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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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Ch.2-2-3 チャンヒナの生みの親

  ◇2327年10月17日(日) 9:23


『というわけで! アリスが隠したTiānqǐの極秘データは、ギー様とチャンヒナが手に入れたぞっ! どーもありがとねんっ☆』


 画面の中のチャンヒナが、極彩色のパーティクルを撒き散らしながらくるくると回る。同時に花火が打ち上がり、華を添えた。芸が細かい。


 俺たちの鼓膜を震わせるアニメ声は、クリニックの防音壁すら突き抜けていきそうなほど甲高く、脳の皺に染み付く電子音。長時間聞くと疲れるやつ。


『いやー、なかなか骨のある暗号だったぞぉ! 軍用グレードの量子多重暗号化とか、コーポの努力が見えすぎて、マジで涙ちょちょぎれた笑。クラックするのに三時間もかかっちゃったし、コーポにも優秀なやつがいるって分かって嬉しかったー!』


 三時間。アリスの眉がピクリと動いた。

 機密情報とは文字どおり企業にとって、超重要なもの。

 Tiānqǐほどのメガコーポにおいては、天文学的な費用をかけて守るべき命綱。

 それこそ社内トップのエンジニアが開発したであろう鉄壁のセキュリティシステムのはずだ。


 それを、一日とかからずにこじ開けたと言うのか。


『中身もサイコーにエグかったぞっ! 人身売買のリストに、違法薬物の密輸ルート! これ、某国会議員の先生が見たら卒倒しちゃうね! 議員なんて、なーんも仕事してないけどさっ!

だから早速、裏社会のニュースサイトと、ついでにそいつの奥さんの個人端末に送りつけておいたんだ~。今頃、家庭崩壊の危機だねっ☆』


 早口でまくし立てる二次元のアバター。揺れる髪と感情に呼応するように、ディスプレイの背景が次々と変わっていく。極彩色の波紋。

 キンキン声とサイケデリックな画面が相乗し、狂乱が静かなクリニックを侵食してくる。


 ある意味アリスが意図してた以上の混乱を生み出してくれたのだが、それにしてもこいつはちょっと色んな意味で危ないな。


「⋯⋯随分と仕事が早いのね。褒めてあげるわ」


 アリスが呟く。眼の前のキャラに言ったつもりだろうが、反応なんかしないだろうに。どうせハッキングした際に残したアニメーションログだ。


『えへへ~、照れちゃうなぁ。あ、でもそんな甘い言葉に騙されないぞっ! 接続ログを取って居場所を突き止めようとするなんて、本当にえっちなんだから! ギー様じゃなきゃ見逃しちゃうところだったんだからねっ!』


 チャンヒナが顔をほころばせたと思ったら、頬を膨らませてプンプンと怒るふり。

 その表情の変化、滑らかな動き。まるで生きているかのようなリアリティ——まさか。


「⋯⋯ねえ。あんた、もしかして今そこで喋ってるの?」


 通常、こうしたアバターは、事前にプログラムされた定型文を返すか、音声合成でテキストを読み上げるだけのものが大半だ。だが、こいつの反応は明らかに”会話”が成立している。


『ああん? 当たり前だぞっ! リアルタイムレンダリングでバリバリ動いて喋ってるに決まってるじゃん! アリスちゃん、もしかして私がただの録画映像だと思ってた?』


「驚いたわね。まさか、こちらの反応に合わせて遅延ゼロでレスポンスを返してくるとは思ってもなかった」


 アリスが素直に感嘆の声を漏らす。

 すると、画面の中のチャンヒナがピタリと止まった。ぐるぐる眼鏡の奥の目が、キラリと輝く。


『へ、へぇ〜? 驚いた? 本当にすごいって思った?』


「ええ。私の想像を超えてるわ」


『そうかそうか、すごいか! チャンヒナすごいか——なら、もっと驚かせてやるぞっ!』


 チャンヒナがVサインを掲げた瞬間、アリスの手元のタブレットが、いや、クリニック中の電子機器が奇声を上げた。


「なっ!?」


 ホログラムを表示しているタブレットはもとより、俺のスマートレンズ、治療ポッドの制御パネル、空調システム、果てはナオミが愛用しているコーヒーメーカーに至るまで、クリニック中のありとあらゆる電子機器が一斉に明滅を始める。

