Ch.2-2-2 電脳の海からこんにヒナ!
◇2327年10月17日(日) 9:02
翌朝。俺はポッドでの治療が一段落し、ナオミと一緒に朝食を取っていた。
今日はコーヒーとオレンジジュースとイングリッシュマフィン。例に漏れず原材料は知らんが、美味いもんは美味い。
俺の怪我はどうやら全治二週間ほどらしい。複雑骨折は普通、数ヶ月ほど完治にかかりそうなものだが、治療ポッド様々だ。いや、ナオミ様々か。
音楽は相変わらずクラシック。確かこれはモーツァルト。
穏やかでゆっくりな朝。昨夜が嘘のようだ。
そんなチルを乱したのは、やはりこいつだった。
「ナオミ、おっはよー! ジーク、生きてるー?」
クリニックのドアが乱暴に開け放たれる。
元気いっぱいに現れたのは、昨夜のお仕置きなどなかったかのように復活したアリス。
後ろには、山のような荷物を抱えたドローンが数機続いている。
いいか、扉は開けたら閉めるんだ。メガコーポではそんなことも教わらなかったのか?
カフェインマシマシのコーヒーを流し込み、一息ついてから尋ねる。
「⋯⋯何だその荷物は。夜逃げか?」
「失礼ね。拠点の拡張よ、拡張。ナオミとも話がついたの。このクリニックの地下倉庫を改装して、私たちの”アジト”にするわ。いずれ横の店も買収して、横の面積も広げるから」
アリスはドローンに荷物の配置を指示すると、コーヒーを一杯注ぎ、俺の目の前に脚を組んで座った。
ナオミを見ると肩をすくめ、眉を片方上げている。お手上げのサイン。
猪突猛進で聡く、行動力があるやつほど手に負えないものはない。
「さて、ジーク。怪我も治ったことだし、次の仕事の話をしましょう」
「全治二週間です。少なくとも三日は絶対安静」
「だそうだが?」
「甘えないの。で、これからのことだけど。前も言ったとおり、まずはリクルートよ」
怒髪天を衝くナオミが現れそうになる。どうどう。それにしても昨日あんなことをされたのに、いい根性してる。
アリスはナオミを無視してタブレットを操作し、ホログラムウィンドウを空中に展開した。
表示されたのは、ドット絵の宝箱が表示されたシンプルなホームページ。宝箱上部には”挑戦者モトム”とデカデカと書かれている。
なんだこれ。
「これは特上の罠。良いハッカーってのはね、電脳の海こそがリアル世界でずっと潜ってるの。だから現実世界で調子に乗ってるメガコーポ嫌いなやつが多い」
宝箱は時々光ったり、鍵穴から目が覗き見える。一昔前のゲームのよう。
「で、これがなんだってんだ?」
「前も言ったけど、Tiānqǐの顧客リストの一部」
アリスがウィンドウを指先で弾くと、宝箱が開いた。
中から溢れ出したのは、無数の企業ロゴと、個人データのサムネイルだ。
非合法な武器の売買記録、政治家への賄賂送金履歴、そして拐かした”被検体”のリスト。メガコーポにとって、絶対に表沙汰にできない爆弾。
「本当にバラ撒いたのね」
ナオミが呆れと諦め混じりに呟いた。
アリスが悪戯っぽくコーヒーを啜る。
「もちろん! 使わない武器はお荷物ですもの。でもただ公開したわけじゃないわ。暗号化コードだけはTiānqǐの軍用レベルのものを流用して、ガチガチにロックを掛けた状態で放流したの」
電脳の海にはメガコーポ嫌いのハッカーたちが泳ぎ回り、そこに鍵のかかった宝箱。
「甘い蜜でハッカーたちの反骨心を刺激して誘い込んだってわけか」
俺が言うと、アリスは満足げに頷いた。
「考えて。殺したいほど憎い相手の弱点があったら、あんたたちならどうする?」
「もちろんそこを突く」
「まずは強請って、そこから新薬の実験台にして⋯⋯あ、新しいインプラントを試すのもいいかも」
ナオミの言葉にアリスとともに顔を引き攣らせる。やはりナオミは怒らせてはダメだ。
「そ、そうよね。当たり前だけど弱点を攻めるでしょ? なら腕に覚えがあるハッカーなら、こんな”絶好の餌”を放っておくはずがない」
アリスは人差し指を立て、話をまとめた。
「Tiānqǐの最高レベルの暗号を解読し、誰よりも早くこのお宝にたどり着く。それは彼らにとって最高の反逆であり、トロフィーなのよ」
「なるほどな。で、一番乗りのロックな野郎をスカウトするって寸法か」
「いえーす。私は複雑な仕掛けはできないけど、一番最初に暗号を突破した奴の”接続ログ”だけを特定するぐらいはプログラムできる。逆にそれしかできないけど、リクルートする分には十分でしょ?」
つまり、蠱毒だ。
有象無象のハッカーたちを競わせ、その中で最も優秀な——Tiānqǐの軍用暗号すら解き明かすトップクラスの——ハッキング技術を持つ一人だけを選別する。なんか似たようなことを最近経験した気がする。
いかにも性格の悪い、こいつらしいやり方だ。
「なんというか⋯⋯打算的な女だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ。じゃあ、早速アクセスログを見てみましょうか。実は先週時点でもう公開はしてたの」
アリスが画面を操作し、ページのソースコードをホログラムウィンドウに表示させた。
二百年前から変わらぬ黒背景に色とりどりのコードが書き並べられた画面。
その文字列が崩れたかと思うと、DNA配列のようにねじれ、組み合わさり、徐々に何かしらの形へと変わっていく。
「こんな動きするのは普通なのか?」
尋ねる。明らかに変だ。
アリスのヘーゼルカラーの目は。子供が新しいおもちゃを見るようにキラキラ輝いていた。
「すごい。セキュリティ突破どころか、このサイト自体が書き換えられてる⋯⋯」
つまり?
「もうハッキングされて情報抜かれちゃってるし、接続ログを取るつもりが、逆に私たちの居場所が見つかった——逆探知よ」
——Access Point Detected!
派手な電子音と共に、ウィンドウが白く輝く。
光が収まると、そこには極彩色のネオンカラーで二頭身のデフォルメされた少女のキャラクターが映し出されていた。
猫耳パーカーに紫の髪、ぐるぐる眼鏡。背景には無数の電子ドラッグとお菓子が舞っている。目がチカチカするようなデザイン。
『電脳の海からこんにヒナ! ウルトラハイパースーパーハッカー・ギー様のアシスタント、そしてみんなのアイドル! チャンヒナだぞっ☆』
アニメ声が、クリニック中に響き渡った。
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