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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.2-2-5 出歯亀

  ◇2327年10月18日(月) 10:07


 ザ・シティ、商業区画。街の中でも中心部のコーポ層に近いこのエリアは、ある意味でスラムよりも人のエゴが渦巻く欲望の交差点だ。


 視界一面にホログラムの極彩色の広告が踊り、空には高級エアカーが行き交う。ビル群には大気汚染フィルターが完備されているため、空気は浄化され、スラムでは当たり前の腐敗臭は全くしない。


 代わりに漂うのは、無臭と言う名の焦げ付くようなカネの臭い。

 要は資本主義の成功者以外はこの場所にいることさえ許されないってこと。


「ジーク。感慨に浸るのは良いけど早くして。置いていくわよ」


 スラムとは違い、整ったアスファルトの舗道をカツカツとヒールを鳴らして歩くナオミが、振り返って言った。

 彼女は普段の白衣姿ではなく、街の空気に合わせてシックな秋装束を纏っている。


 深みのあるネイビーのフレアスカートは落ち着いた膝下丈で、しっかりとした生地感が歩くたびに優雅なドレープを描く。

 トップスは、彼女のしなやかな身体のラインを程よく拾う、チャコールグレーのリブニット。首元は少し立ち上がったモックネックで、知的な雰囲気をより強調している。

 足元は上質な黒革のショートブーツでキリッと引き締め、全体的に抑制の効いた色合わせながら、素材の上質感でどこからどう見ても隙のない大人の女。


 普段とは違う服装を見ると改めて思うが、ナオミはやはり美人だ。 

 現に道行く男たちが、次々と彼女を目で追うのが分かる。


 ほとんどは彼女の中身を知ったら逃げ出すだろうが。


「⋯⋯あんまり急かすな。慣れない場所は疲れるんだ」


 俺はため息をつきながら、一年ほど前は当たり前で、今は違和感しか感じない空気の中、ナオミの背を追った。


 ナオミに向けられているのが羨望や欲情なら、俺に向けられているのは紛れもなく無関心、もしくはアウトオブ眼中だ。

 

 擦れきったジーパンに、血とオイルの匂いが染み付いたジャケット。

 シティの中でもかなりハイソ寄りのこのスポットには、どう見ても似つかわしくはない。

 

 隻眼の目つきもけして良くはないだろうという自覚がある。

 だからだろう、行き交う人達が努めて俺を見ないようにしているのが分かった。


 ただでさえ事故率が高いこの街で、わざわざ自分から厄介事になりえそうな輩にわざわざ絡みに行くもの好きはそう多くはない。

 

 ま、俺からすると勝手に避けてくれるから歩きやすくて助かるんだが。


「まったく。アリスも無茶を言うわよね。数時間で”狼”を”プリンス”に変えろだなんて。シンデレラの魔法使いでも匙を投げるだろうに」


「言ってくれるな⋯⋯にしても潜入任務だぞ。迷彩スーツじゃダメなのか?」


「昨日の話聞いてなかったの? ダメに決まってるでしょ。今回あなたが潜入するのは、上流階級のチャリティー・パーティー。迷彩服なんて着ていったら、入り口で追い返されて終わりよ」


 ナオミは呆れたように言い捨てると、一軒のブティックの前で足を止めた。

 看板はない。入口は重厚なマホガニーの扉と、控えめな金色のプレートがあるだけ。どう見ても一見客お断り、会員制の高級テイラー。


「入るわよ」


「おい、俺みたいなのが入っていいのか?」


「大丈夫。ここのオーナーは私の知り合い、というか、患者の一人だから。裏稼業の連中も御用達だし、血生臭さには慣れてるわ」


 ナオミは躊躇なく扉を開けた。

 空調の効いた風と共に、革とコロンの上品な香りが鼻をくすぐる。


 場違いな場所に場違いな格好。これならクレイジードッグズとじゃれてたほうがマシだ――俺がこんなところにいる理由、昨日の作戦会議が脳裏に蘇った。


  ◇一日前:2327年10月17日(日) 10:05


「ターゲットは、”Horangi Heavy(ホランイ重工)”の専務取締役、”キム・ドゥハン”」


 ギーが表示させたのは、脂ぎった中年男の顔のホログラム。血色よく、ギラギラとした精力を感じさせる。


 ホランイ重工。

 シティの遥か遠く、極東の半島を拠点とする軍産複合体。

 近年、安価で高性能な二足歩行兵器、通称ウォーカーを市場にばら撒き、Tiānqǐに次いで急速に勢力を拡大している武闘派企業だ。


「こいつは極度のアイドルオタクでな。権力に物を言わせて、抽選販売されるはずだった”Star Light(星の涙)”——ギャラクティカの限定デバイスを横取りしやがった」


 なるほど、悪い奴だ。憤るのも分かる。

 だがそれがどうした? というのが俺の正直な感想だ。たかがアイドルグッズだぞ?

