畳を愛した死体_⑦
車に乗り込み、エンジンをかける。寒い寒いと嘆きながら、大紫兄が助手席のシートベルトをつけた。二人ともコートの下はスウェット。確かにすごく寒い。セットされたスマホの画面に、ナビが出ている。
「……まずは、これから行く場所にある証拠品が何なのか。証拠品は畳だよ。それも京間の畳」
「京間…そういうことか!」
悔しそうに大紫兄が膝を叩く。少し得意になった私の笑みが、暗くなった大紫兄のスマホに映った。
「那口は京都に憧れを持っていて、あらゆる場面で京都を意識していた。着物を着たり、お茶を点てたり、廊下にも名所の写真がいくつもあった。食べる物もいつも京料理。京都府民の中でも一部の人間しかしてない生活だろうけど、自身が思う京都の人間と同じ生活を楽しんでいた。そんなに京都が好きなんだったら、和室の畳もこだわってなきゃおかしいよね。
関東を中心とした地域の和室に使われている畳は江戸間。面積は約一・五五平方メートル。対して京都を中心に関西で使われている畳が京間。面積は約一・八二平方メートル」
「…じゃあ、あの床の跡は」
「そう。那口は、家を買った時点での和室の畳を剥がして、京間の畳を敷いていたんだと思う。
ただ、江戸間の畳を使っての六畳は九・二七平方メートル。京間の畳を使っての六畳は、一〇・九四平方メートル。当然だけど、使う畳が違うと六畳の広さも変わる。元々の六畳の部屋に、京間の畳を六枚も敷きつめることはできない。敷かれる畳の枚数は必然的に少なくなる。だけど、枚数が減ったとて元の床を違う大きさの畳でぴったり埋めることは不可能。
よって那口邸の和室には、端の方に畳のない中途半端な空間があったはず。それがあの跡だ。かなり削れていたことからして、あの跡は家具で隠されるわけでもなく、荒床がそのまま出てたんじゃないかな」
「京間の畳があったことを誤魔化すために、後から犯人が家具を置いた?」
「うん。でも部屋の真ん中にあった畳は、私たちも見慣れた江戸間のものだった。わざわざ京間の畳の部屋に、江戸間の畳を置く意味は?ここまでの説を踏まえると、こう考えるしかない。『那口は江戸間の畳の上で殺害され、畳ごと那口邸に運ばれた』」
車内が温まってきた。私の頭の中は、まだ冷たいまま。
「犯人は、自分の家で那口を殺害。その時に、畳に血がついてしまった。
証拠隠滅の方法で思いつくのは二つ。一つは、血のついた面を下にして畳を敷き、そのまま使い続けること。もう一つは、血のついた畳を那口の家の畳と交換すること。この辺で畳を卸しているのは一社だけ。なら、那口邸でも同じ畳を使っている可能性が高いと踏んだ。よって、より隠蔽が確実なのは後者。現場の偽造も可能なことから、犯人は畳を交換することを選んだ。
山奥の一軒家に行くのに、人の目を気にする必要はない。犯人は車に那口と畳を乗せて那口邸へ向かう。ただ、ここで問題が起きる。車に乗せた畳に余計な傷や汚れがつけば、交換した時に他の畳から明らかに浮いてしまう。だから、床に畳が落ちないよう、那口の死体に畳を『ちょっと持ってて貰った』。クリップの要領で、那口の両腕に畳を挟む。…那口の死体はどうなる?」
「…その状態で硬直が進む」
「そう。もちろん、最初は普通に死体を寝かせたかったはずだよ。でも、思い通りにはいかなかった。不自然な形で硬直した死体は、畳を抱きしめた体勢が一番収まりが良かった。結果的に、ただの殺人事件は変死体を作り出した」
車が交差点で停まる。大紫兄はナビを確認しながら頷いた。
「那口邸の和室に入って、犯人はガッカリしただろうな。畳の交換はできなかった。大きさが全く違うから。運ぶ間に死体から出た血液が畳の裏表についてしまったから、そのまま畳を持って帰って使うこともできない」
「その畳は置いて行くしかない。代わりの畳を拝借することも諦めざるをえない。ただ、そのまま死体と畳を置いていくわけにもいかない。犯人は部屋の畳を全て剥がして、畳がなかった部分についている床の跡を隠すために、他の部屋のタンスと本棚を置いた。問題は、その犯人が誰なのか」
「車がない茉弥とその夫は除外される。警察が絞った容疑者の中で車を持ってるのは、秋元賢吾と立木陵」
「一人暮らしの立木は除外。自分の家や那口邸から畳を運ぶ作業と、家具を運ぶ作業を全部1人でやったとは考えにくい。共犯者を用意していた線もない。衝動的な犯行だったはずだから」
「どこからわかった?」
「自分の畳を汚したり、死体をおかしな形で硬直させたり、畳のサイズに振り回されたり、上手くいってなさすぎるから。計画してたなら最初から那口邸で実行すれば良かったし、那口邸のことも事前にちゃんと調べたはず。自分の家で実行したとしても、畳のサイズの違いにあたふたするはずがない。仮に計画的犯行でも、立木が自分の家に共犯者や那口を呼んでいたとは考えられないし」
「そうだ…ゴミ屋敷だったな、立木の家。誰も呼べないし、ドアが内側からしか開けられないから押し入ることもできない。そもそも、畳が汚れたところでゴミに隠せる。じゃあ…」
「犯人は、秋元賢吾と秘書の松戸竜司。土地の下見はとっくに終わって、本来ならもう家にいる頃だと思う。警察だけじゃなく探偵まで動いてるとわかった今日は、必要物を持ってもう一度来るはずだよ。広いうえに人気のない場所だからね」




