Ch.3-1-2 終わりなき争い(2/2)
◇2327年11月1日(月) 10:52
あった。
そこは他よりもさらに激しい炎に焼かれ、それでもそうと分かる外観を残して誇らしげに存在している。
”Stray Eye(迷い目)”。
デイヴィスの店。何でも屋。
そして俺の家だった場所。
だが。
「⋯⋯行けない」
炎が道を塞いで、どうあがいても店にたどり着けない。
ある時は瓦礫が、ある時は炎が。
何も障害がないように見えても、歩を進めるごとに店が蜃気楼のように遠ざかり、いつまで経っても辿り着くことができない。
空間そのものが、俺の到達を拒絶している感覚。
「なんでだ!」
焦り、動揺、怒り。
明らかに苛立つ俺に対し、チャンヒナとコソコソ話をしていたギーが呆れたように呟いた。
『そりゃそうさ。さっき言っただろ、こいつは”割符”なんだ。完全なデータへの道筋が物理的に欠損してる。Bro、お前の脳味噌は5メガバイトしかないのか?』
その声は黒煙の向こうから響き、赤とは対象的な青い冷たさを帯びて響く。
『対になるマスターデバイスがねぇと、お前が行きたい”店”には絶対にたどり着けねぇ仕組みになってる。完璧な物理ロックだ』
「ここまで来て、手ぶらで帰れと?」
待ってましたとばかりにニヤッと笑うギー。
もったいぶるな、さっさと言え。
『俺様を誰だと思ってるんだ? 中には入れなくても、店にこびりついた”匂い”くらいなら抽出できる。
⋯⋯行くぜ、Bro。ICEを無理やり引き剥がす。目を逸らすなよ!』
『チャンヒナ、イッきまーす!』
ギーが指を指揮者のように優雅に振ると、チャンヒナが合わせて何かをしだす。
額に両手を上げ、ビームでも出すようなポーズ。
よく分からんが、きっとICEを排除し、強制的に深層へのアクセスを試みてるのだろう。
その証拠に電脳空間全体、つまりこの世界にビリビリと不快な静電気が走った。
同時に炎が空へと吸い上げられ、世界が一層紅く染まる。
つまり、店までの障害物が失くなったのだ。
『Bro!』
「分かってる!」
走る。
途中、すがりつくかのように紅い手が俺の足を絡め取ろうとするが、そのたびに炎は空へと昇っていった。
走る。
瓦礫を飛び越し、馴染みの片目ネオンが迫り、俺はよく分からない一縷の望みを胸にドアノブに手をかけ——。
俺は光の濁流に飲まれた。
◇BC7000000〜AD9999年●●月●●日(●) ●●:●●
猿。
果実を拾う。
奪う。自分が飢えるから。
●●●●●●●●。
立ち上がる類人猿。
血。肉。骨。髄。死。
殺す。自分が生き残るため。
●●●●●●●●。
槍。剣。象徴。神。信託。
欺く。かわいいのは自分だけ。
●●●●●●●●。
異。同。義。信。
●●●●●●●●。
剣と盾を打ち鳴らす兵士。
火薬。銃火。空を覆い尽くす爆撃機。
戦う。なぜ?
●●●●●●●●。
終わりなき争い——螺旋。
進化論をなぞるような、進化の過程。
映像が恐ろしい速度で加速する。
猿から人へ、古代から近代へ。
その間、途絶えることのない、赤。
血肉が飛び散り、悲鳴が響き、泥に塗れた戦車のキャタピラが死体をすり潰していく。
圧倒的な死の奔流。思考が焼き切れそうになる。
そして、その殺戮の歴史の最果て。
すべての映像が収束し、燃え盛る空に浮かび上がったのは――。
”Helix(螺旋)”のマークと誰か分からない二人の後ろ姿。
いや、一人は分かる。
分かるどころではない、忘れるはずもない。
ゴライアス。
俺が全てを賭けて殺さねばならない男。
そいつを認めた瞬間、ただの映像だと分かっていても血が沸騰し、電脳世界にあるはずもない、腰のホルスターの”Amor”を探した。
不意に奴の隣にいる男から声が響く。
「愚かで愛おしい人間よ。私が争いを無くしてやる。支配によって」
それは甘く、低く、威厳に満ち、地獄から響いてきたかのよう。
意味不明なことを言っているにも関わらず、なぜか納得し頷いてしまいそうになるのを、すんでのところで耐えた。
——俺はこれを知らなければならない。
もっと教えてくれ。お前らは何を言っているんだ?
何を目指して、何をしでかそうとしているんだ?
俺は空に手を伸ばし、届かない二人の背を掴もうと必死に喘ぐ。
『Bro! 戻ってこい!!』
首の後ろに違和感。
最後に見たのは燃え盛る街に亀裂が走り、世界が粉々に砕けるノイズ。
それと振り返ったゴライアスの紅い瞳。
◇2327年11月1日(月) 10:55
ブツン、という鈍い音と共に、クリニックの無機質——ではなく、ギーによって配線だらけになった天井が視界に映る。
俺は肺の底から空気を絞り出すように、荒い息を吐いた。全身が嫌な汗でぐっしょりと濡れている。
「⋯⋯今の、映像は⋯⋯なんだ」
心拍数が異常に跳ね上がっている。義手ではない生身の右手が、微かに震えていた。
隣のデスクに目を向けると、ギーもジャックアウトしていた。
普段のおちゃらけた態度は鳴りを潜め、どこか怒った雰囲気を出している。
チャンヒナは⋯⋯もっとわかりやすい。ディスプレイ上でプンプンと頬を膨らませてる。
「分からねぇ。分からねぇが、Bro。やりすぎだ」
あ、やっぱ怒ってる。
「こんなクズデータじゃあの深度には物理的に行けないはずだ。お前の”無限のCCI”がメモリに残った匂いを修復して、普通じゃありえない挙動をしやがった。
Bro、俺様がいなきゃお前、永遠にメモリ上で生きてかなきゃならなかったぜ?」
「すまん」
素直に謝る。
「全く、流石の俺様も焦ったぜ。感謝しろよ? 借りはGALACTICA関連で返してもらうから覚悟しろ」
「分かった」
俺は謝ることができるのだ。
そんな俺を見てため息一つ吐いたギーは、サングラスを外して言った。
「ま、分かったことといえば、これはただの企業機密じゃねぇことだけは確かだ」
彼はメモリチップを俺に投げ渡す。
螺旋が刻まれた、黒いデータ。
Helix。赤い瞳。終わりのない闘争。そして、誰かの声。
けして否定できない人の営み。
——奴らは何を企んでいる。俺は何と戦っているんだ?




