畳を愛した死体_⑤
聞き込みを終え、再び現場へ。みかんを抱えて車を降りる。
「俺たち、そんなにみかんが好きそうに見えたのかな」
「見えてる気がする」
車を停める場所も気にせず食べ続けるくらいには。実際好きだし。
「龍馬と小園くんにもあげようか。何か進展があるといいんだけど」
現場の和室に戻り、龍馬くんたちと対面。そういえば、さっきは小園くんはいなかったけど…
「小園が聞き込みに行った流れで調べた。この辺りで畳を卸している店は一軒だけだ。そもそも多いものでもないだろうが」
「しかも見に行ったら、二年ほど前に廃業していました。あ、倉田茉弥からみかんを貰ったんです!お二人もどうですか」
「俺たちの両手も見てよ。大豊作だ」
貰った分を合わせると、小さなみかんの山ができた。輪になって座り、みかんをもぐもぐ。なんだか遠足みたいだ。死体は既に移動され、白い縁取りと畳が残されている。壁際には部屋の二辺をなぞるように、小さなタンスと三つの本棚。部屋の端には茶器と座布団、あと盆栽。床の間には花が活けてある。何となく、さっきよりも部屋が明るい。
「そこ開けたの?」
龍馬くんに聞くと、私が指差した縁側を振り返る。小さな庭園があって、ちょっとお洒落だ。
「換気しようと思ってな。奥庭が見えるだろう。風流なもんだ」
「あれも京都ならではなんだよな。そんなに京都が好きだったのか…」
みかんの房を分けていた大紫兄が、ふと動きを止めた。視線は少し離れた床に。
「どしたの?そこの荒床?」
「気付いてたか」
みかんを手に立ち上がる。二人してみかんを口に入れながら床に這いつくばるのを見て、龍馬くんが眉をひそめた。
「食べながらするな。行儀が悪いぞ」
「龍馬。家宅捜索のために動かした物は、全部元の場所に戻したんだな?」
「そうだ」
「この辺の家具も?ちゃんと戻した?」
「もちろんです。現場保存が龍馬さんのポリシーですから」
小園くんが得意気に胸を張る。
「じゃあ、この床の跡はどう考える?」
大紫兄の言葉に、龍馬くんも立ち上がった。残りのみかんを口に放り込み、タンスと本棚のそばに膝をつく。
畳に覆われていたことで綺麗なままの、つるつるとした荒床。しかし家具の下部分だけ、なぜか何年も住まわれたフローリングのように削れている。
「さっき鑑識も注目していた箇所だ。畳が敷かれていたのに、床に跡があるのは不自然だよな。それもこの部分だけ」
大紫兄が残りのみかんを頬張った。
「見つけてはいたのか」
「まぁな」
私も同じようにみかんを頬張る。
「でも見つけた『だけ』みたいだね」
「…まぁな」
「手詰まりなのか」
「………そうだ」
小園くんがみかんを食べながらぽてぽて歩いてくる。
「悔しそうですね」
「なんで他人事なんだお前は。歩きながら食うなッ」
だが、確かにこの事件は不可解がすぎる。畳を抱きしめるのってどんな時なんだろう。いい匂いだし質感も心地いいし、気持ちはわからないでもないけど。
「犯人は畳泥棒だ」
腕組みをして呟く龍馬くんに、大紫兄が嬉しそうな顔をしてみせる。
「わかってくれるの龍馬!」
「あぁ。那口邸の畳に余程の価値があったんだ。犯人は那口邸に押し入り、那口を殴って大人しくさせてからべりべりと畳を剥がしていく。一度畳の上に倒れた那口は朦朧とする意識の中、せめてこの一枚はと自分の下にあった畳を抱えたまま死亡したんだ」
殆ど私が最初に言ったのと同じだ。やっぱりそれが正しかったのかぁ。大紫兄もほくほく顔で頷いている。
「小園、報告しよう。もう畳泥棒説でいい」
みかんに夢中だった小園くんが顔を上げた。まん丸の目が、より一層まん丸になる。みかんみたいだ。
「えッ…いいんですか、そんなふざけた報告で!」
「ふざけてるとは何だ。大真面目だ」
「駄目です。龍馬さん顔が死んでますもん…そもそも」
小園くんは持っていたみかんの残りを飲み込むと、縁側を指差した。
「畳が狙いなら、ここから出入りすればいいじゃないですか。実際、開いてたのは玄関のドア。そんなの非効率です」
確かに、廊下にも価値のありそうなものはあったが無事だった。畳のためだけに玄関からあの長い廊下を通るのは非効率だ。私なら奥庭の塀を越えてでも縁側から入る。
「龍馬さん、一回休憩しましょう?疲れてるんですよ」
哀れむように見られ、目を閉じた龍馬くんのこめかみがぴくぴくと痙攣する。
「確かに疲れてそう」
「あれはイライラしてるの。俺たちも行こう」
廊下を歩きながら、飾られた大きな写真たちを眺める。
鹿苑寺金閣、銀閣寺、伏見稲荷大社、二条城…どれも京都の観光名所ばかりだ。立派な額縁に入れられてある。
「きのうの二十一時三十分から二十二時頃、那口卓造は撲殺された」
前置きもなしに事件の整理を始める。隣から声が返ってきた。
「現場は那口邸の和室。広さ六畳。しかし畳は一枚を残して全て剥がされ、那口の死体はその一枚を抱えていた。玄関の鍵が開いていたことから、発見に至った」
「事件の鍵になるのは畳だね。那口が畳を抱えている理由がわかれば、犯人もわかるはず」
玄関に近付くにつれ、風とともに外の冷気を感じる。大紫兄がコートのファスナーを閉めるのを見て、私も一番上のボタンを留めた。
「それをどう解くかだなぁ…龍馬もあんなんだし」
「今回の探偵役は小園くんにあげようか」
「あり」
敷地を出て車に乗り込む。突然何かを思い出したような顔で、大紫兄がハンドルを握りしめた。
「探偵のこと、家族に言った?」
「言うわけない」
「だよな。今日どうするの?」
「ホテル?ネカフェ?あ、車中泊」
「俺帰るよ」
「どこに」
「実家」
…なんだと?いつの間に。
「探偵のこと言ったの?」
「言ったよ」
「……ウラギリモン」
「なんでよ。行くよ」
笑いながらエンジンを掛ける大紫兄。勝手にいじけながらシートベルトを着ける。
…行くよってなんだ?
車が見慣れた一軒家の前に停まる。玄関の前には、ご機嫌で手を振る大紫兄のお母さんの姿があった。




