畳を愛した死体_⑥
実家に帰らなくて済むように、朝賀家に泊めて貰えたのはありがたかった。もちろん遠慮はした。しかし、大紫兄が譲らなかった。
「泊まりなって!一応勝手も知ってるだろ?」
「同じ敷地にいたら、いつでも事件について話し合えるじゃんかよ」
極め付きは、
「何泊するかわからないんだから。ホテルなんか使っちゃ経費がかさむでしょ。車中泊とか絶対駄目、凍る!夕飯エビフライだよ?みかんも好きなだけ食べていい!ほんと頼むから!」
両手を合わせる、必死な顔が面白かった。そこまで言われちゃ断ることはできない。朝賀家は居心地の良い空間ではあった。他愛ない世間話も、朝賀家らしいふわふわ、ぽやぽやした空気も含めて。
今の自分は、この空気に触れても良いのだろうか。
「……東京に帰りたいや」
やけに気が重い。何故だろう?それは推理ではどうにもならない。いや、多分水分が足りていない。あと睡眠も。…調子悪いな、これは。依頼に響くぞ。
「碧波、タオル足りる?」
大紫兄の声で我に返る。そうだ、お風呂場にいたんだっけ。
「碧波ー?」
「足りる、ありがとー」
それだけ言って、湿ったふわふわのタオルに顔を押しつける。朝賀家は毛足の長いタオルがお気に入りらしい。見た目に反して、ぐしょっとした感触。結構気持ち悪い。反して湯船は、冷えた体にとって非常に心地よい。このまま沈んでしまいそうだ。
「……帰りたい」
帰って最初にすること?そんなの、睡眠に決まってる。
「どう?何か思いついた?」
頭を拭きながら、部屋に大紫兄が入ってくる。入浴後とは思えない、すっきりしない表情。彼もまた、何も思いついていないのだろう。曇った眼鏡を剥ぎ取り、眉をひそめてタオルで拭いている。何となくつられて、自分の眼鏡を袖で拭いた。
「全然。考える気力もない」
「…龍馬の畳泥棒説でいいでしょもう」
「よくないよくない。絶対嫌、そんなふざけた事件」
「そうだけど」
「やっぱり、もう1回現場…に」
突然、足元が大きく揺れる。大紫兄が目を見開いてこちらを見ている。地震かな?
「…碧波!」
体を包んでいる、柔らかい感覚。羽毛布団だ。天井がぼやけている。眼鏡は大紫兄が外してくれたらしい。
「いつ振り?倒れたの」
「会話に段階つけようよ。まず今何時?」
「二十三時。二時間経ってる」
自分の溜め息が部屋に響く。
「半年。まぁ許容範囲でしょ」
「二時間しか経ってないってば。半年も寝てたら干からびてないのが奇跡」
「今のはいつ振りに倒れたって話」
「会話に段階つけようよ。まだ寝ぼけてるだろ、そのまま寝てな」
「寝るよ。後でね」
反動をつけて体を起こす。鈍く痛む頭を振り、眼鏡をかけた。いくらか視界が冴える。脳も。部屋を見渡す。布団がないスペースには、かつての現場と同じように畳が敷かれている。
…本当にそうか?
「…畳、不自然な体勢、床の跡、京都」
「ん…?」
眠たそうな大紫兄とは逆に、私の頭はすっきりと冴え渡る。ぼんやりと靄がかかっていた脳内に、氷のように冷たい風が吹く。考えが浮かんでは繋がる。重なる。そうして一つの推理が形を成していく。
やっぱり睡眠は大事だ。
「こんな時間に悪いんだけどさ、車出していい?運転するから」
「いいけど…どこまで?」
「時間がないから、話は車の中で」
きょとんとする大紫兄を横目にコートを着込み、車のキーを掴んだ。
「証拠品を消されちゃ堪んないもん。場所言うから、最短ルート調べて」




