Ch.3-2-9 詰めが甘い
◇2327年11月14日(日) 18:12
左目の眼帯を引きちぎり、床へ投げ捨てる。
長らく闇だけを見ていた俺の義眼が、外界の光と濃密な血の匂いを食らい、金色の光条を網膜の裏側に焼き付けた。
視界が未来を帯びる。
俺の目に飛び込んでくるのは、無機質な数値やシステムログなどではない。水槽から溢れ出した十数体のOGREたちの体内で活性化する”CC(キメラ細胞)”の脈動そのもの。
いくら形が異形でも、インプラントによって身体機能が拡張されようとも、脳から発せられる電気信号を受けて動くのは筋肉であり、細胞だ。
細胞の反応を事前に捉えられるということは、相手の動きを”予知”できるということ。
ネオンブルーに輝く、実体に先走る予像。
デイヴィスの元左目は、奴らの筋肉の収縮や重心の移動を正確に捉え、次のコンマ数秒の”軌道”を青い像として空間に描き出していく。
獣の咆哮を振り絞りながら先陣を切って飛びかかってきたのは、右腕が異常に隆起し、手のひらを突き破って金属の骨が露出した大柄な個体。
”奴は右腕を伸ばし、俺に骨を突き刺そうとしていた”
「⋯⋯ふー」
ゆっくりと息を吐き、両手の銃の感触を確かめる。
心地よい重み。戦闘前にすべきことはリラックスだと教えられた。
そしてそれは容易い。
俺の左目は未来を見るのではなく、過去を見ているのだから。
右手に構えたPAW——対軍殲滅兵器”Amor”の銃口を、骨出し野郎の頭が来る位置に構え、引き金を絞る。
空気を震わす破裂音に、プチュッと水っぽい音が重なる。
肉袋が床に叩きつけられ、少し遅れて焦げた臭い。”Amor”は火薬ではなく、電磁加速で銃弾をバラ撒くから、硝煙の匂いはしない。
代わりに鼻につくのは雷雨の後のオゾンのそれ。
狂騒に生まれた静寂は、確かに俺が作ったものであり、先走った仲間を見つめる理性なき化物たちの目が俺に向いたのが分かった。
注目を集めるのは嫌いじゃないぜ?
「What I've got here is failure to communicate」
言葉じゃなく、拳で語り合おうか。
俺の挑発が引き金となったかのように、残る十数体のOGREたちが一斉に床を蹴った。
◇
青い予像が視界を埋め尽くす。
一般人なら目にも止まらぬであろうスピードで、複数のOGREが俺に迫りきている。
両手の指が異常に伸び、鋭利な爪をこちらに向ける元女らしき異形。
体に埋め込まれたインプラントが暴走し、触手のように蠢いている怪物。
その他、ハロウィンの下手くそなコスプレくらい言葉で表現するにも一苦労な奴らばかり。
季節外れのゾンビたちにはイタズラよりも銃弾をくれてやろう。
> Target: Hostile [Detected : !Caution! OGRE]
> Calculation: Terminal Guidance Solution... FOUND.
> Fire Control: READY.
