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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.2-2-11 ファンデルワールス力

  ◇2327年10月18日(月) 19:45


 書斎へと続く扉を開けると、別世界に入り込んだかのように静寂が満ちていた。分厚い防音材が仕込まれた壁が、会場の狂騒を完全に遮断している。

 華やかな光で埋め尽くされた会場とは違い、ホテルのフロントのように上品なライトで味付けされた空間。

 流石にカメラはないことは分かっているが、それでも足音を極力消して歩を進める。


 突き当たりの最奥の空間。そこに目的の部屋——キム・ドゥハンの書斎はあった。

 

 第一の関門を抜け、ようやくここからが本番だ。


 俺は一際重厚なマホガニーの扉の前に立ち、小さく息を吐く。

 時間との勝負だ。流石にこんな場所で見つかったら言い訳のしようがない。


「ギー、準備はいいか」


『No Pro! キムの網膜と声帯データ、お前のデバイスにフル・シンクロ済みだ。やっちまいな!』


 扉の横にあるスキャナーへ顔を近づけ、同時に喉元に仕込んだボイスチェンジャーを起動する。


『認証を開始します。網膜をスキャンしてください』


 無機質なAIの音声に合わせて、右目をスキャナーに近づける。スマートレンズは既に先程採取したばかりのキムの網膜パターンに変更済みだ。

 緑色の光がスキャナーのレンズと交差した。


『網膜パターン、一致。続いて、音声パスコードを入力してください』


「ホランイの牙は誰にも折れない」


 ボイスチェンジャーが喉を振動させることで、自分の声ではなく聞き馴染みのない傲慢な声色が口から出てくる。原始的な仕組みだ。

 というかこのパスコード、趣味悪すぎだろ。


『音声パターン、一致。認証完了。おかえりなさいませ、ドゥハン』


 カチャリ、と重い機械式のロックが外れる音がした。

 これで第二の関門突破。


 周囲に誰ひとりいないということが分かってても、俺は静かに扉を押し開けた。


  ◇2327年10月18日(月) 19:46


「げ」


 扉を開けて思わず言葉を漏らす。

 書斎に入るまではシックでセンスの良い調度品ばかりだったのに、ここは別世界だ。


 戸棚に飾られた旧世紀のアンティーク銃器。悪趣味な動物の剥製。壁一面は、まさかのゴールドで塗りつぶされ、物理的に眩しい。

 極めつけはキム自身の肖像画。実物よりも顎周りがスリムに描かれてる。

 この部屋は奴の虚栄心がそのまま出たかのよう。いい趣味してやがる。 


 壁の眩さに隻眼を細めながらも、お目当てのものを探す。いや、必要はなかった。

 部屋の奥、”The City”の夜景を一望できる巨大なガラス張りの窓の手前の重厚なデスクの上。

 防弾ガラスのケースに守られた青白く輝くクリスタル――”Star Light”があった。


『ジーク、忘れないで。床には一歩も触れちゃダメよ』


 アリスの警告が脳内に響く。言われるまでもない。

 扉から敷かれているこの悪趣味なペルシャ絨毯に一歩でも足を踏み入れれば、キムの体重との誤差を感知して、即座に神経ガスが散布される。


 デスクまでは直線距離で約六メートル。


 幅跳びでいけないこともないが、デスクの上に着地した瞬間にオネンネしちまうだろう。

 さて、どうするか。俺はスーツの内ポケットを弄り、ワイヤーガンを取り出す。ベルトに装着できるタイプのやつ。


「空中散歩といくか」


 見上げると、無駄に高い天井——五メートルは余裕である——には意匠を凝らした太い梁が何本も走っている。こちらも壁同様にゴールドだ。だが、強度は十分だろう。

 俺はデスクの真上に狙いを定め、天井の梁に向けてトリガーを引いた。

 

 ゴン、と鈍い音を立てて、硬化プラスチックのアンカーが梁にしっかりと吸着する。なんでも原子同士が結びつこうとする力、ファンデルワールス力を応用したギミックらしい。詳しくは知らんが。


