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この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.3-2-8 完成形

  ◇2327年11月14日(日) 18:07


 タケダがいるであろう部屋のドアの前には、拍子抜けするほど何のトラップも仕掛けられていなかった。

 シュウと無言で目配せをする。監視役との即席のコンビとはいえ、戦場での勘は嫌でも噛み合う。阿吽の呼吸で、俺が左手でドアロックを物理的に破壊すると、同時にシュウが室内に滑り込んだ。


 その部屋はいわば執務室だった。壁には幾つもの実験器具が並び、奥には巨大なモニター。その手前にモニターと向き合い、こちらに背を向け、項垂れた男が一人座っている。

 俺とシュウは武器を構えたまま、足音を殺して慎重に近づく。


 その時。男がゆっくりと椅子を回転させ、こちらと向き合った。

 地面を向いて顔は見えないが、間違いない。ターゲット、カイ・タケダだ。

 だが、様子がおかしい。


 項垂れた頭が少しずつ上がると、憔悴しきった顔が見えた。

 涙が出尽くしたであろうその目は腫れ上がり、現在進行系で鼻と口から体液が滴り落ちている。


 かつてはハンサムだったであろうその顔は、何かに極限まで怯えたようにグチャグチャに歪み、焦点の合わない濁った目で俺たちを認めると、シュウはいないかのごとくまっすぐ俺を見据えた。


「⋯⋯だ」


 奴の口が動く。

 赤子の原始反射のように、不随意に動く唇は、しかし何かを言おうとしている。


「⋯⋯おい」


 シュウと思わず顔を見合わせる。

 奴もタケダの様子に若干面食らったようだが、顎をしゃくって俺に仕事を促した。

 肩をすくめて答える。この距離ならナイフより”喷发(Pēnfā)”の方が良いだろう。

 俺が左手で銃を抜くと同時に、タケダの細い声が静かに、だが確かに執務室の中に響いた。


「お前が完成形だ」


 思わず動きが止まる——タケダは突然、狂ったような叫び声を上げた。


「ヒ、ヒィィッ……アヒャヒャヒャッ!!」


 次の瞬間、奴は俺たちの目を疑う行動に出た。


「ガァアアッ!」


 ボキリ、と異様な音が室内に響く。タケダは自らの両肩の関節を力任せに脱臼させ、無理やり両腕を背中側へと捻り曲げたのだ。

 そして、その後ろ手のまま、デスクの上にあるPCのキーボードを狂った速度で叩き始めた。


[WARNING: SYSTEM OVERRIDE DETECTED]

[STATUS: CRITICAL ALARM TRIGGERED]


 タケダの背後のディスプレイにどう見ても不吉なログが浮かぶ。

 直後、部屋の照明が血のような真紅のパルスに切り替わり、地下全体を揺るがすようなけたたましいアラートが鳴り響いた。


「アヒャヒャ! アハハハハハハハハッ!!」


 関節を外した激痛など感じていないかのように、タケダは口の端から泡を吹きながら笑い続けている。

 くそ、精神異常者め。

 俺が”喷发”の銃口を奴に向けるが、それよりも早く未だに笑い続けるタケダの喉元に銀色の閃光が走った。


 笑い声は唐突に途切れ、代わりに炭酸が混じったような水——血の噴出音。

 赤い間欠泉の下に、タケダの首がゴトリと床に転がった。


 シュウがその手に短い刀を手に、屍の横に立っている。


「お前が遅いから代わりにやった。安心しろ。御大にはうまく言っておく。長居は無用だ」


 刀についた血を無造作に払い、シュウが踵を返して部屋の出口へと向かう。

 行き場を失った”喷发”の銃口がしばしディスプレイの上で彷徨うと、ログが表示されている中、見覚えのある文字列が目に入った。


 ”Project Helix”


 流れ落ちるログですぐにそれは見えなくなったが、確かに見えた。

 同時にヴァクシムの不敵な笑みと依頼が脳に蘇る。


「ちっ」


 俺は舌打ちを一つし、ヴァクシムから預かっていたチップを取り出すと、タケダのPCの端子に強引にインサートした。

 くそ、気色悪い体勢の首無し死体は流石にグロッキーだ。


[DOWNLOADING: ENCRYPTED FILES...]

[COMPLETE]


 ヴァクシムは刺すだけでいいと言ってた。なら、これでお役御免だ。

 俺は部屋を出て、しみったれたこの場所から抜け出そうとしたが——そうは問屋がおろさないらしい。


「おいおい⋯⋯」


 部屋の外は薄気味悪い水槽や檻が立ち並ぶ実験エリア。

 鳴り響くアラートに呼応したのだろう。無数にあったそれらのロックが解除されており、生まれたての胎児のように体に粘膜をまとわせた異形が床に蠢いている。


 嗅ぎなれない異臭。ぬちゃりと粘膜がこすれる淫猥な音が、しゅーしゅーという空気漏れのような呼吸音と混ざって肌を泡立たせる。

 生まれたての化物たちは、この空間で唯一”五体満足”な生物に嫉妬の光を見出し、注目の的になっている俺は額から汗が出てくるのを感じた。


『⋯⋯OGRE』


 ナオミ、言われなくても分かってる。こちとらデイヴィスと一匹対峙したこともあるんだからな。


 ただ今回は一匹どころではない。ざっと数えても十数体は下らない。

 嫉妬の視線は次第に憎しみと殺意に変わり、肉食獣のように機を伺っているように見える。


 デイヴィスですら逃げ出したというOGREの群れ。

 タケダの末期の言葉。

 更にここでも現れた”Project Helix”。


 今はそれらが何かは分からない。

 ただ何をすべきかは分かってる。

 

 生き残り、ここから脱出すること。


 横をちらっと見ると、いつの間にかシュウは背中の二刀を抜き放ち、それでも飄々とした立ち姿で構えている。


「自分の身は、自分で守れよ」


 俺は左手に”喷发”、右手にナイフの代わりに”Amor(愛)”を握る。

 そして左目の眼帯を外し、言った。


「逆にお前が助けてっつったら、俺は助けてやるよ」


 俺の言葉が合図だった。

 OGREどもの狂騒が迫ってくる。

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