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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.2-2-8 Light work Baby

  ◇2327年10月18日(月) 19:20


 セキュリティゲートをくぐり会場に入ると、華やかな熱気と喧騒が、波のように押し寄せてきた。


 シャンパングラスが触れ合う音。上っ面だけの談笑。生演奏の優雅な旋律。 

 耳に飛び込み、スマートレンズ越しに目に映る光景は、人の欲望そのもの——嘘と虚栄と、見栄だ。

 

 スラムの嗅ぎ慣れたゲロと硝煙の臭いはしない。代わりに自己主張と己の存在を塗り固めるための香水が空間を色めき立たせている。


 うーん。思ってた以上に醜悪な場所だ。ほんのちょっとしかいないのに、全く相容れない雰囲気から逃れたくてたまらない。


 俺は回れ右したくなる気持ちを根性で押さえつけ、慣れないネクタイが首を締める感覚をあえて意識した。じゃないと今すぐにでも吐いてしまいそうだ。


 お腹いっぱいの不快感が空腹を満たす中、耳に仕込んだ極小イヤーモニターから、安全な隠れ家から高みの見物を決め込んでいる外野たちの声が響いた。


『Yooo! 見たかよBro! さっきの受付の野郎、お前を見て完全にションベンちびってやがったぜ!』


『でもでも、ナオミたんにはメロメロだったぞっ! さすが大人の色気! ジークんの顔が怖いから余計に女神に見えたんだねっ!』


 ギーとチャンヒナが、さっきのエントランスでのやり取りを蒸し返して囃し立てる。


「うるせえ。遊びに来たんじゃないぞ」


 俺は口を動かさず、骨伝導マイクを通して小声で文句を言った。


 隣を歩くナオミは、同じやりとりを聞いているはずだが、その表情は完璧によそ行きの顔を保っている。人格オーバーライドのチップでも埋め込んできたのか、ってぐらい隙のない立ち居振る舞いだ。


 そんなナオミを見て、周囲の有象無象は先程の受付と同じようにぽかんと見惚れている。普段見慣れている俺でも少しドキッとするのだから初対面の奴らからするとたまらないだろう。


 俺達がそばを歩くたびに、着飾った豚どもがアホ面のまま無意識に道を譲るので、少しだけ気分が回復した。


『はいはい、無駄口はそこまでよ……中に入ったわね、ジーク』


 アリスの冷静な声が割り込む。


「ああ。で? 次はどうする?」


『まずは目を確保しましょう。なにはともあれアンタ以外の視界がないとお話にならないから、屋敷内の監視カメラを乗っ取るわ。ギー?』


『Yeah Buddy! ま、腐ってもメガコーポの重役だ、ネットワーク外からの回線は厳重な”ICE(侵入対抗電子機器)”で守られてやがる。無理やりこじ開けると、アラートが鳴ってパーティーはおじゃんだ』


