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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.2-2-9 金ピカと銀ピカ

  ◇2327年10月18日(月) 19:27


 個室に閉じ込めたガードの備品に細工をして、トイレから出る。

 ギーによって自動音声対応と位置情報を偽装したから、奴はこの広い会場をしっかり巡回しているように見えるはずだ。


「あん、ハニー! 待ってたわ」


 トイレを出ると全身金ピカのインプラント野郎がナオミをナンパしていた。彼女は俺を認めるとするりと男の手から抜け出し、俺の腕に体をしならせながら絡みついてきた。 


 腰砕けになった全身インプラント野郎をひと睨みし、ナオミと腕を組んで歩き出す。


「最奥の書斎、ね。場所は分かったけど、問題はどうやってそこまで辿り着くか考えはあるの?」


「もちろん。今まさに悪巧みの天才が考えてるところだ」


『シャラップ! 少し黙りなさい!』


 アリスの声が脳内に響く。

 こちらがバカ武器商人とその愛人を演じるのに苦労しているように、向こうは向こうで少しは苦労しているようだ。いい気味。


 脳内はアリスのぶつぶつ声、視界は目まぐるしく変わる会場の間取りと監視カメラの映像。

 早くしてくれないと情報過多でオーバーフローするぞ。

 

「手っ取り早く最短距離で書斎の扉をロック解除出来ないのか?」


 俺がふと疑問に思ったことを囁くと、通信の向こうでギーが悪びれもなく言った。

 

『Bro。カメラの回線には相乗りできて、間取りも分かったが、書斎のセキュリティ・コアはネットワーク帯域が完全に独立してやがる。遠隔ハッキングじゃ扉一枚開けられねぇ』


「おいおい」


『しかも、解析した結果、そこへ辿り着くには最低”三つの関門”があることが分かった』


 スマートレンズに書斎へ至るまでのルートと、赤いポイント、要は障害が表示される。


『第一の関門。書斎がある最奥エリアへの入り口だ。あそこにはFYVEが複数固まってる。確実に奴らの目を欺いて通り抜ける必要がある』


 間取りの一番手前の箇所が強調表示。ご丁寧に見張りの数も三つ浮かび上がる。


『第二の関門。書斎の扉だ。こいつはお決まりの多重生体認証で、キム・ドゥハン本人の網膜と声紋認証がなけりゃ絶対に開かねぇ』


 中間のポイント。今度は重工な扉と認証デバイスが映された。


『極めつけが第三の関門だ。部屋の中を見てみろ』


 間取りではなく、カメラ画像に切り替わり、書斎の床が見えた。

 何の変哲もないペルシャ絨毯。


「これがなんだ?」


『床一面に、圧力感知センサーが敷き詰められてる。設定はキム・ドゥハンの体重のみ。キム以外の重量が感知された瞬間にアラートが鳴る仕組みだ。星で言うと⋯⋯まあ三は下らねえな! Wow、やべえぜ!』


『やばたんだあ!!』


 ギーの説明に、俺は思わず天を仰ぎたくなった。

 精鋭部隊の警備。本人の生体認証。そして、本人以外の侵入を絶対に許さない重量センサー。三重の檻。一つでも引っかかれば死ぬ。


「アホだろ。そんなに見られたくないものを隠してるのか? こいつは⋯⋯いや、そうだったな」


 俺が溜め息をつくと、通信の向こう側で、アリスがクスクスと楽しそうに笑う声が聞こえた。


『ジーク。諦めるのは早いわ! 任せなさい、とびっきりの作戦を伝えるから』


「愛人はこれ以上は働きたくないでーす。これ以上はお金要求しまーす」


 アリスの自信満々の声にナオミのやる気のない声が被さる。お前結構さっきの演技ノリノリだったくせに。

 なにはともあれ、この性悪女の頭の中には、すでに盤面をひっくり返す絵図面ができあがっているらしかった。


『ガードに関しては先程と同じやり方を踏襲してもらいつつ、こっちでも騒ぎを起こしてそちらに人目を向かせるわ』


 とんでもない騒ぎにしてくれるなよ。心配を他所にアリスが続ける。


『一番の問題は生体認証よ。キムの網膜と声帯データが必要になる』


 骨伝導マイクから響くアリスの指示に、俺は無言で先を促す。


『声帯データは、奴がさっきから客と談笑してる音声をチャンヒナに拾わせてるから、合成AIで完璧に模写できる。でも、網膜はそうはいかない。キムの目を至近距離で、最低でも一分スキャンする必要があるわ』


「あの豚の目の前で、一時間にらめっこをしろと?」


『そういうこと。考えても無駄よ、これ以上はないんだから』


 言うのは簡単だがな。誰がやると思ってるんだ?