 細かい名前などどうでもいい。しっかり俺の体重を支えてくれれば文句はない。

 俺はワイヤーを軽く引き、確実に固定されていることを確認する。

 多分、大丈夫。と、信じたい。


 ワイヤーの端をベルトの背面、腰側に固定し、俺は扉の枠を蹴って、宙へと跳び出した。

 浮いている間に手元のリモコンで小型ウィンチを作動、体を巻き上げる。これで床に触れずにデスクの上に蜘蛛よろしく垂れ下がれるってわけだ。


 ただし体は慣性で振り子のようにドアの反対側、一面ガラス張りの窓に吸い寄せられてる。

 俺は足を窓側に向くよう体を回転させ、ガラスが割れないように蹴った。よくみると俺の足跡がガラスについてしまったようだが、仕方ない。綺麗すぎるのも体に良くないぞ。


 揺れが完全に収まるのをちょっと待つ。どうやらエーデルワイス力はうまく働いてくれているようだ。


 俺の体勢は腹側が床に平行で向き合っている状態。ちょうどスカイダイビングの落下体勢だ。

 ただし、四肢が垂れ下がらないようにするのは意外ときついし、もし落ちたら鼻が二センチは縮むだろう。

 いや、その前にトラップ作動で死ぬか。ペルシャ絨毯は踏む芸術だが、対価は死だ。


 下らないことを考えている間に揺れが収まる。

 俺はワイヤーの長さをリモコンで調整し、デスクの真上から静かに降下していった。

 

 いつだって最新テクノロジーの天敵はアナログな手段なのだ。


  ◇2327年10月18日(月) 19:48


『後は回収だけね。とっととやっちゃいましょう』


 アリスが心無しか一段落したかのような声を漏らす。

 彼女からすればアンカーが固定された時点でほぼ問題はないとみなしたのだろう。

 一人、いや三人そろって安全地帯から見るだけの良いご身分なこった。


 気を取り直して俺は眼前、少しずつ近づいてくるデスクを見据える。


 立体投影ディスプレイによく分からない錠剤。古風の万年筆にメモ帳と幾つかの本——そしてひときわ輝くクリスタル・デバイス、”Star Light”。

 不用心にも剥き出しだ。自分しか認めないプライベート空間であればさもありなん。それだけセキュリティには自信があったのだろう。


 暫く待つと手の届く範囲に”Star Light”が入り、俺は慎重にそれを持ち上げた。

 右手にひんやりとした無機質な感触。アラートは鳴らない。

 見た目相応の重さ。素材はガラスとシリコンだろう。


『Wow! まさにこれだ! Bro! やりやがったなこの野郎!』


 耳にギーの狂喜乱舞する声が響く。正確にはこのデバイスが見えた瞬間からうるさかったが、俺が手に持つと、奴の声のデジベルが三十は上がった。


 これがギーどもファンが血眼になって、文字通り殺し合ってでも欲しがる”GALACTICA”のファングッズか。

 確かに時間とともに放つ光を変える虹色のデバイスは所有欲をくすぐられるが、俺にはさっぱり価値がわからん。


 だが、この中に入ってるだろうホランイ重工の裏帳簿には興味がある。さてさて、どんなお宝が眠っているかな?


「ギー、黙れ。うるさいとうっかり手が滑るぞ⋯⋯ん?」


 デバイスを懐にしまおうとした時、俺の視界の端に、ある物が映り込んだ。

 

 立体投射ディスプレイのすぐ横に無造作に置かれている、黒いメモリチップ。

 ただのデータメディアなら気にも留めなかっただろう。

 