「つまり俺がハックしろと?」


『Exactly! 分かってるじゃねえか、Dude! そうだ。だが、その辺のスマート家電からじゃメインシステムには届かねぇ。

この屋敷のセキュリティ網は、一般のネットワーク帯域とは完全に切り離されてやがる。だからガード共が持ってるだろう”端末ターミナル”が物理的に必要だ』


 ギーの言葉に俺はさりげなく周囲を見回す。

 会場の四隅、そして主要な出入り口には、ホランイ重工の私設部隊”FYVE”の兵隊たちが立っていた。

 会場に合わせて目立たない黒いスーツに身を包んでいるが、服の盛り上がり方から、相当鍛え込んでいるか、あるいは強化外骨格を仕込んでいるのが分かる。


 外見からだけじゃない。一定の歩幅、重心の取り方、乱れない呼吸。

 ありとあらゆる非言語情報が、彼らをただの警備員ではなく、実戦経験のある現役のソルジャーであると裏付けている。


 奴らの配置を改めると、明らかに俺とナオミに向いている数が多い。

 プロだから視線こそ感じないが、どうやら俺達はマークされているようだ。


「誰でも良いからあのガードを一人、絞め落とせってことか⋯⋯マーク付き、かつ、この人混みの中で?」


『そういうこと。誰にも気づかれず、静かに、そして素早くね。もちろん後始末も完璧に』


「無茶を言う」


 俺が舌打ちすると、隣でナオミが小さく笑った。

 彼女はグラスに残ったシャンパンを一口飲むと、艶然と微笑んだ。


「ミスター・ザイツェフ。獲物の誘導はレディに任せて?」


 そう言い残し、彼女はふらりと歩き出した。

 向かった先は、トイレへと続く廊下の入り口に立つ、数少ない一人でいるFYVEのガードマン。


 俺は少し距離を置き、死角からナオミの動きを追った。


 ナオミの歩き方、仕草、視線の配り方。クリニックにいる時には想像がつかない、計算し尽くされた”魔性の女”が現れる。


 ガードマンは微動だにせず前を見据えていたが、ナオミが近づくにつれ、その視線が微かに彼女の顔、体——特に谷間を舐める。

 プロとはいえ、男の本能には抗えないらしい。くそっ、俺もまだまともに見てないんだぞ。


「あっ!」


 ナオミが自然にわざとらしくヒールを滑らせ、よろけた。

 場所はガードマンの手の届く範囲。必然、スケベ男は反射的に彼女を支えようと手を伸ばす。

 男の腕に抱えられる形で転倒は免れたナオミだったが、代わりにその手に持っていたシャンパンがガードマンの黒いスーツにバシャリとこぼれた。


「ああっ、申し訳ありません! 私としたことが⋯⋯!」


「⋯⋯いえ、お気になさらず。ミス、お怪我はありませんか?」


 男は顔色一つ変えない——つもりだったのだろうが、俺は見たぞ。微かに緩む口角。役得だと思ってやがるんだろ。


 努めて無表情な男と対象的にナオミは泣きそうな顔でハンカチを取り出し、彼の胸元を拭き始めた。

 その距離は至近。ガードマンの鼻を甘い匂いが洗ったのか、喉が微かに動く。お前、後で、覚えてろよ。


「こんなに濡らしてしまって⋯⋯。シミになったら大変だわ。あちらで、きちんと拭かせてください。ね?」


 ナオミが上目遣いで懇願する。魔性の女が魅せるギャップ。

 紫の瞳に見つめられ、ガードマンは一瞬だけ言葉に詰まった。


 きっと頭の中はこうだろう。持ち場を離れるのは規則違反だ。だが、相手は自分のボスであるキムの招待客であり、何よりも美女。

 そんな女から「二人きりになりたい」と暗に誘われているような物言いをされ、少しだけなら、と悪魔が囁いたに違いない。


「⋯⋯五分ほど”離席する”」


 ガードマンが頷き、インカムで離脱の報告をしたのを聞き、俺は別ルートからトイレへと先回りした。横目で二人を見ると、ナオミが流し目でウインクをしているのが見えた。


『ヒュー! 女ってやつぁ怖いぜ!』


『ふええぇぇええ。アダルティでエロティックだあぁ』


『ナオミもやるわね』


 三者三様の感想。俺も同感。あれが演技だなんて、女は皆女優だな。


  ◇2327年10月18日(月) 19:24


 VIP用のレストルームは、無駄に広かった。

 大理石の洗面台に、金箔張りの鏡。個室が四つも並んでいる。

 個人所有の屋敷のトイレに、なぜ複数個室があるんだ。メガコーポの役員ってのは、どんだけ金を持て余してるんだよ。


 いや、自宅で百人規模のパーティーを開ける時点でお察しか。


 そんな屁の突っ張りにもならないようなことを思いながら、俺は一番手前の個室に身を潜め、気配を殺した。

 ドアは閉めない。誰もいないと思わせたいし、開ける時の音も気になる。


 数呼吸もしない内にカチャリとドアが開き、二人の足音が入ってきた。


「本当に申し訳ありません。私が拭きますから⋯⋯ジャケットを脱いでいただけますか?」


「いえ、自分で——っ!?」


 ガードマンの注意が完全にナオミに向くのを俺は見逃さなかった。

