Ch.3-2-1 Satsanga(真実の円環)(2/2)
◇2327年11月2日(火) 11:59
いったいどのくらいの時間が経っただろうか。
生殺与奪の権利を握られ、時間の感覚が全く掴めない。
後ろの黒服、そしてシュウから容赦のない視線を浴びせられ、冷や汗が止まらない。
⋯⋯クソ。せめてアリスとナオミの二人にはそこまで圧がかかってないことを祈るばかりだ。
流石のこの状況で馬鹿するほどバカじゃない。神頼みしか今はできない。
そんな袋小路に追い詰められた俺達を、ケンとヒロコは煙管で煙草を喫みながら、ショウを楽しむかのごとく見ている。視線は笑ってないままで。
そして悠々と十口は楽しんだあと、ケンがようやくその口を開いた。
「ワシらのシマで、盃も受けん、銭も納めん。あげく組立ち上げて勝手に根を張るいう。ようほざきおったわ。ここまでコケにされたんは初めてや」
「仁義もクソもない、ただの寝言やわ。随分と舐められたもんよ」
ヒロコが、ゆっくりと紫煙をくゆらせながら冷たい声で言葉を引き継ぐ。
彼らがキレるのも当然だ。ナオミ、伝え方が重要だとTiānqǐで習わなかったのかよ。
「自立です」
「あ?」
張り詰めた空気の中、ナオミが静かに、だがはっきりとした声でヒロコを見据えた。
「あそこは私の大切な場所です。確かにミヤケファミリーのシマにありますが、今までも庇護も受けず、自分たちの手で守り抜いてきました。それを続けていきたいだけなのです。⋯⋯それに、タダで場所をよこせとは申しません」
「ええ。喧嘩を売りに来たわけではありません」
ナオミの言葉を継ぐように、アリスが堂々と告げた。
お前らこの状況で喋りだすとかキモ座りすぎだろ。
「私たちにしかできない仕事で、その場所代を払わせていただきます。それでいかがでしょうか?」
「おめえらわかっとらんなあ」
口だけ笑いながらケンが呟いた。
「うちのシマで商売してるってだけでどんだけの恩恵を受けてるかっちゅー話や。それが場所だけよこせだぁ? ただの盗人やないか。ガキの使いやないんやぞ」
「金や口で解決する問題じゃねえ。誠意ってもんを見せんかい⋯⋯そうだな、ボンは右手落としてもらおか」
晩飯は何かを伝えるかのようにヒロコが漏らす。
「女二人は、そうやなぁ⋯⋯ツラは良いからやっぱり風呂に沈めるのがええか。”人間”を壊さないと興奮しない得意さんは仰山おるでな」
続くケンの言葉に背後の黒服が俺たちににじり寄るのを感じた。
「っ」
言葉が通じる相手じゃない。
奴らはミヤケファミリー。メガコーポが牛耳る街で、その支配に真っ向から抗い、ずっと存在し続けた筋金入りの武闘派。
こちらは武器も取られ、挟撃の構図。加えて正座という慣れない姿勢。
万に一つも勝ち目はないだろう。
それでも戦るしかない。三人で生き残るために。
ギーを留守番にさせたのはこのためだ。
きっと奴ならこの状況を見ているはず。
あいつの合図と共に隙を見て二人を抱えて逃げ出せば——。
「バカな真似はするなと言ったはずだ」
突然右腕を背中にねじり回され、頭をデスクに押し付けられる。
「ジーク!」
「お前らも口を開くな」
力を込めるが、俺を抑えつけるその腕はピクリとも動かない。
クソ、シュウ⋯⋯できるとは思ってたが、ここまでとは!
「うん、シュウ。そのまま抑えときんさい。今ぶった斬るけ」
「お待ち下さい、御大」
「うん?」
頭を抑えられ、よく状況が分からないが、どうやらシュウがケンとヒロコに物申したらしい。
「差し出がましいようですが、こいつは頭こそ使えませんが、鉄砲玉としてなら使い道はいくらでもあります。腕を落とす前に、まずは”例の件”、やらさせるのはいかがでしょうか」
「口挟むとはお前も偉くなったもんやな」
風切り音がし、俺の頭に生暖かい液体——血が垂れてくる。
それでもシュウが俺を抑える力は全く揺るがない。
「⋯⋯じゃがまあ、言わんとすることはもっともやな。タナカの時もなんだかんだ仕事こなしたからな。さすがやシュウ、ボン離してええで」
「重ねて出しゃばってしまい、大変申し訳ございません」
シュウからの拘束が解かれ、俺は改めて怪物二匹と向き合った。
ケンはその手に飾られた刀を持ち、ヒロコは楽しそうに笑ってる。
生暖かい赤が床の畳に染み込んだ。
「ボン、命拾いしたな。まあこれからの仕事次第やけど」
ちらりと横目でアリスとナオミを見ると、幸いなことに彼女たちは何もされていないようで、ただ心配そうに俺を見ているのが分かった。
不意に空気の粘度が戻る。
極寒の冷凍庫の中から取り出された肉のように、冷や汗とは別の汗がにじみ出てくるのを感じた。
「お前らの言い分、到底受け入れることはできねぇ。できねぇがチャンスをやろうじゃねぇか」
「ちょいと面倒な掃除をせないかんとこやったんやが、ボン。お前がこれを片しいや」
そう言うとヒロコが俺に向かってデバイスを投げ渡した。
俺がそれに触れると、ホログラムで中肉中背の男が浮かび上がる。
同時にアリスとナオミが息を飲むのが分かった。
「トノヤマのCHRO(最高人事責任者)じゃ」
ケンが淡々と、まるで明日の天気を語るような口調でとんでもないことを口にした。
「トノヤマの野郎どもは最近、うちのシマの企業を不当な買収で食い荒らし、逆らう連中を閑職に追いやってやがる。シマの秩序を乱すダニは駆除が必要やろ? 根本的に」
ヒロコがキセルの灰を落とし、俺たちを真っ直ぐに見据えた。
「やらんならやらんでもええ。ただ、地獄の一丁目に自分たちから行くのは”すまぁと”じゃないぜ?」
メガコーポの最高幹部の暗殺。
先のパーティ潜入なんて目じゃない。これは最高難易度のミッション。
断れば二人はオモチャにされ、俺は残った腕も切り落とされる。
失敗してもトノヤマの死へに蜂の巣にされ、死ぬ。
つまり絶対バレずに成功させるしか、この街で生き残る道はない——いや、違うだろ。
今更この命、惜しくはない。
俺はあいつに、ゴライアスとHelixを潰すために生きているんだ。
そのためにはどんな汚水でも樽いっぱい飲み干すと決めている。
「ほう?」
ケンとヒロコの視線をまっすぐに受け止める。
支配者が奴隷を見る目——俺はお前らが大っ嫌いだ。
「いいだろう。コーポの豚の首一つ、場所代としてくれてやる」
場所代だけじゃない。これはHelixを落とすための予行練習。
カポン、という音が響いた。