 

『ウェルカム・トゥ・チャンヒナ・ワールド! このクリニックは今から私のものになったのだ〜!』


 かすかに残っていたモーツァルトの優雅な旋律は消え、代わりに

それとは真逆の、鼓膜をつんざくような爆音のリズムが轟いた。


 流れてきたのは、ピコピコと縦横無尽に駆け巡る電子音と甘ったるいボーカルの声で、脳を蝕む電波ソング。

 ほんの数秒しか聞こえていないが、呪文のように魂に直接響くような感じ。


 こ、この空間にいたら、頭がおかしくなるっ!


 思わず耳を抑えるが、スマートレンズをつけているせいで、視界に強制的に情報が流し込まれる。新手の拷問かよ!


 かろうじて見えるナオミはメガネ型デバイスにぐるぐるが表示され、目を回している。メガネ外せばいいだろ!

 アリスはまだマシで、なんとか正気を保っているようだ。


「な、なにこれ!? やめなさい!」


『イエーイ! アリスちゃん、ナオミたん、ジークん! 盛り上がってるぅ〜!?』


 クリニック内の全スクリーンにチャンヒナがミラーリングされる。  治療用モニターにも、電子カルテにも、冷蔵庫の液晶にさえ、踊り狂うチャンヒナの姿が表示されたってこと。

 即席の数十人の電子アイドルグループ。


 加えて極彩色のレーザーライトのようなエフェクトが室内を飛び交い、神聖な医療現場は一瞬にしてサイバー・ライブディスコへと変貌した。


「や、やめてぇ⋯⋯。私の仕事道具たちがぁ~」


 メガネを外しても、まだ余韻で頭が回っているのか、普段の凛とした声とは全く違う、ふにゃふにゃ声でナオミが懇願した。


 普段は俺をいじくり回してる手術用のアームドローンが、曲のリズムに合わせて勝手にブレイクダンスを踊り始めていた。メスとボーンソーを持ったまま器用にヘッドスピンを決める姿は、シュールを通り越して恐怖映像だ。


「おい、アリス、どうにかしろ! お前が蒔いた種だろ」


「そうしたいところだけど、無理なの! システム権限を全部奪われてるし外部遮断も効かない⋯⋯物理的にケーブルを引き抜くしかないわ!」


「ダメ! そんなことしたらキャリブレーション中のデータが飛ぶでしょ、バカ!」


 ナオミが虚ろな目のまま叫ぶ。三者三様で場は混沌。収める方法は今もノリノリなチャンヒナを説得するしかなさそうだ。


 状況は最悪。こちら側にコントロールはなし。相手は無邪気に害をバラ撒く天然だからたちが悪い。

 俺は踊り狂うドローンを避けながら、モニターの前に立った。

 最高に気分が悪く、吐き気を催しながらも何とか言った。


「⋯⋯おい、電子の妖精さん」


『ああん? なんだなんだ、ノリが悪いぞっ! これだからアナログ世代は困るんだよねぇ。でもチャンヒナを妖精と称すその目は褒めて遣わす』


「認めよう。お前は凄腕だ」


 俺の言葉に、チャンヒナの動きが停止。同時にブレインウォッシングなBGMや電子機器の狂騒もピタリと止まった。

 思ったとおり、分かりやすいやつ。


「Tiānqǐの暗号をたった三時間で解き、俺たちの居場所を逆ハック。おまけに、このクリニックにある全てのセキュリティを紙切れみたいに破ってみせた」

 

