不可解過多の連続殺人_⑤
「痛いよぉ…もう依頼いいよ、帰ろうよぉ」
ぐしぐし泣きながら歩く大紫兄にハンディファンを貸してあげる。痛くて泣いているというより、二度重なった追い打ちが悲しくて泣いているようだ。
こんなに落ち込ませてしまうとは。悪いことをした。
「ごめんね。帰ったら湿布貼ろ」
「そんないいもの、うちにはないでしょぉ」
「ないねぇ」
「小園くん、見た目通りの力の強さだったんだけど…ぽんっ、の重量じゃなかった」
確かに、どんって感じではあったけど。本人は大紫兄を励まそうとしただけなんだろうけどなぁ。力加減は覚えて欲しいかもなぁ。犯人ともみ合った時に相手の腕とかへし折りそうだし…
とぼとぼ歩く大紫兄に合わせているため、片道三十分の道を四十分ほどかけながらスーパー『フリマ』に辿りついた。大紫兄も、いくらか平静を取り戻したようだ。
「湿布買おうか。あと冷たい飲み物」
「ツバつけとけば治るよ。飲み物だけ買おう」
「打撲にも効果あるの、それ?」
てか汚いだろ。やめてくれ。頼むから。
「湿布は絶対買おうね。ついでに話聞こうよ。宮沢を見たっていうバイトくんに」
自動ドアを抜け、店内へ。空調が効いていて快適な空間だ。人はやはり少ない。元々人の少ない地域のようだ。湿布とサイダー二本を手に、レジに向かう。
「誰が宮沢を見たバイトくんなのか、俺たち知らないよ」
「今日シフトが入ってるのは確実でしょ。聞いたら教えてくれるよ」
レジに商品を持って行くと、大あくびをしていた男性店員が慌てて背筋を伸ばした。大学生くらいだろうか。赤に近い茶髪は、精一杯毛先を遊ばせてある。耳には大きな輪っかのピアス。チャラチャラした見た目だが、イマイチ馴染んでいない。いかにも今年の春に大学デビューしたばかりといった雰囲気だ。接客の丁寧さが、彼が頑張って上辺だけをチャラくしているのだという説をより有効にしている。
「ありがとうございましたー。そこのアパートで事件あったみたいなんで、気をつけてくださいね。夜は特に。街灯なくて暗いんですよ、この辺」
「知ってる知ってる。君はどこまで聞いてる?」
高野と書かれた名札をつけたその店員は、商品を受け取った大紫兄に聞かれて怪訝な顔をした。
「事情聴取されたんで、それなりには…お兄さんたち、警察の関係者とかですか?」
「一応、探偵をやっていて。聴取されたなら、あなたがきのうの夜に被害者を見たっていうバイトくん?」
「そうです。宮沢さん、顔見知りだからびっくりしてて」
見ず知らずのバイトくんを探す手間が省けた。今日初めての成功体験だ。
「きのうのこと、俺たちにもう一回話してくれないかな」
高野は店内を見渡し、新たな客がレジに来る様子がないことを確認すると口を開いた。
「きのうは夜の九時二十分に上がりで、九時三十分に店から出ました。そのときに、宮沢さんと会ったんです」
「アパートに向かって歩いてたのか」
「です。ちょうどどこかに行って帰ってきたんだなぁと思ったんで、普通に『こんばんは』って挨拶を。でも宮沢さん、顔を引き攣らせて『どうも』だけしか言わなかったんです。いつもは誰にでも愛想よく挨拶してくれるんですけど」
「それ以外に、何か変わった所は?」
「とにかく汗だくだったことですかね。歩き方は普通だったんですけど、疲れ切ってる感じでした。まぁ、この暑い中歩いてたって考えたら不思議じゃないかも。それで…あ、店の前のごみ箱にペットボトルを捨ててました。知ってるのはこれだけです」
「君、同じアパートだろ。その後の様子は知らないの?」
「コンビニに寄ったんですよ。今朝の朝食を買って、そこのバイトに友達がいるんで喋って…結局、帰ったのは二十二時くらいなんです」
