑り込ませ、全く抵抗を感じさせずにその頸椎を刈り取った。
切断された動脈からやけに鮮明な血が吹き出し、冷たい空気に触れて赤い霧となって散乱する。幾ばくかの飛沫が、シュウの防毒マスクの吸気フィルターをべっとりと赤く染めた。
「■■■■■■■■■■■■■」
頭と胴が泣き別れしたOGREの奥から、少なくとも俺には理解できない咆哮を上げて、一際大きなバケモノが飛び込んでくる。
その体はインプラントによるメタリックな輝きが大半で、微かに残る人の部分も、鱗のような角質層に覆われている。
見るからに硬く、シュウとは噛み合わない。
しかし、奴が噛み合う必要はない。俺がいるのだから。
見た目どおり人外の速度で迫る巨躯のOGREに、シュウも速度を落とさず間合いを詰める。
化物の左腕がシュウ目掛けてまっすぐ突き出される。
その腕が空気を打ち抜き、震える空気が爆発するよりも早く、OGREとシュウはすれ違っていた。
轟くソニックブーム。鼓膜だけではなく、網膜を叩く衝撃を受けても俺は目を閉じない。機を逸しないため。
そしてやはり左目がOGREの未来を捉える。
俺は”膝裏の装甲が薄い関節をシュウによって切り裂かれ、体勢を崩したOGREの垂れ下がる頭”を目掛け、”Amor”の引き金を引いた。
赤い光条がさらに輝きを増し、大口径の電磁加速弾がソニックブームを上書きし、オゾンの匂いを醸し出す。
はたして”Amor”の銃弾を叩き込まれたメタリックOGREはピニャータよろしく頭の中身を撒き散らし、雄叫びを閉じた。
節制はする。だが出し惜しみはしない。
俺が”喷发”の衝撃で崩せば、シュウが斬る。
シュウが関節を砕けば、俺が”Amor”で消し飛ばす。
シティの裏社会の一画を牛耳るヤクザの暗殺者と、スラムに堕ちた何者でもなかった何でも屋。
共通点など一つもないはずの二人だが、その呼吸は血の臭いと鉄の熱が充満する密室で、奇妙なほど自然に同期していく。
◇
それでも、OGREの数は一向に減る気配がなかった。
水槽から這い寄る数にこそ限りはあれど、そのどれもが再生能力持ちで、完全にすりつぶすレベルまで破壊し尽くさなければ、肉が蠢き、やがて立ち上がってくる。
その数は最初と比べて減るどころか、今やOGREだけで学校のクラスメイトが事足りそうだ。
「おい、道を作るとか偉そうなこと言ったが、どうすんだよこれ」
”Amor”と”喷发”のマガジンを換装しながら、焦りと苛立ちでシュウを責める。
残りは”Amor”が二つ、”喷发”が八発×四つ。
実際、かなりマズい。息は合っているが、戦況は完全にジリ貧。
「黙れ。気が散る」
シュウが刀の血を振り払いながら一蹴する。その声色はどこまでも落ち着いている。何か策があるんだよな!? あるって言え!
再びこちらを包囲しながらにじり寄るOGREの群れ。
次のウェーブが来る。終わりのないインベーダーゲームじゃねぇんだぞ。何かきっかけがないと——。
もう、自分一人でもゴリ押ししようかと考え、再び銃を構え直したまさにその時だった。
突如響き渡る甲高い警報音。同時に薄暗く発光する緑が基調だった地下フロアを反対色の赤、レッドアラートが埋め尽くした。
『ジーク! 上の階から凄い速度で何かが降りてくる! 警備ドローンじゃない、生体反応よ! 誰かがそっちに向かってる!』
集中するためにオフにしていた通信デバイスをオーバーライドしたのか、ナオミの金切り声がつんざく。
まさかこれがシュウの狙いか? と思い、奴の横顔を盗み見ると、眉にシワを寄せ、明らかに困惑を隠せていない⋯⋯つまりこれは全くのハプニングか!?
こちらの動揺を汲んだOGREどもが次々と”襲いかかってきた”のを左目で見て、慌てて迎撃の備えをする——間もなく、フロアの入り口にあった分厚い気密扉が、凄まじい衝撃によってひしゃげ、内側へと吹き飛んできた。
舞い上がる粉塵。鳴り響く警報。入り込む清潔な空気の匂い。
突然のアクシデントに思わずOGREたちも動きを止め、自分たちの真後ろにある扉があった箇所に目を向けた。
すべての汚濁を切り裂いて、澄んだ、まるで鈴を転がすような声が地下空間に響く。
「⋯⋯OGREがいっぱい。灰は灰に。あるべきものはあるべき姿に返さないと」
場違いな金髪がたなびいた。




