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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.3-1-2 終わりなき争い(1/2)

  ◇2327年11月1日(月) 10:40


 落ちていく。

 真下に、真横に、真後ろにも。

 体の感覚はなくなり、ただ落ちていくことだけを感じる。


 視覚、聴覚、触覚。嗅覚や味覚でさえもブラックアウトし、直後に爆発的な情報量の奔流となって脳髄に叩き込まれた。


 ノイズの壁、その言葉が正しいのかは分からないが、いずれにせよ何かしらの壁を突き抜け、再構築された視界に広がったのは——極彩色のレーザーが飛び交う熱狂の空間。


「なんだここは」


『Welcome to my stage!』


 鼓膜ではなく、その奥の聴覚野を直接揺さぶるような重低音。

 ここは⋯⋯ライブ会場か? 四方八方から凄まじい熱が襲ってくる。


 爆音に耳を抑えながら(意味はなかった)声をした方を見上げると、宙に浮く巨大なDJブースの上で、黒人の大男、ギーがレコードをスクラッチしていた。


 その頭のドレッドヘアは現実よりもさらにど派手なネオンカラーに染まり揺れている。

 そしてギーが繰り出す音楽に合わせ、DJブースの下で見渡す限りの無数の観客たちが、狂ったように波打っていた。

 ただし、全員のっぺらぼうだが。


 ここはギーのイメージする電脳の海――彼の”心象世界”。


 おそらく情報の断片一つ一つが”観客”として擬人化され、お目当てのデータ=特定人物を”ノらせる”ことで、ハッキングを成すのだろう。


 電脳空間へのダイブは単なるVRゲームのお散歩とはわけが違う。


 圧倒的なデータが渦巻く情報の海をそのまま生身の脳で処理しようとすれば、一瞬でシナプスが焼き切れて発狂する。

 だから脳を保護するために、無機質な情報群をダイバー自身の精神構造に合わせた”風景”に翻訳して見せるのだ。


 故に、ダイブして見る心象世界は個人によって全く異なる。


 チェス盤の上の駒としてデータを処理する者もいれば、巨大な図書館で果てしない本棚から目当ての一冊を探すイメージを持つ者もいる。

 ようは、そいつの個性が世界を形作るのだ。


 だが、まさかこれほどまでに騒がしく、視覚と聴覚を暴力的に犯してくる世界を構築する奴がいるとは。


「現実のド派手なツラと同じで、目がチカチカする脳内だな」


 俺は呆れ半分、感心半分の声を出した。爆音で奴の耳に届いてはいないだろうが。

 他人と一緒にダイブするのは初めて、というか電脳にダイブすること自体、これが初めてだ。

 今までやってきたカメラのハッキング等は、デバイスをインターフェースしていただけ。

 誰かさんのバイクをジャックした時は、無限のCCIにあかせて、俺自身をバイクに憑依したもんだし。


 ギーの普段の言動やチャンヒナとのやりとりからある程度は予想していたが、ここまで”らしい”空間を作り上げているとは思わなかった。

 というかよく見るとギーがいるDJブースの後ろでチャンヒナが歌いながら踊り狂ってやがる。なんでもありかよ、あの短足。


『最高にSickだろ? こいつら全員は今、俺様の指先一つで支配してるんだ!』


 ギーがターンテーブルを勢いよく回すと、空間全体に走るレーザーの数が増し、のっぺらぼうの観客たちがさらに激しく波打つ。


 奴にとってのハッキングとは、暗闇で鍵穴を探るような地味な作業ではない。この熱狂の渦の中心で、情報を力ずくで踊り狂わせ、自らの支配下に置くという圧倒的な”ショー”なのだ。


 ザ・シティで最高のハッカーが、こんなイカれたクラブのDJだとは誰も思わないだろう。


『会場は温めておいたぜ、Bro』


 宙に浮くブースから、星形のサングラスの奥にあるギーの視線が俺を見下ろした。


『お前はまだチェリーだからな、まずはお手本を見せてやった。だが、今後のためにも今回はお前のイメージで遊んでみようぜ! ジーク、見せてみろ、お前の世界を』

 

 ギーの声が響いた瞬間、何かがギーから俺に移るのが、なんとなく感じられた。

 同時に周囲の景色がぐにゃりと歪み、俺はまたどこかへ——内側へ落ちていく。


  ◇2327年11月1日(月) 10:44


 一生忘れられない赤が、網膜に貼りついた。形を変え続ける炎の舌に皮膚を舐められ、熱い。

 肉が焦げる臭いと、甘ったるい化学物質の臭気が混ざり合い、鼻腔を焼く。


 むせ返るような熱気と、立ち上る黒煙。炎に包まれた街。

 お世辞にも居心地がいいところとは言えない。


 そして俺はこの場所を知っている。


 小雨が降り、ネオンの光が水たまりを反射する繁華街。

 ここは中間層——俺の始まりの場所だ。


『Shit, Bro、お前の心は毎日BBQしてるのか? 俺はこれ以上黒くはなりたかねぇぜ?』


『チャンヒナはそんなギー様も愛してるのです!』


 ギーとチャンヒナの軽口も今は屁の突っ張りにもならない。


 見渡す限り炎に包まれた街は、よく見ると現実とは微妙に異なっていた。立ち並ぶ店がチグハグなのだ。


 ナオミのクリニックの横にポールのテーラー。

 その向かいにはタナカと行ったクロームダイナー・エッグ&ベーコンがあり、その奥にはホテル・ミラージュとハイ・ガーデンがそびえ立っている。


『なるほど、お前と縁ある店がデータのアドレスっていうわけか』


 きっとギーの言うとおりなのだろう。

 で、あればあの店もきっとあるはずだ。


 ここは俺の過去。デイヴィスと過ごした街であり、Helixによってすべてを失った日々の記憶の残滓。


 そうと分かっているのに。

 ここは現実ではないと分かっているのに、少し胸がチクンと痛んだ。


『Bro、おセンチなところ邪魔するが、長居はよくねぇ。この世界で俺等は異物だ。ある程度は俺がプロテクトしてるが、耐性がないお前は文字通り炎に焼かれておっ死んじまうぞ』


「⋯⋯分かってる」


『ジーク、ここはお前の世界だ。頭を研ぎ澄ませ、心に耳を傾けろ。そしたら勝手は自ずと分かる』


 自ずと分かる、ね。そのとおりだ。俺は分かってる。

 行きたいところに行けばいいのだ。

 そしてそれは一つしかない。

 

 炎の壁を掻き分け、崩れ落ちる瓦礫を避けて進む。

 業火が肌を焼く感覚はあまりにもリアル。だが、痛みは感じない。

 きっとギーかチャンヒナがそうとは見えなくても俺を守ってくれてるのだろう。


 Thanks Bro。

 声には出さないが、多分伝わったはずだ。

 

 俺はそのまま赤く照らされた道を進んだ。

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