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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.3-1-1 Shall we dive?

『グッドモーニング、エブリワン! 永遠に迷える子羊どもに、しみったれたドープなザ・シティの今を、俺様パブロフが教えてしんぜよう!


今日のビッグニュースは二つしかねえ! まずは泣く子も黙るカルト⋯⋯おっと失礼、慈愛と獣臭に満ちた新興宗教”AA教”のトップ、カエサル様が、年末にこの街に降臨されるとよ! 信心深い奴らは今のうちにお布施の準備をしておきな!


そして二つ目! こっちが本命だ! あの銀河級超絶人気アイドルグループ”GALACTICA”のドームツアーが、ついにザ・シティで開催決定だぁぁっ! チケットの倍率は既に天文学的数字! 血を流してでも手に入れろ! そして俺によこせ!!——ちょ、カラチェフスカヤ、止め』


  ◇2327年11月1日(月) 10:28


 放送禁止レベルの映像がホログラムに映る。GMTCでは馴染みの光景。

 俺はナオミからコーヒーを受け取り、一口すすってからボヤいた。


「Cityの連中も暇だな。宗教だのアイドルだの」


「あら、いいじゃない。平和な証拠よ」


 ナオミが診察台の上で優雅に脚を組みながら答える。

 毎朝恒例の採血を終え、彼女は手元のタブレットを操作しながら、ドビュッシーかなんかの鼻歌を口ずさみご機嫌だ。


「随分ご機嫌だな。こっちはアリスから再三待てを食らってストレス溜まってるっつうのに。また新手のヤバい薬でも開発したのか?」


「それはあなたが誰彼構わず喧嘩をふっかけるからでしょ。今ギーとチャンヒナがヴィクトルが苦労して手に入れた諸々を解析してるんだから、少しは我慢を覚えなさい」


 そう、苦労して手に入れた”Star Light”とHelixの刻印が入った黒いメモリチップは、ギーたちに解析を依頼している。


 彼らはつい先日、機材ごとナオミのクリニックに引っ越してきた。


 この狂った街で足のつかない安全な拠点となると、ここ以上に適した場所はない。物理的に近いほうが守りやすいのは兵法の基本。

 引っ越してきて数日は、”極上のサイバー・サンクチュアリを構築する”とかなんとか言って、奥の機材スペースに引きこもって配線と設定に明け暮れている。


 それだけじゃただ飯ぐらいだから、早速解析を頼んでいるところだ。

 実際に会ったギーはホログラム通りの二メートル超の大男で、”Star Light”を渡した時は⋯⋯思い出すのは止めよう。俺にもトラウマはある。


 待つことは苦手だ。ジリジリと真綿で絞め殺される感覚は誰だって嫌いだろ?

 そんな中でもナオミはマイペースを貫いている。待てば海路の日和ありを地で体現する彼女は、確かに俺より成熟してる。


「流石年の功。オトナだな」


 無言で発色する青色の注射器を懐から取り出すナオミ。

 俺は両手を上げて降参した。

 何だよあの色。工場から出る煙のほうが体に優しそうだぞ。


「最近、クリニックの周りをうろつくチンピラが減ったの。前まではドローンで麻酔針を撃ち込んで追い払ってたんだけど、キリがなくてね」


「その悩みの種がなくなったのか」


 ナオミが怪しい薬を懐に戻すところをしっかりと確認して続きを促す。いや、あれいつも持ち歩いてるのか?

 

