白い聖夜の逆さま密室_②
「もう口がチキンになってる…チキン食べたい…お腹空いた…」
「食べなよ。フライドチキンも美味しいよ」
「殺人犯かも知れない奴が出前取ったフライドチキンなんてもぐもぐ」
「食べるんかい」
依頼人が用意してくれたフライドチキンを頬張る。東京だろうが福島だろうが、某チェーン店のフライドチキンはいつでも変わらぬ安心の味わいだ。
俺たちがいるのは、空き地の隣に建つ小さなアパート。二階の角が高城の自宅である。部屋数も六つと少なく、住人は反対側の角部屋と一階の真ん中にしかいないそうだ。
「しかもどっちも帰省中みたいで。貸し切り状態だから騒ぎやすいと思って、うちでパーティーしてたんです」
くるんくるんにパーマを当てた茶髪と、輪っかのピアス。高城勇人は机に置きっぱなしのサンタ帽をどけると、スマホを取り出した。ちぇ、大学生しやがって…という顔の碧波にもう一つチキンを持たせる。
「二時くらいまで騒ぎ倒して、それぞれ起き始めたのが九時くらい。駒田先輩がどこにも見当たらないんです。はじめは帰ったのかと思って、そんなに心配してなかったんですけど…死体が見つかって」
問題はその時の現場の状態にあるらしく、高城はスマホに写真を出した。
「ドラマとかでありますよね、死体の周りに足跡がないやつ。なんか体勢も変だし」
隣の空き地を真上から映した写真だ。積もった真っ白な雪は足跡一つない。思わず碧波とともに、スマホに顔を近付ける。足跡なんかより死体の状態の方が奇妙だった。
空き地の真ん中に唯一ある雪の乱れ。そこにはスウェットを履いた雪まみれの脚が二本、空に向かって生えている。これが駒田の死体なのだろう。
「…『犬神家の一族』だ」
「なんですそれ。都市伝説?」
「金田一耕助だよ。あれ、知らない?今の子ってそうなの」
信じられない、といった風に眉を下げる碧波。あんただって今どきの子でしょうに。
「犬神家の一族、表紙見たことない?水面から足が生えてるやつ。ちょうどこの写真みたいに」
「あー、なんとなく…?どんな話なんですか、犬神家の一族って」
言ってやんな、と碧波を見やる。碧波は首を振ると、大口を開けて骨なしチキンをパクリ。しばらくは話せなさそうだ。
「…えーっとね、犬神家っていう一族と金田一耕助っていう探偵がいて、事件が起きる話だったかな。うん」
「…もしかして、お二人とも内容知らないんですか」
「基本的に海外作家が好きなんだよ。ポーとか」
「ぽー…?」
ポーっと…いや、ぽかんとする高城。まさか今の子は『黒猫』を知らないのか(別にあれは推理ものじゃないが)。つまらなさそうにチキンを飲み込んだ碧波が、今度はフライドポテトを三本口に詰め込んだ。カーネルのポテトを一気食いとは贅沢者め。
「どう思う、碧波」
「もぐ、もぐもぐもぐ」
「だね」
目の前の高城が困惑した顔でくるくるの髪をかき回す。
「えぇと…今ので何がわかったって言うんですか」
「取り敢えず遊び仲間とご遺体に会わせてくれるかな。写真だけじゃ事件にしか見えないし」
こうして部屋には三人の男女がやって来た。訝しげに俺たちを見る面々。珍しい探偵の存在に、警戒心も強いようだ。あんたらが呼んだんだろが。
「こっちから、二年の岡野絵美、加藤太一、三年の中津慎です」
左から順番に紹介され、それぞれ会釈をする。岡野は小柄で華奢な女子。加藤と中津はそれなりに良い体格をしている。…と思ったが、うちには正真正銘スポーツマン体型の友達がいるのでやっぱ取り消しで。
「で、あと一人が駒田愛佳と。どんな流れでこうなったのか、説明できる人は?」
手を挙げたのは中津。仲間の顔を伺いながら口を開いた。
「今朝一番早く起きたのは僕なんですけど、その時点で駒田先輩は部屋からいなくなっていました。でも帰ったんだろうとか、コンビニにでも行ったんだろうって、みんな大して気にしてなかったんです。正直、その…駒田先輩のことは、なんていうか」
「どうでもいいから」
「そう、どうでも…いや何てこと言うんですか!」
中津が大慌てで両手と首をぶんぶん振る。碧波の容赦ない相槌は、少なからず的を得ていたらしい。
「まぁ、そこはなんでもいいよ。気にしてなかった駒田の死体は、どうやって見つけたの?」
「今日は朝から既に雪が積もっていました。こいつ…加藤はあまり雪が降らない地域から来てるから、すっかりテンションが上がっちゃって。雪の具合を見に行こうって言うもんだから、みんなで外に出ようとしたんです。そうしたら、いないはずの駒田先輩の靴が玄関にあるんですよ。ちょっとずつ、おかしいなとは思い始めてました」
中津に目配せされ、今度は岡野が口を開いた。
「ひとまず外に出て、隣の空き地に行ったんです。雪が沢山あるし、遊びやすいと思って…そしたら、雪の真ん中から脚が二本生えてたんです。見たことあるスウェットと靴下でした。それを見た加藤が、『駒田先輩じゃないか』って」
唖然として現場を見つめた四人は、雪の上に足跡の類が何一つないことに気付いた。加藤と高城はベランダへ上がり、上空から現場を撮影。それが先程の写真というわけだ。
「じゃあベランダに出た二人に聞こう。鍵は空いてた?ベランダに積もった雪の状態は?」
質問しつつ、横目で碧波を見る。例によって、口にポテトを詰め込んでいるところだ。外を見る目が非常にぼーっとしている。…違うこと考えてるな。
「鍵なら閉まっていました。ベランダの雪もまっさらで…あの、写真は撮ってないんですけど」
「ドアの鍵も?」
三人が頷くのを確認してベランダの方へ向かう。窓を全開にし、薄く積もった雪を確認。屋根で遮られたことで、そこまで雪深くもなっていないようだ。加藤と高城のものであろう、くっきり残っている二つの足跡を目で辿る。
「あたらしい足跡。ベランダから出て、手すりの傍に寄り、外を見下ろすと…うん、普通かな」
写真を撮ってから足を踏み入れ、隣の空き地を見下ろした。碧波の気配を感じると同時に、スマホのシャッター音が響く。
「あれが駒田の埋まっていた場所か。ど真ん中だね。ここから飛び下りても、あそこには落ちない」
「ベランダから落ちたり落とされた線はないか…それじゃ困るな」
周りに足跡はなく、どこかから転落したわけでもなく、空き地の真ん中に突き刺さった逆さま死体。いわゆる雪密室というやつか。密室そのものには興味はないが(第一部三章参照)、こんな風に空間がガラ空きとなれば話は別。不完全な密室こそ、…興味を引く、といっては不謹慎なのだが。
「そろそろ、閉めてくれませんか…?」
聞こえた声に振り向くと、容疑者たちは全開の窓の向こうでわなわなと震えていた。




