Ch.3-2-2 開幕のベル
◇2327年11月2日(火) 13:48
ナオミのクリニック。
ミヤケファミリーのホームから命からがら、というか厄介すぎる依頼を抱えて、俺達は帰ってきた。
「Sheesh, Bros。あんな啖呵切っちまって何か算段でもあんのか?」
ギーも城から出てクリニックのメインルームに姿を見せている。
ディスプレイにはチャンヒナが映り、頭を振って甲高い声を発した。
『ふつーに考えてメガコーポのCHRO暗殺とか無理ゲーだと思うなぁ。むぅむむむ! チャンヒナの超超高性能頭脳でも成功率は2%って出たぞぉ!』
うるせえデコボココンビ。現場を知らんやつは黙っとけ。
「⋯⋯はぁああぁ」
アリス、ナオミ、俺の三人のため息がはからずも同時に漏れる。
この場所を俺たち自身の”城”にする——そう言い放ち、お代として求められたのはCHROの首級。
それも期限は二週間。カウントダウンはもう始まってる。
「んんうううんんん」
腕を上げ、背筋を伸ばす。
ミヤケのところにいたのは一時間もしないほどだったが、それでも明確な敵意を一方的に浴びせられ続けるのはきつかった。あそこまで濃密な殺気と死の匂いを感じたのは、デイヴィスが死んだ時、ゴライアスと対峙した以来だ。
ただ座って口を動かしていただけなのに、全身の筋肉が軋むように痛む。
「ところで、アリス」
俺は診察台に体をだらしなく横たわらせながら、忌々しい記憶を思い出し、口を開いた。
「あの”Satsanga”ってのはなんだ? いつの間に俺たちはAA教を真似してカルト教団になったんだ」
いつもは背筋が伸びているアリスも、流石に今は溶けたガムのような体勢でデスクに突っ伏し、間延びした声で答えた。
「サンスクリット語よ。意味は”真理の円環”。響きが綺麗でしょ? シンボルイメージも作ってるの。チャンヒナ、出して」
『Ai Ai Mam!』
顎でチャンヒナを使うアリス。いつからそんな主従関係が出来たんだよ。
俺の疑問をよそに、ホログラムのイメージが浮かび上がった。
無限のマーク。ただ、単純な”∞”ではない。いわゆる”メビウスの輪”。
複雑な模様が輪を形作る線を織りなし、始まりも終わりもない完璧な循環を現している。
それはどこか”Helix”、つまり螺旋を連想させた。
「用意がいいこった。ただ俺達は脱走者にモグリの医者、パッパラパーなハッカーとスラムの犬の寄せ集めだぞ?」
「だからこそ、よ。このクソで塗り固められた街で、私達だけが真理を追求するっていう、高潔な宣言よ! それに看板があることで私達は”チーム”だっていうことを周知できる」
「チーム、ねぇ」
ちょうどいい。全員揃ってるしはっきりさせておこう。
「改めて言っておくが、俺はゴライアスを殺すため、Helixを潰すために生きてる。そのためには一人じゃ無理だ。だからチームを組んだ——お前たちはそれでいいのか?」
なんだかんだで、俺達はこういった会話、つまり”何のためのチームか”ということを話したことがなかった。
目的が違う奴らがチームを組んだって意味はない。ここははっきりさせるタイミングだ。
「今更ね」
口火を切ったのはアリス。
ヘーゼルカラーの瞳が俺を見据えた。
「前も言ったでしょ? 私は飼いたいの。あなたも、メガコーポも、世界も、ぜーんぶ。せっかく生まれてきたんだもの。自分の力で頂点獲りにいかなきゃ死んだようなものだわ! そのための力としてジーク、あなたが必要だし、ナオミもギーもチャンヒナも同様よ」
「俺様はそんな難しいことは考えたこともねぇ」
ギーが続く。
「アリスの欲求不満は俺様には分かんねぇが、少なくともお前たちといると、遊び相手には不自由しなさそうだ。それに”Star Light”をくれたしな、しばらくは付き合ってやるぜ、Bro!」
ナオミに目をやる。
「私は⋯⋯」
そう、ナオミだ。彼女だけは、唯一この状況に巻き込まれたといっていい。
デイヴィスと顔見知りで、その結果俺というバグと知り合い、挙句の果てには自前のクリニックを、赤毛の性悪女と五月蝿い黒人ハッカーに占拠された被害者。
ここで首を横に振れば、押しの強いアリスでも流石にナオミを巻き込むのは辞めるだろう。というか俺がさせない。
ただ⋯⋯俺個人としてはナオミも同じ仲間としていて欲しい。
俺はナオミを見ると、紫の瞳と目があった。
その輝きは——。
「こんな個性爆発チームにはクッション役が必要よ。ま、それに面白いデータも取れるし、私もしばらくは付き合ってあげるわ」