「流石。ハニーってばすごいわぁ」


 ナオミの小馬鹿にした笑み付きの棒読み。

 骨伝導から遠隔でこちらを盗み見聞きしてる三人の嘲笑も響き、額に青筋が立ったのが分かった。


 くそっ、やればいいんだろやれば。


 俺はレンズに映し出される星マーク、キムがいる一番盛り上がっている場所へと足を向けた。

 歩き出すと不思議と周囲が俺を避け、人混みは感じなかった。

 

  ◇2327年10月18日(月) 19:33


 標的はパーティーの特等席——こいつが主催だから当たり前だが——にいた。

 両隣に美女を侍らせ、奴へのお礼参りを待つ寄生虫が輪をなして取り巻いている。


 それだけの権力を持つ男、キム・ドゥハン。

 

 ご機嫌で参列者をいなし、シャンパンを煽るその姿は醜悪な豚にも劣る、俺が一番キライな人種。

 参列者がやっとの思いでキムと話す機会を得るが、殆どがすぐにいなされ、挨拶程度しか出来ていない。時間にすればほんの十秒足らずだろう。


 当初はアリスの指示通り、下手に出てご機嫌を取りながら一分を乗り過ごそうと思っていたが、正攻法でいってもダメだ。

 それに演技でも権力に迎合するのは、俺のプライドが許さない。デイヴィスも許さないはずだ。


 だから俺のやり方でやってやる。


「ここで待ってろ」


「ちょ、ちょっと」


 ナオミの腕を振りほどき、途中ウェイターから受け取ったシャンパンを一気に流し込み、まっすぐ奴の元へ歩みを進めた。これ、美味いな。後でもっと飲もう。

 途中、取り巻きに肩がぶつかるが、よろめくのは全て相手方だ。

 ふん、スラムの犬のほうがしっかり立ってるぞ?


「キム・ドゥハンだな」


 挨拶もせず、俺は見下ろすように言い放った。

 無礼は承知だ。骨伝導のイヤーモニターからアリスの喚く声が聞こえたが、無視して一時的にオフにする。

 スマートレンズはそのままだから、アリスたちは無音映画を見ることになる。


 楽しげに談笑していたキムが不意を突かれたかのように顔を俺の方に向ける。

 意外とデカい。俺と同じくらいの身長。ただ体重はヤツのほうが1.5倍はありそうだ。主に脂肪だろうが。


 不躾に名前を呼ばれたことに困惑したのか、不愉快そうに眉をひそめながらキムが言った。


「なんだ、君は。どこの誰だね?」


「ヴィクトル・ザイツェフ。東欧で代々”鉄”を扱っている者だ」


 俺は握手すら求めず、傲慢にも腕を組んだまま言い放った。

 キムの取り巻きたちがざわめく。この催しの主に対してあまりにも尊大で礼儀を欠く態度に驚いているのだろう。

 

「お前、私が話していたのに失礼だろう! ミスター・キムと話したければ、きちんと段取りを取り給え!」


 先程までキムと話していたらしい男が喚く。

 黙れ、小僧。いや、おっさん。お前に話があるわけじゃねえんだよ。

 

 俺がそいつに顔を向けると、勢いよく文句を言っていた男の顔が引きつるのが分かった。

 無言でしばらく男の目を見続ける。するとだんだん奴の口から放たれる言葉は尻すぼみになり、しまいにはそいつはすごすごと退散していった。


 話がわかるやつで良かった。何も話はしてないが。


「⋯⋯なるほど、流石”鉄”を扱っているだけあり、肝が座っているようだ」


 キムが感心したように呟く。

 どうやら割り込みしたことは不問にしてくれるらしい。

 アリスの考えた東欧の鉄、つまり武器商人という設定が良かったのか、俺のアドリブが良かったのか。ま、どちらでも良い。


 ようやく奴と近距離で目が合う。

 妙にテカって精力に満ちた面。キムチの食いすぎだ。

 仕事はできそうだが、性格は絶対に良くないことが一目でわかる。


 目からは上昇志向の塊のような欲望の影しか見つけられないが、それでもセンサーは奴の網膜スキャンを開始する。スマートレンズの左上にポップが表示された。


 [SCAN: 1% Estimated Remaining time: 60 sec]