「ギーが来てから色々防犯をいじってもらったのよ。ちょっとでも怪しい動きをしたらカメラで自動判定して、迷走神経を刺激するウイルスを射出注入するの!」


 満面の笑みでのたまうナオミ。


「そしたらどんな大男でも気絶するから、一気に治安が良くなったわ! ビバ! 平穏な日々ってね」


 気絶したらモルモットとして色々いじってるのよ、と少しぶつぶつ不穏な声が聞こえた気がしたが、俺には関係のないことだ。

 うん。彼女はやっぱりいかれてる。アリスとは別ベクトルで。


「そういえばアリスはどうした? そろそろ次の悪巧みを聞かないと、後出しで巻き込まれる予感しかしないんだが」


『アリスちゃんなら出かけてるよ!』


 天井のスピーカーから、無邪気な声が降ってくる。

 同時にGMTCが放送されていたホログラムが乱れ、代わりに二頭身のアバター——チャンヒナの姿が映し出された。


『旧市街のホームレスを買収しに行ってくるって息巻いてさっき出ていったの見たのだ! 袋二つも担いでサンタクロースみたいなの!』


 そういえば昨日、よく分からない合成食料の買い出しというパシリをさせられたな。

 なぜホームレスを買収するかは分からんが、まあ何かしら考え合ってのことだろう。多分。


「ぎゃはははは! Bro、こいつを見てみろよ!」


 奥の機材スペースから、豊かでハスキーな男の笑い声が聞こえてきた。

 同時にチャンヒナの横に小汚い工場跡地のような場所が映る。

 ソファーや空き瓶が乱雑に置かれたローデスクなど、秘密基地風情の趣だが、様子がおかしい。


 音量を最小に絞っても五月蝿いくらいのチャンヒナの電波なアイドルソングが、そこら中に設置されたスピーカーから垂れ流されているのだ。


 それをお揃いのタトゥーが入った輩たち――”Crazy Dogz”が必死になって消そうとしたり、犯人を威嚇するために銃を乱射してキャンキャンと騒いでいる。


「駄犬どもがチルしてるところをジャックしてやった! かれこれ二時間はチャンヒナの歌がリピート再生されてるぜ! ファンが増えるぞ、チャンヒナ!」


『フゥゥゥッ! ギー様素敵!』


「⋯⋯お前ら、いい加減にしとけよ。後で殺されても俺は助けないからな」


 どうやら諸々のセッティングが無事に終わり、腕鳴らしの結果がこのタチの悪いイタズラというわけか。

 というか解析はどうした。遊んでないで仕事をしろ。


 愉快犯な奴らに呆れながら、俺はソファから立ち上がり、奥の機材スペースへと足を踏み入れた。どんどんクリニックが侵食されていってるが、ナオミ大丈夫か? まあ俺の知らんこっちゃないが。


 奥の部屋に続く扉を開けると、無数のモニタが青白い光を放ち、サーバーの冷却ファンの低く唸る音が耳に飛び込んできた。

 部屋の中はあちこちにディスプレイが並び、レトロなアニメや黒背景に発色した緑の文字が流れ落ちるデジタルレインが洪水のように無意味に流れ落ちている。


 ギーの”サンクチュアリ”は、クリニックの一角とは思えないほど本格的な要塞に仕上がっていた。

 その奥、椅子に座っている男――デカい。


 筋肉質の黒人男性。頭には様々な蛍光色に染められた極太のドレッドヘア。目元にはおそらくふざけた形をしたサングラスをかけ、首からはジャラジャラと大量のシルバーアクセサリーと、何種類ものケーブル類をぶら下げているはずだ。


 特徴的なのはその背中。サーバーラックが翼のように生えている。


 背中の物はともかくとして、二十世紀のファンク・ロッカーのベーシストがそのままタイムスリップしてきたような出で立ち。


 本名ギギギ・ジグザグ、通称ギー。

 ふざけた名前だが、分かりやすくて良い。


 奴もアリスの思惑通り”仲間入り”を果たした。おまけでチャンヒナとかいう妖精も。


 キャスター付きのチェアを回転させ、男が振り向く。

 予想通りに今日はハートの形をしたサングラス。


 黒い肌に白い歯を二カッと浮かび上がらせ、楽しそうに俺に問いかけた。


「よお、Bro。俺の城はどうだい?」


  ◇2327年11月1日(月) 10:33


「悪くない。ザ・ハッカーって感じでかっこいいと思うぞ」


「Whoo! 流石だ、ジーク! お前はセンスを分かってやがる!」


「それはどうも。で、セッティングが終わったなら、そろそろ本題を聞かせてもらおうか。例の二つは解析できたのか」


 俺が本題を切り出しても、ギーはおちゃらけた笑みは崩さない。

 ただ、サングラス越しでも分かるくらいにその瞳に熱を灯し、俺を見つめた。

 彼はチェアを回転させ、中央の一番大きなモニターを指差す。


「Hell yah! 俺を誰だと思ってやがる? ”Ghost Carnival”どころかこの街一の”GOAT”だぜ? これを見てみろ、Bro」


 モニターの左半分には青白いホログラムで構成された膨大な数字と文字列の羅列が、右半分には不気味な赤色のノイズにまみれたブロック状のデータ群が映し出されていた。


「まずは左だ。あの成金豚から奪い戻した”Star Light”。本体はあそこに厳重に飾ってあるが、あの野郎、とんでもねえもんを中に入れてやがった」


 ギーが義手を操作すると、おびただしい数のデータが踊りだす。


「俺様が言ったとおりこいつはホランイ重工の裏帳簿そのものだ。武器の横流し、政界への違法献金、競合他社への妨害工作⋯⋯叩けば、BANG! 分かるだろ? 埃どころか、メガコーポ一つ吹き飛ばせるくらい特大の爆弾が詰まってやがる」