いや、一番尖ってるのはお前だと思うぞ。
◇2327年11月2日(火) 14:03
「というわけで、正式にチームも発足したことだし、次はどう生き残るかを考えましょう!」
「どうもこうも、トノヤマのCHROをぶっ殺すしかないだろうが」
俺は深くため息をつき、懐からターゲットの情報が詰まったメモリチップを取り出した。
それをデスクのポートに刺すと、ホログラムに中肉中背の東洋人の姿と、オーダーの内容が映し出される。
<Mission Order>
依頼内容:暗殺
達成条件:証拠を残さず”誰が殺ったか分かるように”依頼を完遂
ターゲット:トノヤマ・メディカルのCHRO、カイ・タケダ
デッドライン:2327年11月15日(月)23:59
<Message>
タケダの野郎は権力に物言わせて我が物顔で人を飛ばしちょる。
うちのネズミも何人かクビ切られよってに、落とし前つけなあかん。
文字通り奴の首落として晒してこい。それがお前らが生き残る唯一の道や。
監視としてシュウも連れてけ。仔細は任せた。
重い空気が流れる。
押しも押されぬ大企業、Helix Corpに次ぐメガコーポであるトノヤマ・メディカルのボードメンバーの暗殺。
ミヤケファミリーのオフィスでも考えたが、やはりこれは最高難易度、星五のミッション。
それでも目の前にドアがある分、気は楽だ。
「断るという選択肢はありえないからな」
「ええ、そのとおりよ。前進あるのみ」
俺が漏らした言葉をアリスが拾う。
その瞳は出会った時と同じように野心に燃え、見据えているのは未来だけだ。
「トノヤマか⋯⋯。もう五年ぶりかしら? 私がいたのは研究所がほとんどだったけど、本社の見取り図くらいならまだ分かるわよ。レイアウトが変わってなければだけど」
「Dude、俺様も早速トノヤマのネットワークに潜ってみるぜ。ターゲットのスケジュールや行動パターンをケツのほくろの数と一緒に調べ上げてやるよ!」
『ギー様ってばお下品! それなら私は黒歴史を調べてバラ撒くねん!』
ナオミもギーもチャンヒナも。
誰一人として下を向く奴はいない。
その事実に俺の胸は少し熱くなった。
ただ、チャンヒナよ。ターゲットが怪しむから、くれぐれも不用意な行動は謹んでくれ。
「さあ、時間はないわ! それぞれの得意を活かして作戦を練りましょう!」
アリスが開幕のベルを鳴らしたその時だった。
突如、ターゲットが映っていたホログラムが歪み、別の男が映し出される。
ターバンを巻いたふくよかなインド系の男。ひどい外斜視で、右目が明後日の方向を向き、あぐらをかいて浮遊チェアに座っている。
その背景に、デカデカと描かれた足の長い蜂のペイントが男を透かして微かに見えた。
『アポイント無しで失礼するよ——麒麟児に神の手、狂奏の傾奇者に、死神の弟子よ』
ヴァクシム・ワスプ。
金さえ積めば「雨が降る」という予報を「槍が降る」という事実に変えてしまう、この街で最も信用ならず、かつ最も有能な情報屋。
なぜ、こいつがこのタイミングで出てくる?
というか。
「ちょっと! 何勝手にウチのセキュリティを破って入ってくるのよ! ギー、あなたセキュリティ強化してやるって言ってたじゃない」
ナオミが珍しく声を荒げた。その矛先はどちらかというとギーに向いている。
「Shoot! ジークとのダイブが楽しすぎて忘れてたぜ。まあそんなカリカリするな、ナオミ。小皺が増えるぜ?」
おっと、ギーそれはまずいぞ。
案の定ナオミのメガネが秘匿モードに切り替わり、銀髪の毛先が立ち上がり始めてる。噴火の合図だ。
『ふむ、楽しみを邪魔して大変済まないが、そんなに悠長な時間はあるのかね? これから君たち”Satsanga”発足以来の難しいミッションをしなければならないというのに』
ヴァクシムの言葉にアリスの片眉が微かだがピクリと動いた。
おいおい、奴の耳は壁についてるのか? というかミヤケのところで話した内容がなぜこうも筒抜けなんだよ。
『死神の弟子よ、言葉は軽い。そして軽いものは漂い、そこら中に散らばるものだ』
心を読むな、クソ野郎。
「ふう⋯⋯ま、あんたに隠し事は無理だってことは百も承知だわ。で、何の用なの? おっしゃるとおり、私達とても忙しいんだけど?」
アリスがホログラムを冷めた目で問い詰める。
その視線を受け、ヴァクシムは微笑みながら言った。
『君たちの麗しい門出に待ち受ける困難に際し、一つ依頼したいことがある。もちろんタダじゃない。報酬はそうだな⋯⋯Helixに関する情報を一つ教えようじゃないか』




