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この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.3-2-5 背中を預けるほどバカじゃない

  ◇2327年11月14日(日) 11:15


 ガンオイルの匂いは、いつからか俺をひどく安心させてくれた。

 鉄と油が混ざり合った無機質な臭気は、これから始まる暴力の予感を高め、俺の心を燃え上がらせる着火剤となる。


 ナオミのクリニック——もともとの持ち主以外に三人増えても大丈夫なほど広かった——の奥に陣取ったスペースで、俺は各種ガジェットと武器を広げ、最終的なメンテナンスに没頭していた。

 ミヤケファミリーから提示されたターゲット、カイ・タケダの暗殺期限は明日、十一月十五日まで。だが、俺たちが選んだ決行日はその前日である今日だった。


 メインウェポンであるデイヴィスの形見、”Amor”を作業台の上でバラす。

 デイヴィスが手入れをしているのを最後に見たのも、ミヤケの依頼の前だったか。懐かしい記憶が蘇り、目の前の光景が重なった。


 それでも手は止めない。レシーバーを磨き上げ、チャンバーを開き、内部の汚れを拭き取る。細かなパーツの摩耗を独眼で確認していく。問題はなさそうだ。

 

 バラした銃を組み立て直す。カチャカチャとした音。もう慣れたものだ。何十回も繰り返しやった動作だから。

 このときだけはデイヴィスがそばにいる気がする。


 ジャキッと組み上げられた”Amor”を構える。

 水平に構えられた銃身は青い光条を浮かべ、握った右手経由で俺と繋がるのを感じた。


「よし」


 こいつで整備は最後だ。改めて持ち物を確認する。

 メインウェポンはPAW——対軍殲滅兵器の”Amor”にハンドガンの”喷发(Pēnfā)”。サブは傷だらけのタクティカルナイフで、緊急用のオペキットと各種薬剤もOK、そして忘れちゃならないのはエナジーバー——ブラックプディング味。つまり豚の血のソーセージ。


 俺は鞄は持ちたくない派だ。だからポケットとホルスターに収まるだけしか荷物は持ち歩かない。


 荷物はこれでいい。後は俺のインプラント、左目と左腕だ。

 両方ともナオミに診てもらうしかないから、俺の準備はひとまずこれで終わりだ。


 ちょうどその時ビィン、とクリニックの入り口で電子音が鳴り、気怠げな声が聞こえた。


「ちゃーす」

 

「はーい。今行きまーす。ジーク! ラーメン来たわよー!」


 タイミングバッチリだ。腹が減っては戦はできぬ、ってな。


  ◇2327年11月14日(日) 12:07


 消毒液の匂いが漂うクリニックのテーブルの上に、チープな人工醤油の匂いが暴力的に充満していく。

 岡持ちが置いていったのは、プラスチック容器に盛られたデリバリーのラーメン。ただ、今まさに提供されたかのように湯気が立ち上り、思わず俺の喉が鳴った。


「作戦の最終確認よ」


 アリスがゴムのような合成麺をズボボボと啜りながら話し始めた。行儀悪いはずなのに、どこか品を感じさせる。

 

 彼女はホログラムを展開し、”第四研究所”の三次元構造図を指さした。

 

「ターゲットのタケダは、明日の役員会議の準備で現在社内に一人で引きこもっているわ。日曜の研究所は通常の研究員がいない分、警備シフトが平日の四割減になる。ま、減るとは言っても、タケダの執務室周辺は厳重よ」


 ターゲットのタケダを示す星マークが、ホログラムの構造図上で明滅している。周辺のセキュリティ・グリッドは赤く染まり、その隙間を縫うようにギーが確保したルートが青いラインで描かれていた。


「監視カメラ等のトラップは遠隔で解除できるものはギーが対応済み。でもやっぱり物理で運用されているものもあるから、そこは現地で対応ね」


「Yeah Buddy! 既にトノヤマのセキュリティ・ノードの60%は俺様の”バックドア”を仕込んである」


『カメラはほとんどハックしたから死角はないよん!』


 ギーとチャンヒナが騒ぎ立てる。今更ながら気付いたがギーの腕太いな⋯⋯ナオミの太腿くらいありそうだ。ハッカーなのになんであんなデカいんだ?


「私とナオミは完全に後方支援よ。特にナオミは土地勘があるから安心しなさい!」


 アリスが胸を張り、ナオミがスープを飲みながらサムズ・アップする。お前が威張ることじゃないだろ。ただまあ、その黒がちらつく胸元に免じて許してやる。


「で、命張る現場は俺一人か。もう一人戦闘要員がいれば助かるんだがな」


 俺の言葉にアリスが眉をひそめる。


「わかってるわよ。もう一人くらい、頭のネジがぶっ飛んだフリークでもいればいいんだけど⋯⋯。ただ、Helixに反旗を翻すことに本気で乗ってくるクレイジー野郎はそうなかなかいないのは分かるでしょ?」


 彼女が言うとおりだ。口ではなんとでも言えるが、実際に命をかけてまでメガコープに逆らう酔狂は数えるくらい。そこから俺達と馬が合うやつなんて、それこそ天文学的な確率で会うのは難しいだろう。