青い未来を見る左目の情報を右目のスマートレンズにリンク。
同時に右掌のスマートリンクとAmorを同期させ、銃そのものを俺と化す。
見敵必殺。大脳皮質と銃が繋がった今、”考える前に撃つ”ことができる。
右手を乱数的に振り抜き、電磁加速された専用弾の雨を”今は無人”の空間にバラ撒いた——弾道補正込みでOGREの急所を抉るコースに。
果たして放たれた弾丸は、確かに狙いに寸分たがわず着弾した。
「——クソ!」
予想外だったのは、何体か——いや、取り繕うのは止めよう——一体を除いて、Amorの銃撃はOGREの息の根を止めることは叶わなかった。
直撃を受けた哀れな異形は、ど頭だけではなく異常隆起した肩付近までを綺麗に吹き飛ばされ、ただの肉の染みと化した。
だが、他の奴らは違った。銃口の向きから射線を本能で予測したのか、あるいは純粋な野生の勘か。
ある者はとんでもない反射速度でAmorの追尾弾を避け。
ある者は自分の腕を盾代わりにし。
ある者は隣にいた別のOGREを身代わりにして、致命傷を避けやがった。
そして目の前であまり信じたくない光景が広がる。
グチュグチュと生理的嫌悪を刺激する肉の蠢き。
銃弾によって引き裂かれ、あるいは粉砕されたはずの断面が、泡立ちながら異常な速度で再生をし始めている。
加えて欠損したインプラントは再生しないはずだが(普通なら)、奴らが使っているそれは特別性らしい。
肉体の再生とは一線を画して、しかしどこか生き物のように滑らかに元の姿を取り戻そうとしている。
生意気にもバイオハイブリッドの再生機能付きを装着してやがるらしい。俺の義手サイズでも食費十年分は下らねえのに。金満コープのクソ野郎が!
「おいおい、勘弁してくれ。C級ゾンビ映画でも再生しないのはお約束だぞ」
ボヤキと共に、俺は仕方なくAmorと”喷发”のトリガーを引き続ける。
銃身に走る赤い光条が輝きを増しながら、OGREたちの再生が追いつかないほどの面制圧で強引に肉体を削り取る。
それでも左目は突進してくる奴らの襲撃を知り、俺は適度な距離を保ち続けた。
OGREたちの断末魔が響く。
人外どもの肉片が四方八方に飛び散る中、俺の脳裏をよぎるのは敵への恐怖ではない——専用弾のコスト。
この数秒間で撃ち出した弾代だけで、一体いくら吹っ飛んだのか? あまり考えたくはない⋯⋯しばらく飯はハーリング味の合成栄養バーだな(Tiānqǐの”黒麒麟”とやり合ったときでさえ、消費マガジンは一つで済んだ。それでも食費1ヶ月分)。
ただ、その甲斐あって、OGREどもはようやく物言わぬ骸になり、鼓膜を震わす雑音もいくらか減る。
それでもまだ半分も減ってないが。
「割に合わんぞ」
俺と一体化したAmorが残弾ゼロを伝え、リロードのためにジャケットの内に仕込んだマガジンを漁る——油断。
俺の右目のスマートレンズが、赤いアラートを脳幹に叩きつけた。
[WARNING: BLIND SPOT ATTACK]
反射で振り向き、左目が青い像を捉える。
”頭を生やした腕が、俺の腹を貫いた”
油断。防ぐ、左腕——ジャケットが邪魔。せめて肘、間に合——。
「——油断しすぎだ、阿呆が」
音はなく、ただ空間が切れる音。
直後、後ろから水分を含んだ何かが地面に落ち、二つの振動を聞く。
そして視界の隅に球状の肉塊が転がってきた。
左肘で腹部を庇うような体勢で少し固まった俺が認めたのは、両の手に赤黒い血が滴り落ちるカタナを逆手に持つシュウだった。
「再生持ちと分かったなら、腕の一本や二本、動くくらい予想できんのか? 詰めが甘いんだよ」
「⋯⋯ぐう」
ため息混じりにごちるシュウ⋯⋯嫌味な野郎だがぐうの音も出ない。
俺は中途半端な体勢を解き、心の中で舌打ちしながらAmorの弾倉を交換する。
目の前には最初より数を減らしたとはいえ、まだ二桁はいるだろうOGREの群れ。
奴らは仲間を殺した俺等を強敵とみなしたのか、知性なき獣の眼を心無しか引き締めながら、俺達を取り囲むように位置した。
「流石にこの数かつ再生持ちをまともに相手取るのは馬鹿らしい。機を見て脱出する」
シュウがこちらを見ずに言う。
⋯⋯脱出、できるか? これ。




