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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.3-2-1 Satsanga(真実の円環)(1/2) 

  ◇2327年11月2日(火) 09:13


「キム・ドゥハンが死んだわ」


 ギーとチャンヒナと共に初めてのダイブを楽しんだ翌日、静かなクラシックが流れる穏やかな朝を唐突にアリスが乱した。


 食後のコーヒーを飲みつつ、タブレットを操作しながらなんでもないように言ったその一言は、俺が食事の手を止めるには十分すぎる理由だった。


「なんだと?」


 こちとら昨日のダイブの疲労と、電脳の深淵で見せられた不気味な余韻が抜けきらず、憂鬱な朝なんだよ。ベーコンエッグぐらいゆっくり食わせてくれ。


 アリスの言葉は何やら実験していたナオミと、城に引きこもっていたギーも興味を引いたようで、顔と耳をこちらに向けているのが分かった。


「ホームレスの情報網ってね、優秀なのよ。彼らはどこにでもいるから、うまく使えばこの上ない武器になるの」


「ホームレスがクリーニングのバイトでもして、キムが死んだのを見つけたってか? んなアホな」


 俺はベーコンエッグにメープルシロップをかけながら聞いた。合成だが、これがうまいんだよな。

 アリスはコーヒーを一口すすって答えた。


「流石にハウスキーピングは専属よ。でも口が軽いスタッフが話してるのをホームレスが聞いてたってわけ。死んだとされるのは昨日の夜。でもGTMCのアナウンスはされてない。ということは人事発表で退任ってとこで隠蔽されて片付けられるのが妥当ね」


「死因はキムチの食い過ぎか?」


 俺の言葉にギーとチャンヒナが吹き出した。


「なら本望じゃない? でもそれはないわ。詳細が分からないからなんとも言えないけど、まあ穏やかな死に方でなかったのは確かでしょうね」


「そもそもなんで死んだの?」


 ナオミも本格的に興味をいだいたのか、実験を止めて身を乗り出して聞いてきた。

 アリスはナオミの問いかけに肩をすくめて、わからないとジェスチャー。


「”StarLight”を奪われてホランイにダメージを与えたっていうのが一番考えられるけど⋯⋯でも本命はHelixかもね」


 二人、いや三人(四人か?)の視線が俺に突き刺さる。

 俺はポケットから黒いメモリチップを取り出し、かざして見せた。


 昨日のダイブの内容は全員に話してある。

 不穏な進化論、正体不明の男。

 いろいろ話したが”ヤバいことをしようとしている”という、クソみたいな結論しか出てこなかった。


 頭の中に、昨日のダイブで見た光景がフラッシュバックする。

 Helixの割符を隠し持っていたことと、奴が死んだこと。無関係なはずがない。


「口封じ、ってことか」


「まず間違いないでしょう。そのメモリは追跡阻害してるから場所や人までは特定できていないだろうけど、パーティー参加者は虱潰しで探されるでしょうね⋯⋯。もちろん”東欧の鉄商人”も」


「それについてはNo Problemだ。身分偽装はやりすぎなくらいにやってる。豚が空を飛ぶくらいバレるのはありえねぇ」


 紅い豚は飛ぶらしいぞ。まあ、その点はそこまで心配してないが。


「あのメモリを持ってた奴が死んだ。偶然なわけがないだろ」


 キムが死んだ、か。

 パーティー会場のあの悪趣味な書斎の前で、俺たちに連絡先を渡してきたあの豚が。

 かなりの地位まで上り詰めたにも関わらず、とんま一つでもすればメガコーポの都合で闇に葬られる。


 The Cityの闇に確実に俺達は近づいていっている。

 

 思わず口角が上がるのが分かった。

 望むところだ。最初から目指しているのはそこなのだから。


 俺が食事の最後の一口を頬張ると、再びアリスが口を開いた。

 今度は珍しく緊張気味で。


「それともう一つ、こっちは急ぎの要件。ジーク、ナオミ、これから”ミヤケファミリー”のところにいくわよ」


「ミヤケ? なんでだ? ギーが何かやらかしたか?」


 目を逸らす二人組。お前らやったな?


「違うわ。これからは自分の身は自分で守るって仁義を通しにいくの。ただ⋯⋯」


 珍しく言い淀むアリス。


「ただ?」


「最悪の最悪、ドンパチになるかもしれない」


  ◇2327年11月2日(火) 11:44


 二ヶ月ぶりのミヤケファミリーのオフィスは、相変わらず剣呑な空気をまとっていた。

 前回と同様、だが以前にもまして厳重なボディチェックが、アリスの言葉も相まって、胸にさざ波が起こす。

 それでも何とかポーカーフェイスを維持して銃二丁にナイフを預けた。心細いが、仕方がない。


 アリスとナオミもきっちり調べられたあと、俺達はだだっ広い廊下を進む。どうやら今回は靴下に穴は空いてないようだ。


 先を行くアリスはいつもと変わらないように見えるが、それでもどこか力が入っているように見える。ガスステーションの爆発の時といい、意外と感情を隠せないタイプなのかも、と場違いに思う。


