Ch.2-1-9 何となく、掴めてきた
◇2327年10月16日(土) 00:08
ソロ回しはサックスから始まった。切れのある裏拍フレーズに合わせたアドリブは、軽やかで楽しげで、楽器が歌っているかのよう。
BGMが今までより鮮明に聞こえているのは、パーティー会場にいる参加者が減ったせいだということに今更ながら気付いた。
リーダー格を左目で捉えつつ、カメラで周囲を確認。
動いている人影は、開始時より明らかに少ない。僅かに残ったバウンティー・ハンターたちは計算高くこちらを見つめ、それよりも多いクレイジードッグズたちは顔を引き攣らせて、遠巻きに俺達を見ている。
パーティーの最初では主役だった二勢力は、いまではステージを降り、観客に成り下がっていた。
賢明な判断。これ以上、この狂ったステージに留まるメリットは彼らにはもうない。
それでも特等席で最後まで見届ける気か、チラホラと視線を感じる。もはや乱入する気概はないだろうが。
ステージに残されたのは、俺と、目の前の男だけ。
観客はまばら。舞台装置は全て使い切り、あたりは硝煙とガソリンと人が焦げた臭い。いよいよ最終盤。
俺は改めてリーダー格の男を観察する。
位置関係は俺と男が対峙し、男の右側にアリスがいる建物。男と建物までは、およそ二十メートル。俺が目を離せば一瞬で建物に入り込むだろう。
奴の右手にはハンドガン、左手には大ぶりのナイフを逆手持ち。CQCの構え。胸部に直撃した”喷发”のダメージは微塵も感じられない。痩せ我慢が強いやつめ。
奇妙な膠着状態がしばし続く。俺も奴も、お互いの力量が分かってるからこそ迂闊な動きができない。
奴は装備的に俺に近づきたいが、俺はある程度距離を取りたい。だが、距離を取りすぎれば奴は俺を無視して建物に駆け込むだろう。不用意には俺もやつも動けないってこと。
加えて”喷发(Pēnfā)”はこの距離だと致命傷にはなり得ないことが分かってる。だから奴は俺の右手の”Amor”だけ気にしてる。
思考は数瞬。待つのは性に合わない。
ソロ回しもサックスからトランペットに変わろうとしている——先手を取るなら今、俺から。
脳が爆発し、ニューロン間をインパルスが疾走。俺に銃を撃てという司令が伝達され始めたまさにその時、”奴がハンドガンを撃ちながら、建物に駆け出す姿”を左目で見た。
クソ、動きが被った! 避けられない!
司令は脊髄と末梢神経を経由し右手に伝達され、”Amor”が二発放たれる。
遅れて発せられた電気信号で咄嗟に左手で顔を庇う。奴が放った弾数は三発。一発は外れ、一発は左腕にあたり、最後の一発はカバーが間に合わず左鎖骨にあたる。防弾ジャケットを着ていたが、嫌な音が内側から響いた。
「チッ」
舌打ちは同時。しかし、驚愕したのは俺だけだった。
奴は”Amor”の曲がる銃弾を避けたのだ。
理屈は分かる。弾道補正は万能じゃない。あくまで”終末誘導補正(Terminal Guidance)”。弾丸に内蔵されたマイクロ・スラスターを噴射して終末区間を修正するだけ。範囲は精々二メートルほど。
つまり、弾丸が発射されてから届くまでのコンマ数秒の間に、奴がその範囲外——二メートル以上——移動してしまえば、誘導は切れ、弾丸は当たらない。
俺と奴の距離は大体三十メートル。着弾まで0.1秒以下。
もちろん見てから動いたわけではなかろうが、それにしたって並の反応速度じゃない。人間を辞めてやがる。一体どんな手術と訓練をしたらそうなるんだよ。
「⋯⋯」
しかも奴に油断はない。もう左腕は使えない俺に対しても。
左鎖骨に直撃した銃弾は骨を折ったのだろう。そのせいで俺の意志に反して左腕がだらりと垂れ下がっている。加えてただ突っ立っているだけでも、骨折の痛みで吐き気がする。
左腕の肘から下は、追加の痛みと引き換えに辛うじて動くが、少なくともこの戦闘中は使い物にならない。
二度目の舌打ち。今度は俺だけ。
マスク越しの奴の顔は見えない。ただ、不思議とその表情は透けて見えた——嗤ってやがる。余裕ぶっこいた顔。調子に乗った奴の動きを左目が捉える。
”奴はハンドガンを乱射しながら、驚異的なスピードで俺に迫ってきた”。
左目とリンクする右目のスマートレンズがアラートを鳴らしまくる。苛つく猶予も考えている暇もない!