 だが、無い物ねだりをしていても始まらない。

 戦場に立てば、最後に頼れるのはいつだって己自身だけなのだから。

 それでも⋯⋯、いや、止めよう。


 俺はラーメンのスープを一滴たりとも残さずに飲み干し、ミッション前の儀式を終わらせた。

 今摂取した下卑た塩分で神経伝達は問題なく働くはずだ。


 他の三人も食べ終わり、各々最後の確認に取り掛かろうとしたところで、腹の底を震わす重低音の排気音が、クリニックの防音壁を突き抜けて響いてきた。


「⋯⋯なんの騒ぎだ?」


 思わず既に腰に装着していた”喷发”に手をやる。

 他の面子も顔が一気に強張り、クラシックの旋律が上書きされた空気がざらつきを持ち始めた。


 ナオミのクリニックは比較的平和な場所に構えてあるとはいえ、それでも腐ってもスラムの中にある。

 暴力沙汰はメガコーポに仕掛けられるスパムの数よりありふれてるし、体の一部が落ちていることもザラだ。


 だからこそセキュリティは厳重にしてる。

 もともとナオミだけの女所帯だったのもあり、防弾・防爆はもとより、ギーが来たことによりサイバー関連のセキュリティも充実した。もちろん防音は言うまでもない。


 ゆえに外から防音を突き破るほどの爆音が聞こえるというのは、イコール異常なことが起きていることの証左だ。


 思い当たるフシは一つしかない——カイ・タケダの暗殺。

 ただ、今日決行することはこの場にいる五人しか知らない。


 リークにはくれぐれも気をつけているが、それでもこの街に絶対はない。そこら辺の情報管理をしているギーも、俺と同じでどちらかと言うと守りより攻めが得意だからな。


 何者か——Helixかトノヤマに嗅ぎつけられたか、あるいは面白半分で混乱をもたらす愉快犯、”Ghost Carnival”の横槍か。


 俺は外部カメラで何が起きているかを確認していたギーを見ると、ちょうど顔を上げた奴とサングラス越しに目があった。

 その顔の強張りは溶けていたが、どことなく困惑した表情。


「あー、Bro。どうやら助っ人が来たようだ。いや、そうともいい切れないか?」


 直後、クリニックのドアが音もなく開く。

 

 入ってきたのは一人の男——ミヤケファミリーのシュウ。

 服装は仕立ての良い黒のスーツ。顔の下半分をいくつもの管が伸びるマスクで覆い、その目は猛禽類のそれ。手にはヘルメットを持っている。


「邪魔するぞ。喜べ、監視という名の手助けをしてやる」


  ◇2327年11月14日(日) 12:39


 奴はツカツカとクリニックに入ってきたと思うと、閉めたドアにもたれかかり、こちらを偉そうに見下してきた。何様のつもりだ。


「てめえ。何のようだ?」


「タケダを殺るのを手伝ってやると言ったのが聞こえなかったか? 耳糞が詰まってるようだからしっかり掃除をしろ。聞こえてて理解できなかったのなら生まれ変わってやり直してこい」


 俺の問いに鼻を鳴らしてシュウが呆れたように答えた。

 あまりにもな言い草に頭に血が上るのが分かる。

 思わず手に持っていた”喷发”のセーフティを外しそうになったが、それより先にアリスが口を開いた。


「待って、手伝ってくれるのは大歓迎なんだけど、なぜ今日実行するって分かったの?」


 アリスの質問にもシュウはバカにした様子で返した。


「ミヤケファミリーは獲物から目を離さない。お前たちが何を企み、いつ、どこへ、何をしようとしているかなど、筒抜けだ」


「Oh my gosh⋯⋯チャンヒナのプロテクトを抜けるとはおったまげだぜ」


『ぐぎぎ! 不覚っ!』


 シュウの言葉にギーが感嘆の声、チャンヒナが不服そうな声を漏らす。

 アリスはシュウの口ぶりは気にもとめず、質問を続けた。


「流石は”The City”の裏社会の大物、ってことね。でも監視ってどういうこと?」


「今回のミッション、お前らが完遂できるかどうかは疑わしい。途中逃げ出す恐れもある。だから俺がお目付け役として選ばれた。安心しろ、お前らの作戦に口出しはしない」


 つまりミヤケに首輪をつけられたってわけだ。それもミッションを成功させないと爆発するやつを。

 

「大きなお世話だ⋯⋯どうせ何を言っても着いてくるんだろ。なら精々俺の足は引っ張るな」


「ふん、精々気張るがいい。安心しろ、お前が死んだら俺が代わりにタケダを殺す算段になっている」


 そう言うとシュウは俺を指差して言った。


「俺の番号は前に渡したはずだ。準備が出来たら連絡しろ」


 言うが早いか、シュウはドアを開け出ていった。

 数瞬後、再び爆音がクリニックに響く。音が遠ざかるとともに、ドップラー効果でピッチがだんだん低くなり、とうとう聞こえなくなった。

 あいつ、これ言うためだけに来たのか? 暇人かよ。

 

 室内にクリニックの旋律が戻る。ドアを開け閉めしたことで、ラーメンの臭いは消え失せ、どこか気まずい空気に入れ替わった。


 しばし沈黙。


「⋯⋯ま、ポジティブに考えましょう! ジーク、あなた言ってたじゃない、もう一人戦闘要員が欲しかったって。ちょうど良かったわ」


「奴に背中を預けるほどバカじゃないぞ、俺は。あいつはいざって時、俺を囮にしてでもタケダを殺す、ってことだろ。寝首をかかれないように逆に気をつけないといけないじゃねえか」


「Bro、逆に事故に見せかけて、あいつを消すってのはどうだ?」


『ちゃんと映像も偽造するから任せるのです! ウルトラハイパースーパーハッカー・ギー様のアシスタント、そしてみんなのアイドルであるチャンヒナのプライドにかけて、この恥を雪がなければ!』


 アリスにギー、そしてチャンヒナが再度空気を換気しようとフォローする中、ナオミが俺をまっすぐに見つめていった。


「気をつけてね、ジーク。科学的根拠は何も無い、ただの私の直感だけど⋯⋯本当に嫌な予感がするの」


 その紫の瞳はどこか儚げに揺れて——。

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