「そいつは良かった。いい豚汁が作れそうだな。アリスに渡せばただ単に公開するより有効的に使ってくれるだろうよ。で、右は?」


 ホランイ重工などどうでもいい。メインディッシュはこっちだ。

 

「Boo! 急かすな、Bro」


 ギーが優雅に義手を動かすと同時に、赤を煮詰めてくすんだような、不気味な色に染まった右半分のモニタへと移る——螺旋のマークが刻まれた、”Helix”の黒いメモリチップの解析データ。


 ギーがサングラスを外す。

 まっすぐに俺を見つめる生身の目⋯⋯なんだよ?


 そして奴は俺から目をそらし、今度は星形のサングラスをかけた。

 いや、なんだよ!


「⋯⋯こっちはちょっくらProblemだ、Bro」


 お前の行動がProblemだ。


「なんだよ?」


「チャンヒナも駆使して外装のプロテクトを三層までは引っぺがした。だが、そこから先がどうにも進まねぇ。ただの暗号化じゃない。こいつは物理的なプロテクションがかかってやがる」


「つまり何もわからないってことか? ”Greatest Of All Time”のギー様の腕にかかっても?」


『ギー様のせいじゃないモーン。ジークんは左腕がない状態で腕組める? 出来ないでしょ? 文字通り片手落ちでしょ?』


 チャンヒナが乱入してきた。うるせえぞ。こっちはようやくHelixのクソ野郎に近づくチャンスが途絶えそうでイライラしてんだ。


「Oh yeah。チャンヒナが言う通りだ。例えるなら割符だな。このチップ単体じゃ、完全なデータは絶対に開かねぇ。対になる専用の端末、マスターデバイスとでも呼ぶべきハードウェアが個別単体に設定されてる」


「専用のハードじゃないと読み解けないってことか」


「Exactly!」


 ホランイ重工の専務が隠し持っていた、Helixが指定したデバイスでしか読み解けない不完全なデータチップ。


 何のために? 誰から手に入れた? 豚キムはHelixに出入りしてたのか?

 

 謎が頭を埋め尽くす。


「Bro」


 ギーの声で現実に呼び戻される。


「さっきも言ったとおり、完全なデータは見れねぇ⋯⋯見れねぇが、俺を誰だと思ってる? The Cityで俺に破れない壁は、ない」


 ギーは分厚い唇の端を釣り上げ、首にぶら下がっている太い接続ケーブルを二本引っ張り出した。よく見ると背中の翼型ラックと繋がっている。


「外から突っついてダメなら、内側からこじ開けるまで。RAMにこびりついた”匂い”なら、俺の力で削り取れる」


 そのまま何かの準備を進めるギー。専門じゃないからよくわからん。


「だが、文字ベースの解析じゃラチがあかねぇ。直接ニューロ・リンクで意識を同調させて、情報の海を直接”見る”必要がある」


 ギーがケーブルの一本を俺に向けて差し出した。


「口で説明するより、お前も直接見た方が早い。Shall we dive?」


 俺はこれを知っている。どころかトラウマレベルで覚えてる——全感覚没入型仮想体験。VRだ。 

 

 ただし今回ダイブするのは作られたサンドボックスではなく、建前上はダイブするなど想定されていない、電脳空間。ネットとは繋がってないだろうから、電脳の湖といったところか。


「”ICE”からは俺が守ってやるから安心しろ。ある程度の手口は以前のハックで理解してる」


「アンチハッキングプログラムか。流石に脳までは鍛えてないから助かる」


 俺はギーの隣にある空のチェアに腰を下ろした。

 首元に手をやり、皮膚に埋め込まれた金属製のポートのカバーをスライドさせ、ギーから太い接続ケーブルを受け取り、俺は躊躇いなくそれを後頭部へと差し込んだ。


 カチリ、と硬質な接続音が頭蓋骨に響く。


「⋯⋯手は繋がないぞ」


「ハッ、誰が男と手を繋ぐかよ。俺はGALACTICA以外は二次元にしか腰は振らねぇ!」


『Cleared for takeoff runway “Helix”. Thrust Set. ヨーソロー!』


 視界が黒に飲まれていく中、星形のサングラスと目があった。


「楽しいショーの始まりだ。振り落とされるなよ、Bro」

Ch.3開始です。

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