 チャンヒナの鼻が伸びる。”文字通り”伸びている。


「俺はハッキングのことは分からんが、お前が”規格外”だってことぐらいは分かる。この街で一番⋯⋯いや、俺が今まで見てきた中でもトップクラスだ」


 俺は素直に称賛した。 お世辞ではない、本心。デイヴィスの昔馴染みのネットランナーでも、ここまで鮮やかで、かつふざけた手口は見せたことがない。


『へ、へぇ〜? ジークん、意外と見る目あるじゃ〜ん?』


 画面の中のチャンヒナが、モジモジと体をくねらせた。

 頬を赤く染め、ぐるぐる眼鏡の奥の目が泳いでいる。


『ま、まあね! ギー様とチャンヒナにかかればこんなの朝飯前の準備運動なのだ! もっと褒めてもいいぞっ! ていうか褒めろ! 崇め、奉れろ!』

「はいはい、すごいすごい」


 チョロい。

 俺が適当に相槌を打つと、チャンヒナは照れ隠しなのかくねくねと体をよじらせ、エヘエヘとだらしない声を上げた。

 思ったとおり、よくも悪くもこいつは素直で純粋なのだ。


 電子機器たちも支配から抜け出したのか、我を戻して元の定位置に戻っていく。再び流れるモーツァルト。もうそんな優雅な気分には浸れないが。

 アリスとナオミも復活しつつある。 


「ふぅ、十分実力は見せてもらったわ。それで、私達に何かあるんじゃないのかしら? ただの冷やかしなら姿を見せる必要もないでしょう?」


 アリスが冷や汗を拭いながら、努めて冷静に言った。

 格好つけているが、汗は隠せてないぞ。


『うぐっ、さすがアリスちゃん。話が早い』


 チャンヒナの表情が、照れから一転して真剣なものに変わる。といっても二頭身だから迫力はない。それでも少しだけ空気が変わる。


『単刀直入に言うぞっ。ギー様を、助けてほしいのだ』


「助ける?」


『そ。今、ギー様はとんでもなくヤバい連中に追われてる。”物理的”にね』


 リアルで命を狙われているということか。


「ギー様、ギー様って、さっきから言ってるけど、あんたの本体のことよね? だったら、そのご主人様が出てくるのが筋なんじゃないの?」


 アリスが腕を組んで促す。チャンヒナがニヤリと笑った。


『おっけー! じゃあバトンタッチだぞっ! ギー様〜、出番なのだ〜!』


 チャンヒナが指を鳴らす。

 直後、大人しくなっていた診察用ホログラム投影機が再び勝手に起動した。

 普段は内臓の断面図や骨格標本を映し出すための装置が、大量のノイズを吐き出し、一つの巨大な人影を形成していく。


「YEEEAH! Yo! 調子はどうだい、Bro and Sis!」


 ——デカい。ホログラムだから実際のタッパじゃない可能性もあるが、それでもデカい。

 もし実際と同じ身長なら、身長は二メートルを超えているだろう。


 筋肉質の黒人男性。頭には様々な蛍光色に染められた極太のドレッドヘア。目元には星の形をしたふざけたサングラス。首からはジャラジャラと大量のシルバーアクセサリーと、何種類ものケーブル類をぶら下げている。

 極めつけはその背中。サーバーラックが翼のように生えている。


 背中の物はともかくとして、二十世紀のファンク・ロッカーのベーシストがそのままタイムスリップしてきたような出で立ちだ。


「こいつが、ギー?」


 俺が呆気にとられていると、大男——ギーは、星型サングラスの奥で目を細め、白い歯を見せて笑った。


「いかにも! 俺様こそが電脳の魔術師、コードの支配者、そしてチャンヒナの生みの親、つまりダディ! ギーだぜ!」


『ギー様かっこいい! でもダディはやめろっつってんだろ』


 チャンヒナが罵声を浴びせるが、ギーは意に介さない。再び場がカオスに飲まれていく。

 ギーはナオミ、アリスに目をやり、俺を見据えた。サングラスの奥の目は見えないが、口角がニヤッと上がった。


「ってことで、俺を助けてくれ!!」


「どうでもいいけど、ここ、私のクリニックなんだからね⋯⋯」


 ナオミ、すまん。苦労かけるな。

 どうやら俺たちの静かな朝は、もう二度と戻らないらしい。

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