 一方のナオミは普段と変わらない自然体。この前のパーティーの時といい、こいつは役者なのかもしれない。


 廊下の一番奥まで辿り着くと、前を行ってた黒服が蹴飛ばしたらすぐに壊れそうな横滑りの戸を開ける。

 むわっとした空気が戸の向こう側から溢れてくると、ほのかに甘い植物の匂いが脳を優しく包んだ。


 そして飛び込んでくるアジアンテイスト。


 草で編まれた長方形のタイルが敷き詰められた部屋には、必要最低限の調度品が上品に飾られている。引き算の美学というやつだろう。

 

 部屋の奥には長いローテーブルが置かれており、そこに座るは小柄な老夫婦——ケン・ミヤケとヒロコ。


 ああ、前回はデイヴィスが居たから気付かなかった。

 この二人からとてつもなく臭う——一見、人畜無害な笑顔の下にある取り繕っても隠しきれない鉄錆と血と暴力の残り香。


 ヤバい奴らだと知ってはいた。

 知ってはいたが、それは彼らのほんの一部でしかないこと、俺は全てを理解していた気でいただけだったと今更ながら気付いた。


 俺は⋯⋯丸腰で龍と虎に挑もうとしている。


「ジーク」


 アリスの呼びかけでハッと我に返る。

 どうやら数秒、俺は臭いにあてられて茫然自失だったらしい。

 二人は既に老夫婦の前に座っており、アリスが首だけ振り向いて俺を呼んだのだ。


「ほっ。ボン。畳が気に入ったか?」


 ケンのからかうような声が響き、俺は先手を取らせてしまったことを後悔した。

 

  ◇2327年11月2日(火) 11:52


 上座に鎮座するケンとヒロコの背後には、東洋の景色がモノクロで断続的に変わっていくデジタルフレーム。その下には刀が恭しく置かれている。


 俺は彼らの流儀に合わせて頭を下げた。アリスとナオミも不器用ながらそれに倣う。

 彼らは礼と義理を金と同じくらい重んじる。そういう連中だ。


 お辞儀と同時に額から汗が滴り落ちたのを、俺はバレてませんようにと願った。


「よう来たのう、ボン。いや、ジーク。デイヴィスのジジイが逝っちまってから、顔を見せにこんから心配しちょったわ」


 ケンが好々爺然とした風貌で、湯呑みを置きながら言った。その細い目は、相変わらず何を考えているか分からない。

 ただ、薄皮を向けば、手に負えないモノが飛び出してくるだろう。

 

「ご無沙汰しております、ミヤケの旦那、ヒロコの姉御。その節は大変お世話になりました。それに盃のお誘いまでいただき、恐れ入ります」


「恐れ入る、ねえ」


 鈴を転がすような声で、ヒロコが合いの手を入れた。

 彼女の薄く開いた瞳の奥の瞳孔に、獲物を値踏みする爬虫類の光が宿る。


「言葉ではそう言いながら、結局ワシらの盃は受けんのじゃろ? えぇ、えぇ。ワシらは無理強いはせん」


 一拍置いてヒロコが続ける。


「じゃが、わざわざ嬢ちゃんたちまで連れて、今日はなんの用や? 風呂に沈めるんならいいとこ紹介しちゃる」


「今日はお二人にお伝えすることがあり参上しました」


 俺が口を開くより早く、アリスの声が響いた。

 少し硬くなっていたはずの背筋は今はピンと伸び、声には一切のブレがない。


「これからはナオミのクリニックを私たち”Satsanga(真実の円環)”の拠点にいたします。ミヤケファミリーのシマの片隅に、私たち自身の城を構えさせていただく。本日はその筋を通しに参りました」


 部屋の空気が一瞬で凍りついた。

 こ、こいつ、ぶっこみやがった!!


 背後に控える黒服たちが一斉に殺気を放つ——いや、そんな生温いものではない。

 ”俺達を殺す”という意志が、物理世界にあらゆる形で顕現した。


 室温が下がり、黒服たちが一気にコルチゾールを分泌させたことによる硫黄の臭いが鼻につく。

 興奮する息遣いが耳元に吹きかけられ、俺の肌はまとわりつく粘度を覚えた。

 周囲の気にあてられ、俺も一気に戦闘態勢に入り、口が乾く。


 丸腰の背中に、目に見えない無数の銃口が突きつけられたような錯覚——ここは死地。


「大きく出たもんやな」


 その中で老人が醸す言葉はどこまでも穏やかで、平時と何も変わらなかった。

 怒るほどでもないのか、あるいは閾値を超えて冷静になったか——後者だ。


 ケンとヒロコの細い目が開かれる。


 獰猛な獣を彷彿とさせる琥珀色の瞳。

 視線だけで心臓を止まらせられるのではないかと錯覚させる捕食者のそれ。

 思わずアリスとナオミを庇うように俺は立ち上がった。


「動いたら斬る」


 首筋に冷たい鋼の感触。

 二人を守ろうとローテーブルに足をかけた中途半端な体勢で止まらざるを得なかった。


「ジー」


「声を出しても斬る」


 ナオミが俺を呼ぶ声に被せて男——シュウが言った。

 そう、シュウだ。


 こいつは俺が立ち上がったその瞬間に、”俺が反応する間もなく”刀を首に押し当てやがった。


「バカな真似をしても斬る。分かったら大人しく座れ」


「⋯⋯」


 言葉を発せず、悪態もつけない。

 俺は言われるがまま座るしか無かった。

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