 音もなく個室から滑り出し、右手に持つのはナオミ特注の注射器。中身は知らない。きっとろくでもない代物。

 ナオミにジャケットを脱がされ、両手が塞がれている無防備な男。その背後から左腕で口を抑え、右手の注射器を奴の首に刺し、一気に注入。


「!?」


 男はもがくが、すぐに脱力。通信機に触れる隙も、声を出すことも許さない完璧な無力化。さすがナオミ。ヤバい薬品を扱わせたら右に出るものはいない。


 男が意識を失う前に見たのは、柔らかな表情の美女ではなく、モルモットを見下すマッドサイエンティストだったに違いない。

 俺はそっちの表情のほうが見慣れているが、改めて大分クレイジーな女と再認識。


 俺は床にへたれこむ男を引きずり、トイレの一番奥の個室に捨て置いた。もちろん、奴の持つ通信機器や発信機も拝借済み。


 この間わずか四十五秒。


 一仕事終え、振り返るとナオミは優雅にリップを塗り直していた。

 俺は彼女に近づき、少し乱れたベージュのショールを直す。


「演技もできるとは知らなかった、マドモアゼル」

「様になってたでしょ? でもちょっとドキドキしたわ」


 ナオミが澄ました顔で鏡に向かい、今度は髪を整え始めた。肝が太すぎる。


「あの注射器の中身は何なんだ?」


「バイタルを遠隔でモニターされてても大丈夫なように、調合した特製の薬剤。昏睡してても覚醒しているように見えるのよ」


 スゴイでしょ、と胸を張るナオミ。ううむ、確かにこれは⋯⋯すごい。

 俺は目の前の光景を焼き付けつつ、男の懐から盗った通信端末を開いた。


「奴が言ってた五分の離席時間まで、あと三分。私、外で見張ってるわね」


 ナオミの声に右手を振って答える。そしてハッキングのために左手の義手から接続ケーブルを引き出し、端末のポートに物理的に突き刺した。


「おい、ギー。繋いだぞ。いけるか?」


『上出来だぜBro! あとはこのギー様に任せとけ!』


 ギーの力強い返答と同時に、俺のスマートレンズの視界の端で、いくつもの漆黒のコンソールウィンドウが展開された。

 緑色の文字列が、瞬きする暇もない速度で滝のように流れ落ちていく。


[Initiating Local Handshake Protocol...]

[Bypassing Sub-Network Firewall...]

[Detecting Active ICE Level 4: Warning]


『Uh huh! ホランイの私設回線か。ローカルとはいえ、軍用グレードのアクティブICEが張り巡らされてやがる。だが、俺様は今、お前の内側にいるんだぜぇ?』


『むむむ! 演算開始!』


 ギーの軽口の裏で、凄まじい速度でコマンドが叩き込まれていく。

 チャンヒナの脳がフル回転しているのだろう。偽装されたパケットが次々とゲートウェイに投げ込まれ、セキュリティの挙動を解析していくのが視覚化されていく。


[Injecting Null Packets... Success]

[Spoofing MAC Address: 0A:4B:99:FF:21:DD]

[Executing Buffer Overflow Attack on Target Node...]


『チャンヒナ、ノード3から5へのルーティングをブロックしろ。俺様がメインフレームのデーモンを引っこ抜く』

『ラジャーなのです! ダミーデータの展開、及びバックドアの構築、残りテンセコンズ!』


 視界が明滅する。システムが異常を検知し、アラートが鳴らされる寸前――全てのトラフィックが、ギーの構築した暗号化トンネルへと飲み込まれ、沈黙した。


[Authentication Bypassed]

[Root Access Granted]

[Establishing Secure Connection...]


『Light work Baby!』


 ギーの何でもないような声が骨伝導マイク越しに響く。


 わずか一分。ホランイ重工が誇るセキュリティは、いとも簡単に偽装され、絢爛豪華なキム邸の全てをさらけ出した。


『カメラ映像、リンクするぞっ!』


 チャンヒナの声と共に、俺の視界に無数のウィンドウが展開される。

 エントランス、廊下、厨房、そして——


『ビンゴ!』


 アリスの声が鋭く響き、一つの映像が拡大された。

 重厚なマホガニーの扉に守られた、薄暗い部屋。

 壁一面に飾られた武器コレクション。よく分からなそうだが高そうな調度品。

 

 そして部屋の中央、防弾ガラスのケースの中に、それはあった。


 青白く輝く、クリスタル・デバイス。

 ギャラクティカの限定グッズにして、ホランイ重工の裏帳簿。”Star Light(星の涙)”。


『場所は⋯⋯最奥の書斎ね。キムの私的なサンクチュアリよ』

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