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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.2-2-12 잘 있어

  ◇2327年10月18日(月) 19:51


『いまよ!』


「りょーかい」


 ナオミの合図で扉を開け、再び下世話な喧騒広がるパーティー会場に舞い戻る。

 五感に広がる圧。やっぱり慣れない。


 後ろ手に扉を閉め、俺は深く息を吐き出し、張り詰めていた筋肉を緩めた。


「ジー、いやヴィクトル。お疲れ様。なかなか楽しませてもらったわ」


 今度は銅ピカにナンパされていたナオミが、男を軽くあしらって俺にねぎらいの言葉をかけてきた。

 その声は呆れたような、それでいてどこか安堵したような色。

 彼女はどうやらピカピカしてるやつにモテるらしい。


「それは何よりだ。まさか最新テックじゃなくて、安物の金箔に殺されかけるとは思わなかった」


 乱れたネクタイを直し、懐の”Star Light”を確かめる。

 ある程度の膨らみは分かるが、それでもシルエットを致命的に崩すまでではない。


「ポールの腕は確かだな。結構動いたのに生地が引っかかることもなかった」


「でしょ? 私の見る目は確かなんだから」


 次も奴の店でスーツを作ることを改めて心に決め、俺たちは足早にその場を離れた。


 スマートレンズの表示によれば、会場の混乱はFYVEの部隊によって強引に鎮圧されつつあるようだ。

 電子ドラッグでハイになったユーザーたちは強制的に会場から排除され、元の喧騒を取り戻しつつある。


 長居は無用。これ以上こんなところにいたら頭がふやけちまう。

 パーティーはまだまだ続くが、俺達は御暇させてもらおう。


 セキュリティーゲートを抜け、三十分前に通った直通エレベーターがあるホールに向かう。

 入場の時にいた受付担当の姿はなく、その代わりにやる気のなさそうなツラの良い男があくびを噛み殺しているのが見えた。


 チャンヒナが言ってたとおり、顔採用は間違いないっぽい。

 一番最初に出会った受付担当が一番できそうだったが、あいつはブサイクだったから担当を外されちまったのだろう。


 たわいもないことを考えながら、エレベーターのボタンを押す。

 流石に八百メートルの高さだとすぐにはこない。一分はまるまる待つだろう。

 

「ミスター・ザイツェフ」


 背後から聞き覚えのある、二度と聞きたくない脂ぎった声が響いた。

 振り返ると、数人のガードを引き連れたキム・ドゥハンが、険しい顔で額に汗を浮かべながらこちらへと足早に近づいてくる。


 心臓のビートが早まる。俺の腕に巻き付けられたナオミの腕にも心無しか力が込められた。おお、感触が素晴らしい。


 書斎の侵入がもうバレたのか? いや、それにしてはガードの動きが緩いし、アラートも鳴っていない⋯⋯が、いざとなったら殺るしかないだろう。

 俺は上着の下の銃にいつでも手をかけられるよう、全身の力を極力抜いた。


 そんな俺の心配を他所に、キムは敵意ではなく、なんとも形容しがたい表情を浮かべて俺に話しかけてきた。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ない。どこかの馬鹿が悪戯をしたようでね。もう犯人は見つけて対応した⋯⋯それにしてもお早いお帰りですな」


