Ch.2-1-5 スウィングしなけりゃ意味がない
◇2327年10月10日(日) 14:15
決戦の五日前。スラムと中間層の境界、狭間。俺とアリスは作戦の舞台となる、廃棄されたガスステーションに来ていた。
錆びついた給油機と充電機が墓標のように並び、ひび割れてガチャガチャなコンクリートの隙間から、汚染に強い雑草が逞しく生えている。ステーションの中央に位置する事務所のガラスは割られ、中はホームレスがいたのか様々な生活物資が散乱していた。
かつては中間層へ向かう車で賑わった場所も、より便利な道路が作られた今は野良犬すら寄り付かない。
「ほい、配置完了っと」
アリスが立ち並ぶ給油機の屋根から軽やかに飛び降りた。彼女はここ数日、このエリア全体に独自のセンサー網とジャミング装置を仕掛けていたらしい。Tiānqǐの部隊を確実にこの”見え透いた罠”に誘い込み、かつ外部への通信を遮断するための鳥籠作りだ。
「そっちはどうよ、ジーク。ハッキングの方は順調?」
アリスが意地悪な笑みを浮かべて覗き込んでくる。俺は地面に座り込み、携帯端末と格闘していた。汗が眼帯に入り込んで不快。
「⋯⋯あとちょっとだ」
俺は電子地雷の設置を終え、地下に残された消火設備と、断線していた監視カメラの復旧とハッキングをしていた。
アリスに言わせれば「セキュリティレベルは最低ランク。猿でもできる」作業らしい。
確かに復旧までは問題なかった。だがそこからのハッキングは俺にとっては迷宮入りした知恵の輪を解くような苦行だった。
タナカのデリバリーの時を思い出す。あの時はカメラ映像を覗き見るだけでよかった。いわば無賃乗車。正規の通信に乗っかっただけ。今回は違う。Tiānqǐの奴らにシステムを乗っ取られないよう、こちらが先にシステムを制御し、こちらの意図どおりに動かす——つまり運転席に座らなければならない。
「クソッ、また弾かれた! なんだこの”レガシープロトコル不整合”ってのは!」
端末の真っ黒な画面に蛍光グリーンが点滅し、[Access Denied]の文字が無情に浮かぶ。何だよC言語って。二百年以上の化石言語なんか知るかよ。
俺は苛立ち紛れに端末を叩きそうになるのを、なんとか堪えた。
やろうと思えば、できる。左腕に触れ、接続端子を出す。これをカメラに繋げば一発だ。
俺の無限の”CCI”は、あらゆるデバイスとの一体化を可能にする。
フリーパスを持っているようなものだ。俺自身がデバイスになるのだから、セキュリティなんぞ意味をなさない。
ただ、それは諸刃の剣でもある。バイクと一体化した時もそうだったし、その後ナオミのクリニックでテストをした時に一体化のデメリットが明確に分かった。
クリニックでカメラと接続した瞬間、俺の視界はカメラのレンズになり、俺の”目”は電子の海に溶けた。
問題はその深度。潜れば潜るほど、デバイスが俺の本体になった。息を吹きかけられると、レンズが冷え、上から手を載せられると頭重感を感じる。
すなわち、俺の主体性は肉体ではなく、一体化したデバイスに移行したのだ。
今の俺の熟練度では、意識の配分はできて半々。つまり、カメラを操作している間、俺の生身の肉体は半分眠っているような状態になる。
路地裏のチンピラ相手ならそれでも誤魔化せるかもしれない。
だが、相手は腐ってもメガコーポ、Tiānqǐの精鋭部隊。コンマ一秒の反応速度が生死を分ける戦闘中に、意識を半分も電子世界に持っていかれれば、それは自殺行為に等しい。
それに、このエリアにある監視カメラは一台や二台じゃない。死角を消すためには最低でも十数台の制御が必要。十数個に意識を分割し、かつ肉体で銃撃戦を行う?
