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【Ch.3開始】この電脳都市に錆びついたキスを  作者: 愛上おかき


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33/60

Ch.2-1-3 Deal

  ◇2327年10月8日(木) 13:37


「ヴァクシムか。確かに奴ならGMTCの次くらいに噂を広めてくれるが⋯⋯」


 その名を聞いて、俺の口角は自然と上がった。引きつったとも言う。スラムに長く住んでいれば、嫌でも耳に入ってくる名前。デイヴィスと一緒に、何度か画面越しにだが会ったこともある。


 ヴァクシム・ワスプ。金さえ積めば「雨が降る」という予報を「槍が降る」という事実に変えてしまう、この街で最も信用ならず、かつ最も有能な情報屋。


 ヴァクシムは真実を広めるのではない。奴が広めた言葉が真実になるのだ。種も仕掛けも分からないが、それだけの力を持つ男。胡散臭さで言えば、腐った肉を売る露店商の百倍はタチが悪い。


「話が早くて助かるわ。もう彼とは今日の十九時から既にアポイントメントを取ってある」


 アリスは満足げに頷き、手元からデバイスを取り出した。そして空中に詳細な地図データのホログラムを投影する。

 表示されたのは、スラムと中間層の境界線、”狭間”。すでに地図上に二つのポイントが赤くマークされている。そのうち一つをアリスが指差す。


「ヴァクシムとの面談場所はここ。ここからなら歩いて十五分くらいかしら?」

 もう一つのポイントを指す。


「こっちは狭間のガスステーション。もう使われてないけどね。作戦はこうよ。ヴァクシムを使って、Tiānqǐの探索網に偽の情報を流させる。「アリス・ヘルマンは十月十五日の深夜、狭間の廃棄ガスステーションを経由して都市外へ逃亡を図る」ってね」


 赤いマニキュアが光る二本指で地図をズームする。そこは旧世紀の遺物のようなガスタンクや充電器が並ぶ、人目はけして多くない放棄区画。遮蔽物が多く、身を隠す場所は多数ある。目の前を中間層まで続く道が通っており、確かに訳アリの逢引場所としてはピッタリだ。


「さらに、同日同時刻に別ルートで他の”脱走者”たちも動くという情報をリークする。これで敵の戦力は分散。でも動かざるをえない。精々ここに集まるのは全戦力の四分の一ってところかしら」


 アリスは楽しそうに、まるでチェスの盤面を動かすように赤い点を指でなぞった。


「そこを叩く。徹底的に。先行部隊を全滅させられれば、Tiānqǐはコスパ至上主義だから、別の脱走者を追うわ。「あ、こいつより他の弱い奴らを消したほうが早い」って判断ね。そのためにも追っ手は完膚なきまでに叩きのめさなきゃならない。絶対に」


 理には叶ってる。待ってるだけじゃ体力があるメガコーポに勝てる見込みはない。いずれ物量で押し潰されるだけ。

 ならばこちらから相手の喉元に自ら食らいつき、その牙を折るしかない。一、二本でも牙を折られたら、獣は別の獲物を探すのが道理だ。


「作戦は分かった。で、報酬の話だ」

 俺はコーヒーをすするナオミの横で、アリスに向き直った。ご立派な作戦があっても相手は天下のTiānqǐ。分の悪いギャンブルには変わらない。こちらのベットは命。リターンは高くないと困る。


「成功報酬は十万クレジット」


 ナオミの目が見開く。俺も一瞬耳を疑ったが、アリスの余裕の笑みは崩れない。


「聞き間違えじゃないわ。報酬は十万クレジット。前金で四万出す。もっともそこから諸経費は出してもらうけど」


 思わず口笛を吹いた。ヴァクシムに二万、武器その他準備で一万としても七万は残る。大体二人分の食費一年分弱。贅沢しなければ。毎食ホットドッグならミヤケへの税金も込みでお釣りが来る。星二つのミッションにしては破格だ。

 

「おいおい、随分と気前がいいな。どんだけメガコープで儲けたんだ?」

「株。それでも一週間前は十倍以上はあったんだけどね、バラ撒いたから今はそれだけしかないの。でも十分でしょ? それにこの勝負に勝てば、金なんて後からいくらでも湧いてくるもの」


 アリスはこともなげに言った。十倍か⋯⋯稼ぐ力はもちろんだが、金遣いもすごいということが分かった。

 彼女は妖艶に目を細め、左手の人差し指を立てた。


「それに、もう一つ。特別な報酬があるわ」

「なんだ?」

「私」


 アリスが言い放った瞬間、鈍い音が響いた。いや、言ってる途中には聞こえたかもしれない。ナオミがデスクに置いてあったバインダーで、アリスの頭を強打した音。流石に角は痛いだろ。

 たまらず頭を抑えるアリスと、全身から湯気が出そうなくらい震えているナオミ。出会ってから初めて会う姿だ。


「いったぁ⋯⋯! もう、何するのよナオミ!」

「あんたねえ、どこまで欲求不満なの! さっきまで支配したいとかなんとか言ってたくせに、報酬が私ですってぇ⋯⋯この――」


 おっとその先のBワードは言わせない。俺はナオミの口を右手で抑える。顔を赤くしたナオミに流し目で睨まれ、場違いにゾクッと背筋が震えた。

 アリスが手で打たれた箇所を抑えながら言った。


「早合点しすぎ! 私の頭脳、未来を提供するって意味よ! まあ望むならこの体と心もあげてもいいんだけど?」


 そう言って扇情的に見てくるアリス。見え透いた挑発はやめろ。俺には効かんが、ナオミには効く。俺の腕の中で大人しくなっていた体が再び暴れ始めた。どうどう。

 その様子を見て声を上げて笑うアリス。しばらくして声が落ち着くと、ヘーゼルカラーの瞳がこちらを見つめてきた。その中には濁りなき野心の星が煌めいている。冗談や色仕掛けといった不純物はない。