カメラとスマートレンズで捉えた射撃線は六本。頭に三、胴に三。全て正中線上。右足を引くことで躱す。
”俺の目の前で奴はナイフを振りかぶっている”。
銃弾が体前面を掠めるが無視。”Amor”で奴が来るであろう位置を射撃。
「速すぎだぞ、化け物が」
奴は俺が右腕を動かすと同時に突っ込むのをやめ、左側に急旋回した。反射と移動速度が異常だ。俺の一日分の食費が無駄に消える。
”再び突っ込んでくる男。ナイフの先端が俺に向き、突き刺そうとしている”。
直線の動き。必然、最速。
「!?」
男が声なき驚愕に目を見開いた、はずだ。
奴の視界を埋め尽くしたのは、俺の左手から放たれた黒い鉄塊——”喷发(Pēnfā)”。
奴は確信していたはずだ。鎖骨を砕かれ、ぶら下がるだけのお荷物と化した俺の左腕は、もう役に立たないお飾り以外の何物でもないと。
確かに生身の腕だったらそうだろう。
俺の左腕はインプラント。俺本体がズタボロでも電気信号さえ通じれば駆動する。俺は痛みを承知で、体のひねりと手首のスナップで銃をハンマーのように投げつけたのだ。
「ぐッ」
当然走る激痛。無意識に食いしばっていた唇からも血が流れるのを感じた。ただベットした甲斐はあった。
鈍い音。今日最速で迫ってきていたということは、その分カウンターの威力も上がるということ。
ちょうどグリップ部位がヒットしたのか、男の顔を覆う強化バイザーに亀裂が走り、奴の体勢がわずかに泳ぐ。
コンマ数秒の硬直。俺にとっては永遠にも等しい好機。
俺の体は既にバックステップで後退。少しだけ、奴から離れる。
前へ出るのではない。下がるのだ。
瞬間、ふとデイヴィスの最後の戦いが脳裏をよぎった。そうか、この距離か。俺も何となく、掴めてきたよ。
俺の間合いは、ここだ。
即座に体勢を戻した男が俺に迫る。速い。最速の更新。
先ほどが全力じゃなかったのか——だが、遅い。
”俺の左目は、お前が迫りくる姿を捉えてる”。
既に構えられている俺の右手。握るのは対軍殲滅兵器の”Amor”。
割れたバイザーから微かに奴の目が見えた。僅かにナイフは届かない。ハンドガンのトリガーにかかる指が動こうとしているが、もう、遅い。
「ミンチになりな」
狙うのは点ではない、面だ。SMGの本懐、圧倒的な物量。回避など不可能な暴力。
バラまかれる愛の言霊は十発のスマート弾。
奴の回避行動も予測し、扇状にばら撒かれた弾幕のカーテンは案の定、右に回避しようとした奴の四肢を粉々に砕いた。
連続して重なる着弾の音。およそ人から発していい音ではなく、果たして奴の体はボロ雑巾のように引き裂かれた。
右腕はもがれ、ハンドガンが宙を舞う。左肩は抉れ、脇腹の装甲が食い千切られたかのように穴あきになる。両足も元の形をなしてない。
当然、奴の突進は強制的に停止。惰性で体の前面を地面に擦り付けながら、下手くそなカーリングのように俺の脇を滑っていった。
思い出したかのように痛みを主張する左肩。
気分は悪いが、最高だ。
「勝った」
ソロ回しはドラムに移ってる。
◇2327年10月16日(土) 00:09
正確なテンポをキープしながら粒立ちしたドラムの音だけが周囲に響く。
愛をバラ撒いた右手は甘い痺れがあり、左手は相変わらず動かすと痛い。
振り返り、血煙の中、俺の手で体を破壊された黒尽くめの男を見下す。四肢のうち三本を破壊され、内臓も半分はグチャグチャだろう。むしろ今生きているのがおかしいくらい。勝負ありだ。
「⋯⋯ふぅ」
俺は息を整えながら、残弾カウンターを確認する。今の連射で、今月分の食費が消えた。高い授業料だったが、釣りは命で払ってもらう。
ナオミと違って、いたぶる趣味はない。俺は刺すべく、ゆっくりと歩み寄った。
バイザーから微かに見える奴の目。死んでいない——悪寒。
”奴の左手が動いた”
慌てて”Amor”を男に向ける。銃口が向き切る直前、奴の左手の指が、ナイフのグリップを強く握り込んだ。
炭酸の空気が抜けたような音が聞こえたのと、俺が顔を横にそらしたのは同時。
右目の下、薄い皮膚に熱い線。赤い飛沫が視界をジャックする前に、奴が持つナイフの刃がないことを見た。
油断した頭が再び戦闘モードに変わり、何が起こったのか瞬時に把握する。
ナイフの射出——スペツナズナイフ。
先ほどとは逆に体勢を崩され、その隙を男は見逃さなかった。
残った左手と、不格好な両足を使い、無様なハイハイ。
それでも、速い。
俺が体勢を戻し、奴に銃口を向けるコンマ数秒でアリスがいる建物の目の前に接近していた。
”男が懐から何かを取り出すのが見えた”
愛を弾く。男の腹部に命中。弾ける装甲。それでも男は止まらない。
取り出したのは——手榴弾。
何をすべきか、何ができるか、頭の中に幾つも選択肢が浮かび、消える。叫んだ。
「アリスッッ!!」
「ミッション」
スローモーションになる世界で、再び目が合う。
男は血を吐きながらも、確かに嗤っていた。自分の命など最初から勘定に入っていない、プロの目。
「逃げろォォッ!!」
「——コンプリート」
網膜を焼く光。ほぼ同時に爆音。少し遅れた衝撃波で吹き飛ばされそうになるのを何とかこらえる。
視界が戻る前に、震える鼓膜を何かが壊れる音が殴りつける。
ようやく戻った視界が捉えたものは、破壊されつくされ、瓦礫の山と化した建物。炎と煙が立ち込め、ステージを赤が新たに彩っている。
およそ手榴弾の威力じゃない。おそらく体に爆発物でも巻いていたんだろうと、どこか冷静な自分が考えていた。
取り巻きは、もういない。俺と奴の戦闘にビビって全員逃げたのだろう。
爆破の衝撃でスピーカーも壊れたのか、調子の悪い不協和音しか流れていない。
俺は力なく座り込んだ。
「アリス⋯⋯」
指先一つ、動かせなかった。
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