そんなことしたら俺の肉体は蜂の巣にされ、俺はカメラとして打ち捨てられたステーションのつまらない景色を延々と拝み続けることになるだろう。
肉体が死んでも意識は残り続けるのかは、死んでからじゃないと分からないが。
「あーもう見てらんない。貸して」
思考の泥沼にハマりかけていた俺の手から、アリスが端末をひったくった。彼女はため息交じりに画面を覗き込むと、赤いマニキュアが艶めかしい細い指を走らせる。
「あのねジーク。あんたがやろうとしてるのは、鍵のかかったドアを斧で叩き壊そうとしてるのと同じ。「Here’s Johnny」ってね。相手が古ければ古いほど、力任せじゃダメなの」
「⋯⋯じゃあどうするんだよ」
「こうするのよ。優しくおべっかを使って、ハンドシェイクを偽装して、「あら久しぶり、元気してた?」って挨拶してあげるの」
アリスの指が、まるでピアノを弾くように仮想キーボードの上を舞う。俺が三十分かけても突破できなかった防壁が、彼女のタッチ一つで雪解けのように崩れていくのが、横目でも分かった。
ほんの十数秒。アリスが最後のエンターキーを弾くと、ピッという軽快な電子音。画面が滝のように流れ、最後に短く一文、[Access Granted]が表示された。
直後、足元の地面が微かに震え、地下からゴウン、とポンプが予備動作を始める重低音が響く。スプリンクラーと消火剤散布装置が、俺たちの支配下に入った合図だ。
「はい、完了。管理者権限取得。カメラも⋯⋯問題なし」
ぱたんと端末を閉じ、ジト目でアリスが俺を見た。今日は季節外れでやけに暑いな。汗が止まらん。
「あんたさぁ、なんでもかんでも銃と筋肉で解決しようとしてない? コードは殴っても言うこと聞かないのよ?」
「⋯⋯悪かったな、脳筋で」
俺は目を逸らしてそっぽを向いた。悔しいが、事実だ。
戦闘において、それが高度になればなるほど、電子戦は必須スキルと言ってもいい。敵の視界をジャックし、武器をロックし、通信を断つ。それができなければ、ただの的。
正直、俺は純粋な戦闘力に特化している。それに無限のCCIにあかして電子戦を補っているだけだ。
まあ正直こうなったのはデイヴィスが悪いのもある、と思ってる。だって彼も俺と同じでハッキングは得意ではなかった。圧倒的な暴力で生き抜いてきた男だから。
そんな俺を見てアリスが一つため息をついた。おい。流石の俺でもちょっとだけ傷つくぞ。
「はぁ⋯⋯。やっぱり、必要ね」
アリスが端末を放り投げ、俺に返した。
「何がだ?」
「専門家。私も所詮素人だし、スペシャリストには叶わない。あんたにキーボード叩かせるのは、ゴリラに繊細なジャズ・バラードを弾かせるようなものだって分かったしね」
「ゴリラで悪かったな」
「むしろゴリラのほうがマシかも。いい? スウィングしなけりゃ意味がないのよ。音楽も、ハッキングも。ま、もともとあんたにシステムを弄るのは期待してないわ」
アリスは肩をすくめ、給油機にもたれかかった。
「あんたは殲滅部隊。私の手となり足となり、物理的に敵を粉砕すればそれでいいの」
「何勝手に決まってもない先のこと言ってんだ」
鼻で笑ったが、無視された。こいつ、薄々分かってはいたが、相当な自己中心野郎だ。
「ハッカー。それも、とびきり腕のいい変態が必要になる⋯⋯」
「アテはあるのか?」
「ない!」
ないんかい。しかも変態である必要性があるのか?
アリスは楽しそうに笑いながら言った。
「でも、もう既に罠は仕掛けた。それも特上の、ね。電脳の海に潜りすぎて、現実に帰って来たくない連中にこそ刺さるやつよ。この一件が終わったら、そっちの罠を回収しにいきましょう」
悪巧みの顔。まるで、これから起こる血生臭い戦闘すらも、人材採用のオーディションか何かだと思っているようだ。
俺は端末をポケットにねじ込みながら、スラムへと歩みを進める。途中、アリスの言葉が頭に反響した。
ハッカー。
確かに、これからCSF、Helix Corp、そして街そのものに反旗を翻すのに、たった三人というのは笑い話にもならない。
俺が”手足”なら、アリスは”頭脳”でナオミは”内臓”。
そしてハッカーは”目鼻”、あるいは”神経”といったところか。
俺の頭の中に、まだ見ぬ手駒のシルエットがぼんやりと浮かんだ。いずれ出会うことになるだろう。俺が生き残り、アリスが俺のお眼鏡に叶えば、の話だが。
「さあ、準備は整った。あとはお客様を待つだけね」
アリスが中間層の方角——Tiānqǐの本社がある方を見据える。灰色の空の下、遠くに霞む摩天楼は、遠かった。それでも確かに見えるところには、ある。
五日後、ここに天啓のための使者が押し寄せてくる。俺の首と、アリスという獲物を求めて。
アリスが俺を見て言った。挑発的な目。
「怖気づいた?」
鼻で笑う。誰が。
「哀れんでたんだよ。自ら炎に向かう蛾に、な」
俺は立ち上がり、新しい左腕の拳を握りしめた。ナオミに調整してもらったサーボモーターが、心地よい駆動音を立てる。それを聞いたアリスが満足げに笑った。
「始めましょうか、ジーク。私たちの、最初のショーを」
ヘーゼルカラーの瞳は、どこまでも純粋で、楽しげに輝いている。
その横顔を見て、俺は確信した。この女となら、退屈しなさそうだ、と。
風が吹き抜け、背後のガスステーションの錆びついた看板がキイキイと悲鳴を上げた。
決戦の幕が上がるまで、あと百三十時間。
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