「私は本気よ、ジーク。言ったでしょ、私はこの檻、都市を壊したい。そのためにはファミリーが要る」

 アリスが一息つく。大事な告白の前の儀式。


「私一人じゃ世界は取れない。私にはビジョンと計画はある。でもそれだけじゃ足りない。あなたの力と怒りが絶対に必要なの」

 もちろんアンタの腕もね、とナオミへのフォローも忘れない。


「会って、目を見て分かったわ――私と同じ瞳。自分の目的のために脇目も振らず、全てを犠牲にする覚悟。だからジーク、あなたが要る」


 その告白は熱かった。この二週間、俺の腹の底に沈殿していた紅が血と共に俺の血管を駆け巡る程には。

 一生忘れられないあの色。一年前のあの夜。二週間前の無力さ。俺を蔑むあの瞳。走馬灯のように俺の中を炎が駆け巡った。


 俺の熱に呼応して、左目の義眼が暴れまわるのが分かる。きっとデイヴィスがそうだったように、青いスパークが漏れ出ているのだろう。ナオミが目を見開き、アリスが意味ありげに笑みをこぼすのが見えた。

 今自分が人に見せられた顔をしていないのは自覚してる。それでも俺はアリスに向き合い、言った。


「⋯⋯それは報酬じゃなくて、俺へのお願いだろ?」


 この声はどこから出たのだろう? 俺の言葉にアリスが自分の体を抱きしめた。顔は俯き、見えない。俺は一歩アリスに近づく。視界の端でナオミが微かに身震いするのがが見えた。


「勘違いするなよ、アリス。俺はお前のペットになるつもりはサラサラない。”俺が”、”お前”を、このミッションで見極めてやる」

 縮こまったアリスが、小声で言った。


「見極める? 私を?」

「ああ。お前がただの妄想垂れ流す哀れなピエロか、それとも本当に世界をひっくり返せる器か⋯⋯。俺はお前を見る。だからお前も俺を見とけ」


 あまりにも不遜で、傲慢な物言い。でもそれでいい、それがいい。でないと彼女には釣り合わない。こいつは世界を取ると言ってるのだ。それに比べたら俺の復讐なんて謙虚なもんだ。


 アリスはこちらを見上げた。今日何度見つめ合ったか分からないその瞳。少なくとも失望の色は見えない。

 ゆっくりと自分を抱きしめていた腕を解き、背筋が伸びていく。その顔は、俺に負けじ劣らず、およそ人に見せられるものじゃない――狂気。その右手が伸ばされた。


「Deal」

「Deal」


 固い握手。とたんに花が咲くような笑顔。それは今までで一番、人間味のある、そして凶暴な笑顔だった。


「私、あなたに本気で惚れちゃったわ」

 ナオミ、バインダーの角はやめとけ。


  ◇2327年10月8日(木) 13:59


 アリスが胸元を正し、コートとマニッシュな中折れハットを被った。流石は元メガコーポ勤め。洗練されている。黒サングラスをかけると、俺のスマートレンズが彼女の顔を検知しなくなった。カメラ対策も万全ってわけだ。


「じゃ、十九時に例の場所で会いましょう」

 そのまま彼女はハイヒールを高らかに響かせ、ドアへと向かった。ドアノブに手をかけた去り際、含み笑いを浮かべて振り返った。


「そういえばアンタたち、まだなの? 早くしないと盗んじゃうわよ?――私、男も女もどっちもイケるから」

 ウインク。俺とナオミが口を開く前に、危険な甘い香りを残して、アリスはクリニックから姿を消した。野心家で革命家でトラブルメーカー。自分から煽っていくのだからタチが悪い。


「ふう」

「はぁ」


 嵐が去った後の静寂の中で、ナオミと同じタイミングで深い深い息をついた。今更ながら室内にクラシックが流れ続けていたことに気付く。緩やかで流麗な響きは、心のさざ波を少しずつ落ち着かせてくれた。なるほど、クラシックも悪くない。


「変な子だとは思ってたけど、ここまでぶっ飛んでいたとは⋯⋯。ジーク、あなたとんでもないのに目をつけられたわね」

 他人事のように言うナオミ。おいおい、天才さんのクセに気付いてないのか?


「言っておくが俺だけじゃないぞ。話を聞かされたってことはナオミも狙われてるんだよ。もう引き返せないからな」

 俺の言葉に固まるナオミ。どうやら頭に血が上りすぎて考えもしなかったらしい。彼女はメガネを外して目頭を抑えた。


 俺としては願ったり叶ったりだ。仲間とカネ、両方とも手に入れられるチャンス。ただ言ったとおり、このミッションでしっかりと見極めさせてもらう。

 俺はHUDに表示された四万クレジットの内、一万をナオミの口座に移した。ここ最近の居候分と食費は余裕で賄える額。残りは準備費用だ。


「ジーク」

 呼ばれて振り向く。そこには数えるぐらいしか見たことがない、真面目な顔。メガネ型デバイス越しに、揺れる瞳が見えた。


「死なないでよね。あなたが死んだら――」

「死んだら?」

「――私一人であの子の相手しなきゃいけないんだから。責任取ってよね」

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