 つまらない男と思われたなら十秒も持たず話を切り上げられるだろう。つまり、ここからが勝負。


「ミスター・キム。あなたのところの製品は近頃とても人気なようだな」


 実際、ホランイ重工の軍用品はその安価さからスラムでもちょくちょく耳にしたことがあった。性能もTiānqǐとどっこいどっこいらしい。

 おべっかではなく事実を伝えたのが良かったのか、奴の口角が少しだけ上がる。


「ほう、遠く東欧の地まで名が知られているとは、喜ばしい限りだ。それで要件はなんだね? わざわざマーケティングの効果を教えに来てくれたわけではあるまい」


 ほらきた。早速俺の価値を見定めようとしてやがる。

 好都合なことに目は合いっぱなし。獣と同じでそらしたほうが負け。

  

 なら、俺の土俵だ。


 [SCAN: 10% Estimated Remaining time: 54 sec]


「職業柄、常に最新のオモチャについては知っておきたい。

Helixの情報兵器やTiānqǐの自律型ドローンが市場を席巻している中で、あんたのところの鉄屑がどれほどのものか。

”俺の時間を割いてまで”検討する価値があるのか、専務ご自身の言葉で聞きたくてね」


 お前の時間をもらってるんじゃない、俺の時間をあげているんだ、という、あまりにも傲慢不遜な物言いに、周囲がざわめいた。

 雑音は関係ない。こういうのは最初に立場を分からせるのが重要だ。


 冷や水を浴びせるような俺の言葉に、一瞬キムが鼻白む。

 腐ってもメガコーポの役員まで上り詰めた奴に初対面でこんな挑発じみたことを言う男は今までいなかっただろう。


 だが、競合メガコープを露骨に引き合いに出され、加えて俺の得体のしれなさが、奴の好奇心と野心をくすぐった。ビジネスチャンスとみたらしい。


「これはこれは⋯⋯。どうやら名ばかり先行して実を知らないようだ。

我がホランイの新型ウォーカーは、それこそHelixやTiānqǐの製品などオモチャ同然。

実際の戦闘から得られたデータから——」


 [SCAN: 47% Estimated Remaining time: 32 sec]


 唾を飛ばしてウォーカーとやらのスペックや事例を熱弁する脂ぎった豚。その顔面を至近距離で見つめ続ける視界の端で、スキャンのプログレスバーがゆっくりと伸びていく。  


 [SCAN: 83% Estimated Remaining time: 10 sec]


 残り十秒になった時、マシンガン自慢トークをかましていたキムが、ふと訝しげに俺の顔を見つめた。

 その目に浮かぶ猜疑心の色。

 少しだけ俺の心拍数が早くなったのが分かった。


 何かを思い出そうと、視線を右上にあげるキム。

 くそ、これ以上この場にいて注目を浴びたくないっつ—のに。


「こちらばかり話してしまったな。ところで君は」


「ミスター・キム」


 奴の話を遮る。勘だが、あまりよろしくないことを口走ろうとしている気がした。

 再び自分のペースをかき乱されて、少し憮然とした表情が浮かぶ。

 メガコーポの役員と言ってもこのレベルか。


 キムとしっかり目を合わせて俺は言った。


「大変有意義な話を聞けた。必要な時にこちらから連絡させてもらう」


 腕組みを解き、無理やり奴の右手を気持ち強めで握る。

 向こうも負けじと力を込めてきたが、俺はそれ以上の力で握り返した。

 

 流石に痛みに顔は歪ませなかったが、どこか悔しそうな顔を尻目に俺はキムから離れ、イヤーモニターを再びオンにした。


  ◇2327年10月18日(月) 19:35


『——あっ! ちょっとジーク! 勝手に何してんの!』


 響くアリスの声。喚くな、ちゃんとやったさ。

 俺の視界の左上にはスキャンの情報がしっかりと映っていた。


 [SCAN: 100% Estimated Remaining time: Done]


『Dudeやるな! キムのDumb、常に先手取られて愉快痛快だったぜ!』


『大昔の映画みたいでなかなかに面白かったぞっ! それにちゃあんと網膜パターンの取得、完了したのだ!』


 いえーいと煩いギーとチャンヒナ、相変わらず小言を垂れるアリスは無視。現場の判断が一番だろ?


 ナオミを探すと、一人でつまらなさそうにシャンパンを呷っており、そのすぐ隣で必死に口説いている男がいた。今度は金ピカじゃなく銀ピカだ。


「俺の女に何か用か?」


「あん、ハニー! 待ってたわ」


 ナオミ、演技はうまいのにボキャ貧なのはどうかと思うぞ?


 なにはともあれ、これで書斎の扉を開ける鍵は手に入った。

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