 しれっと見栄で嘘を吐く間抜け。ブラフはバレちゃ意味がないぞ。


「ええ。少々驚きましたよ。ただ、連れの体調が優れなくなったので、こちらで失礼させていただく」


「それはこちらの不備で失礼した。実は、先程の君の言葉がどうにも気になってね」


 キムは取り巻きに合図すると、黒いデータチップを受け取り、そのまま俺に渡してきた。


「君とは良きビジネスができると思っている。ぜひ東欧のマーケットについて伺いたい。お互い、有益な関係が築けるはずだ」


 なるほど。俺の見事な演技が、この強欲な豚にビジネスチャンスだと見事に刺激してしまったらしい。

 チップを渡そうと尊大に伸ばされた腕。

 俺は鼻で笑うような態度を崩さずにそれを受け取った。


「ええ。こちらからも、改めてご連絡させていただきますよ——ミスター・キム」


 ちょうどその時、エレベーターの到着音が鳴り、重厚な扉が開いた。

 ナオミと共に乗り込み、俺は数少ない知っている韓国語を放った。


「잘 있어」


 扉が閉まる際に見えたのは虚をつかれたような、あるいは鳩が豆鉄砲を食らったかのようなキムの顔だった。


  ◇2327年10月18日(月) 19:53


 箱が降下を始め、地上へと向かう重力が体にかかった瞬間、俺たちは同時に息を深く吐き出した。


「ふふっ。あはははは!」


 ナオミが堪えきれないといった様子で吹き出し、腹を抱えて笑い始めた。


「ジーク! 最後の言葉の意味知ってていったの?」


「”さようなら”だろ? ちゃんと検索したから覚えてたんだ」


「あれ、タメ口よ! 友達とかに使うやつ。少なくともパーティー主催者に対して使う言葉じゃないわ! あーおかしい」


 よそ行きの顔を捨てて、笑い転げるナオミ。敬語とか知らんがな。

 俺はそれを横目に捉えながら、窮屈だったネクタイを緩めた。

 

 ネクタイは仕事を無事に終えた後に緩めるための道具だ。

 緊張感も同時に和らぎ、一息つく。


 エレベーターが降下するにつれ、ガラス張りの外壁面から”The City”の夜景が昇っていく。

 光の海。メガコーポが支配する、狂った電脳都市。


「Helix」


「ん?」


 笑いすぎて涙を拭うナオミ。俺は誰にともなく眼下に広がる街の光を見下しながら呟いた。


「あれがナオミがいたトノヤマ、あっちがTiānqǐ。その奥の神殿がAA教の本部で⋯⋯」


 一際高くそびえ立つ、巨大な構造物。

 雲を突くような螺旋型のタワーは、街のすべての光を吸い込んでいるように見える。


「あれがHelixだ」


 俺の言葉に、ナオミも静かに夜景を見つめたのが分かった。


 Helix。


 目を閉じると、脳裏に焼き付いて離れない光景が蘇る。

 

 赤い瞳。

 広がる血。

 動かなくなった、誰かの手。


 俺は左手で銃の形を作り、螺旋へと向けた。


 BANG。


 届かない——まだ。


「まだまだだが⋯⋯近づいてる。着実に。這いつくばってでも、必ずたどり着いてやる」


 俺は義手で冷たい窓ガラスに触れながら、心の中で、あの赤い瞳の男に語りかけた。


 お前を忘れた時はない。精々今のうちに、余裕ぶっこいておけ。


 その首、いつか必ず噛み砕いてやる。


 エレベーターが地上に到着する音が響いた。

 扉が開き、スラムの空気に比べればまだマシな、だが血と欲望の匂いがする”The City”の少し冷たい夜風が吹き込んでくる。


 俺は肺中の空気を取り替えるべく深く息を吸い込み、ナオミに視線を向けた。


「なあ、ナオミ。どっかで一杯引っ掛けて帰るか」


「あら、いいわね、ヴィクトルさん。今日は高いお酒を奢ってくれるのでしょ?」


 ナオミがいつもの調子で微笑んだ、その時だった。


『Hey Hey Hey! ちょっと待てよBro!』


『私達を置いて打ち上げなんて許さないわよ! 今すぐクリニックに帰ってきなさい! というか家に帰るまでが遠足だってさっきもいったでしょ!』


 俺の言葉を拾ったギーとアリスが、通信越しにギャーギャーと騒ぎ立てる。

 チャンヒナの「お肉食べたいのだ!」という声まで聞こえてきた。お前は食えないだろ。


「騒がしい連中だ」


 俺は苦笑しながら、耳障りな通信機をオフにする。

 ネオンが輝く街、その先に広がる影の地へと、俺たちは足を進めた。


 ——次にここへ戻る時は、客としてじゃない。

 狩る側としてだ。

これにてCh.2完結です。

少し時間を空けて、ストックを作ってからCh.3を投稿します。


2026/4/6(火)ぐらいには投稿します。

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