 だが、俺の目はそれに釘付けになった。

 チップの表面に見覚えのある、いや、俺の胸に消えることなく刻まれた”螺旋”のマークが刻印されていたから。


「Helix⋯⋯なんでこんな所に」


 ホランイ重工とHelixは競合関係だ。少なくとも表向きは。

 裏でつながっている可能性もあるが、それでもなぜHelixマークのメモリがキムの私的な書斎に置かれている? ファンというわけでもあるまいに。


 俺は迷わず、そのメモリチップも回収し、懐に滑り込ませた。

 何かの役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。

 でも、ないよりはあったほうが絶対に良い。


「仕事は終わった。引き揚げる」


『了解。お家に帰るまでが遠足よ。油断しないように』


 他に忘れ物が無いかデスクの上を確認し、俺は左手に持つリモコンで、ワイヤーを少しだけ巻き上げる。

 万が一のためだ。振り子の時に足がデスクのものに引っかかってトラップが発動したら目も当てられない。


 問題ない高さまで体を引き揚げ、俺は体を前後に揺すった。

 傍目から見たら無様だろうな。きっとエビがダンスしている方がマシだろう。


 少しずつ勢いを増す体。もう入口の扉まで十分だ。

 後はタイミングを見計らって腰のベルトからワイヤーを外し、空を飛ぶだけ。自然と口角が上がる。


 ——よし、今!

 そう思った矢先だった

 

 メキッ。


 静寂の書斎に嫌な音が響き、止まる時間。

 一瞬で頭がフル回転し、スローモーション。

 俺の脳がアドレナリンを一気に放出した証拠。


 体が落ちている。

 床が近づいてくる。


 なぜ——疑問より先に体を捻り、天井を確認。


 アンカーがくっついてた梁の表面——無駄に塗りたくられた金箔が、遠心力に耐えきれずに剥がれかけている。


『ジーク!!』


 耳に響くアリスの叫び声もスローに聞こえた。

 体は既に自由落下中。このままいけば秒も断たずに床に激突する!


「チッ!」


 左腕をスーツの内ポケットに滑らす——予備のワイヤーガン。

 それを天井に向けて放つ。間に合え!


  ◇2327年10月18日(月) 19:50


『ジーク!?』


 今度はナオミの悲鳴。

 反応する余裕はない。落ちているのだから。

 

 俺は今左腕一本で全体重を支え、かつ体を床と平行に保っているのだから。


「ぐごっ!」


 全身の筋肉が緊張し、ぷるぷると震える体。き、きつい!

 俺はリモコンを操作し、体を引き上げる。


 ようやく体を水平ではなく垂直に出来るようになり、一息つけた。


「あ、危なかった⋯⋯」


 息を一つ吐くと、冷や汗がにじみ、心拍数も遅れを取り戻すかのように激しく鼓動を繰り返した。

 額から出た汗が滴り落ち、絨毯に染み込む。幸い、汗の重さくらいではアラートは鳴らないらしい。

 後ろに振り向き、天井を見上げる。


 そこには金箔がシールのように剥がれ、もともと持っていたワイヤーガンがあわや床数センチのところで宙ぶらりんに浮いていた。

 ただ、全て剥がれ落ちてないおかげで、何とか床には接触しないで済んでいる。


「くそ、結局ゴールドはハリボテじゃねぇか」


 ぶら下がっているワイヤーは俺の長い足を伸ばせば届く距離だ。

 足でワイヤーを引き寄せ、しっかりと確保する。このままだといつ落ちるか分からんし。


『大丈夫!? 心臓止まるかと思ったわよ!』


「なんとか。ちょっと黙っててくれ。ターザンごっこは意外と神経使うんだ」


 俺は同じ轍は踏まない。足で引き寄せたワイヤーガンも天井の別の箇所に張り付かせ、俺は二重のワイヤーで扉まで飛んだ。


「ファンデルワールス力、お前は信用ならんと覚えたからな」


 両足で床を踏みしめる。人は大地がないと生きていけないと再実感。

 あ、でもここ地上から八百メートルか。


 扉から少し離れて書斎を振り返る。

 天井にはぶら下がったままのワイヤーガンが二丁。回収は諦めた。

 どちらにせよ”Star Light”がなくなれば泥棒が入ったのはバレるからどうでもいい。


『Dude、スマートじゃねえが、最高にSickだったぜ。ありがとよ!』


「へいへい」

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