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この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.3-2-7 誰かの記憶

  ◇2327年11月14日(日) 17:42


 ロックが解除された鋼鉄の扉が、重々しい摩擦音と共にスライドした。隙間からむわっとした空気とともに、更に鋭くなった消毒液のアルコールが鼻につく。

 

 扉が完全に開くと、奥へと続く通路に明かりがつき、俺達を誘う誘蛾灯のように揺れた。


『⋯⋯うん、よかった。変わってなさそう。そしたらここから私が地下まで案内するわ』


 ナオミの声が響く。

 ロックを解除したからってすぐに裏の研究所があるわけではない。

 そこから迷路を進まなければ、心臓部まではたどり着けないのだ。


 観葉植物の下のボタン、キャビネット裏の隠し通路、キーワード(ニイタカヤマノボレ、とかいうよく分からん単語)を二秒以内に入力しないと開かないドア。

 ようは典型的なトリックハウスの作り。


「なあ、まさかじゃないが、これ出社ごとに毎回やってたのか? 朝にこんな面倒なことやるんて信じられないんだが」


『そのまさか、よ。当時は慣れすぎて毎回タイムアタック更新を狙ってたわ。あとこれで最後。その棚にある”トノヤマ・メディカル全史”の六十四ページ目を開いて、扉のスキャナに読み込ませて』


 言われたとおりにやると、とうとう扉が開き、地下へと続く階段が現れた。最初は楽しかった忍者屋敷だが、そろそろ飽きてきたところだ。帰りはやらなくて済むことを祈ろう。


「じゃ、行くか」


 俺の言葉にシュウは頷きもせず、ただ顎をさし、先にいけとのたまった。そいつはどーも。なら遠慮なく先行くぞ。


 右手のナイフの触感を改めて噛み締め、音を立てないように階段を降りていく。

 地下に潜るたびに、心無しか空気も重くなり、そのせいで頭が少しくらくらする気がする。

 降り立った先に再びドア。上にはでかでかと”Caution: Restricted Access”(許可なき者の立ち入りを固く禁ず)と書かれている。いや、ここまで来たやつはほとんど許可ある者たちだろ、俺ら以外は。


 警句を無視し、音を立てないように慎重にドアを開ける。

 地下特有の冷気に、消毒液だけじゃない、不快な臭い——人の脂が焦げたような死臭。


 そして目の前の光景を網膜が映した瞬間、俺の脳髄を強烈なノイズが殴りつける。

 左目が眼帯の下で青く輝き——金色の光条が俺の視界を埋め尽くした。


 直後、頭に流れ込む”誰かの記憶”。


 緑色の液体に満たされた水槽。頭に無数の電極を突き刺され、声なき声を上げながら口からボコボコと気泡を吐き出す人間たち。

 それを見てPCにデータを入力する同僚。恐怖に染まった目で自分の番を待つ実験体。


 そして、ノイズの向こう側に一瞬だけ浮かび上がった、男の顔。

 俺はこいつを知っている。こいつは——。


「ボケっとするな、三下」


 背中を小突かれ、俺はハッと現実に引き戻される。

 振り返るとシュウが鋭い猛禽の目で俺を睨んでいた。

 ドアは既に開いているが、一歩も踏み出さない俺にしびれを切らしたようだ。


 さっきのは⋯⋯ヴィトの時と同じだ。

 ただ、誰の記憶かは分からない。目線的に研究員だとは思うが⋯⋯。


 そして最後に見た男の顔。

 

 理由もワケも今は分からない。今は捨て置こう。

 俺は小さく頭を振り、不快なノイズの残滓を頭から追い出しながら、目の前に広がる空間へと踏み込んだ。



  ◇2327年11月14日(日) 18:01


 そこは、フラッシュバックした記憶の光景を微かに残しつつ、だがさらに悪趣味に煮詰めたような場所だった。


 地下の薄暗いフロアに規則正しく並んだ、天井まで届く円柱状の水槽。その中に浮かんでいるのは、原型を留めないほど肉体を弄られた人間たち。成人だけじゃない。明らかに子どもにしか見えない体型のものも混じってる。


 それだけではない。フロアの壁面に沿って並べられた透明な檻の中には、動物なのか人間なのか判別すらつかない、異形のキメラたちが閉じ込められている。

 ある者は腕を複数持ち、ある者は下半身が爬虫類のそれに置き換わっている。

 正気を持つ者など、誰一人としておらず、ある者は虚空を見つめ、ある者は自身の皮膚を掻き毟り続けていた。


 地獄。


 人間の魂と尊厳をミンチにして詰め込んだような、徹底的に醜悪な現場。俺はこの場所を表現する言葉を知らないし、知りたいとも思わない。


「ふん、いい趣味してるな」


 あくまでも軽口を叩くシュウとは対象的に、息を呑む音が通信が届いた。


『嘘。こんなに⋯⋯こんなの、私知らない⋯⋯』


 通信越しに、ナオミの震える声が響いた。


『確かに、非合法な実験はしてた⋯⋯でも、私がいたときより遥かにひどくなってる⋯⋯』


「五年も経てば変わらぬものはない。むしろお前は耐えきれないと見なされ、あえて放逐されたんじゃないか?」


 シュウが変わらぬ鉄面皮で呟く。

 ”トノヤマ”という看板の裏で日々増殖していた狂気も、ヤツにとっては日常茶飯事のようだ。


「醜悪だが、我々には関係ない。目的はタケダの首だ。先に進むぞ」

 シュウは迷いなく、フロアの最奥にある重厚なドア——ターゲットがいるであろう部屋へと向かって歩き出す。

 氷より冷たい奴の態度が、癪に触るが今は何よりも頼もしい。


 俺もその後を追った。

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