 表情に考えていることが出ていたのか、ギーがニヤッと笑った。


「表向きは超ドープなファングッズだが、ドゥハンの野郎、そのメモリを自身の裏帳簿――武器密輸のデータを隠すための物理ストレージとして使ってやがる」


 なるほどな。つまり、そのデバイスを手に入れれば、ギーにとっては”推しのグッズ”が、アリスにとっては”メガコーポを強請る材料”が手に入るってわけか。

 HelixやTiānqǐ、トノヤマの陰に隠れているが、それでもメガコーポの一画だ。密輸データを手に入れれば、いくらでも使い道はある。


「Oh yeah! まさにそのとおり! もちろん警備は厳重だぞ。ホランイ重工の私設部隊”FYVEファイブ”が蟻の這い出る隙間もなく見張ってやがる。正面突破はまあ不可能だろうな!」


 ところがだ、とギーが星形サングラスのから目を覗かせて続けた。


「ちょうど明後日の火曜日、やっこさんがチャリティーと銘打って、自己顕示欲を満たすためだけのパーティーが開かれる。そこに招待客として堂々と入り込み、こっそりお宝を頂戴するって寸法よ! 分かったか、Bro?」


『Gotyaaaaaa!』


 今度はコーポ層のドゥハン邸をホログラムに映しながらテンション高くのたまうギーとそれをウザいくらい褒めそやすチャンヒナ⋯⋯本当にこいつらと組むべきか、自信がなくなってきたぞ。


「Yo、ジーク」


 ふと今までのハイテンションがウソみたいに落ち着いた声でギーが話しかけてきた。


「言っただろBro、”俺様も”Helixに追われている――お前も借りがあるんだろ? なら同じ利害者同士、仲良しこよししたほうがいいんじゃないか?」


 星形サングラスの奥で覗くその目はホログラムのせいでよく見えないが、それでも俺の心を見ることはできるようだ。

 少し揺れた俺を見透かして、ギーが不敵に笑った。


「ヒュー! 俺様は手は早いが口は堅ぇ! 安心しろBro、”お前が暴走した時の動画は俺様が全て消しといた”」


 目を見開く。そんな――可能なのか? なぜ? こいつにメリットはないだろう?


「なぜそんなことをしたのかって顔をしてるなDude――理屈じゃねぇ。俺様も威張り腐ってるHelixが嫌いなだけだ。アイツら何でもかんでも規制をしやがるからな!」


『ギー様かっこいい!!』


「YEAH!!!!」


 HAHAHAHAとホログラムとディスプレイが騒ぐ。

 それを見て思わず笑いが溢れた。なんだ、俺以外にも筋金入りのHelix嫌いがいたのか。


 勝手に抱いたギーへの疑念は霧散した。

 奴の言葉が本当なら――いや、どっちでもいいか。

 大事なのはギーは俺のことを”知っていながら”、組みたいと言ってきたことだ。


 それが罠だろうがなんだろうがどうでもいい。どうせ茨の道、痛み無くして得るものなしだ。


 ギーを見る。ギーは笑いながら俺を見てウインクした、ように見えた。

 

「Yo、それでパーティーへの参加だが、Bro一人じゃだめだ。連れがいる。ああいうところは大体パートナーと行くもんだからな」


「ああ、それならナオミが行くわ」


「は?」


 ギーの言葉にアリスがさらっと答える。

 一人我関せずだったナオミが流れ弾を浴びて、素っ頓狂な声を上げた。


「私、行けないもの。忘れたの? 私Tiānqǐに追われてるのよ?」


「そんなこと言ったら私もトノヤマのブラックリストにまだ載ってるのよ!」


「知ってるわよ、あなたの眼鏡にいつも付けてるピアス。単なるデバイスじゃなくて、赤の他人に誤認させる認識妨害機能付きってこと。少なくとも私よりトノヤマから出て時間経ってるんだからいいじゃない」


 アリスの言葉に言い返せないナオミ。


「それにジーク怪我してるし、ならなおさら近くにドクターいたほうが安心でしょ?」


「怪我してる状態で働かせるんはいいかい。Helixも真っ青なブラックだな」


 アリスが俺に対してウインクしながら舌を出しおどける。

 ナオミは何か反論を探していたようだが、結局思いつかないようだ。


「色々と理不尽なことを言っているのに、断ったら断ったで余計ややこしくなりそう⋯⋯ぐう」


「ぐうの音は出たけど、決まりね! 私はギーとチャンヒナと一緒に後方支援するから」


 勝ち誇った顔でアリスが言った。

 その顔が意地悪く歪む。


「二人のデート、出歯亀させてもらうわ!」

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