消えたな、高野犯人説…善意の証言者に失礼なことを考えながら隣を見ると、大紫兄は残念な気持ちを隠そうともしないで顔をしかめていた。どうやら、高野犯人説でいこうと決めていたようだ。目が死んでる。
「…なるほどね。ありがとう」
「役に立ちそうですか」
「あー…推理が始まればわかることだ」
顔が死んでる大紫兄を置いて、食品売り場を見に行く。あんまり安くないな、ここ。いくつか野菜を手に取り、また戻す。そんなことを繰り返していると、レジの方から高野の話し声が聞こえてきた。
「殺人事件を扱う探偵とか、本当にいるんですね。探偵やってるって聞いたときはなんの冗談かと思いました。ご兄妹で、だいぶ変わった仕事選ばれたんですね。収入安定してる仕事の方が安心じゃないんですか、会社員とか」
「今の仕事は、俺たちが出した『答え』だ」
ぽやぽやしてる普段とは違う、低い声が聞こえる。
「あんたに茶化される筋合いはない」
レジの方を見ることはしない。大紫兄がどんな顔をしているのかは想像がつく。正確には、彼のそういった顔は見せられたことがないので想像するしかない。
トマトをいくつか見比べ、これも近所のスーパーの方が手ごろなのでやめた。推理さえ上手くいけば外食は決定なのだから、料理をしなくて済むのだ。売り場から離れ、大紫兄の隣に戻る。
「あと、俺と彼女は兄妹じゃない。そこ間違えるな。証言より重要だ」
「証言の方が重要だって。お待たせ、行こう」
「兄妹じゃない…?じゃあ一体何…」
今度は負傷していない方の腕を引いて店から出る。自動ドアが閉まるなり、大紫兄が不貞腐れた顔でサイダーを煽った。
「ふんッ。二度と行くもんかい」
「生活圏外だから行かないよ」
涼しい場所にいただけあって、容赦なく降り注ぐ日差しがこたえる。仮に野菜が買えていたとしても、これではすぐにしなびてしまいそうだ。
「龍馬くんにもサイダー買ってあげれば良かったかな」
「あいつなら既に箱買いしてるんじゃないかな。…ほら」
大紫兄の指差した先には、段ボール箱に入ったラムネを抱えて私たちを待ち構える龍馬くんの姿があった。
「サイダーの後で悪いが、とりあえず飲め。差し入れだ」
エアコンの効いた部屋の中で、龍馬くんから受け取ったラムネを傾ける。カランと動くビー玉の音が涼しげだ。周りの捜査員も嬉しそうに瓶を握りしめている。
「福利厚生がしっかりしてるな、おたくは」
「俺の嗜好を押し付けてるだけだ。全員巻き込めば、殺人現場で好きなもの食ってても不謹慎じゃないだろ。俺の現場はおやつ食べ放題だって、陰で評判らしい。因みに昼食はピザだった」
「校則をかいくぐる生徒みたいなことしてるんだ」
「そんなとこだ。器用にやらないと殺人の捜査なんてやってられない」
龍馬くんが残りのラムネを飲み干し、段ボールに瓶を戻した。
「お前らもそうだろ。沢山の答えを作って、目を瞑って、繕いながらやってる」
「…私たちは、ひとつの答えに向かう途中式を解いてるだけだ」
照明を受けるビー玉を透かし見る。光っているはずなのに、全体的に暗い。厚い瓶に覆われているせいかも知れない。これが割れれば、もっと綺麗に光るビー玉が見られるのだろうか。
「全部、中途半端のままだよ」
脳裏に貼り付いた映像が、また鮮明に浮かぶ。血塗りの壁と、動くことのない体。どんな生き方であれ、それまで活き活きとしていた人間が、あるとき突然冷たい死体になる。
残酷で、呆気なくて、容易くて、動機さえあれば誰にでも機会がある。殺人なんて、そんなものなのだと思う。
もし春のことがなかったとしたら、私たちの形は今と全く違うものになっていたのだろう。
死んで欲しい相手なんて腐るほどいる。
殺人犯とそうでない人の違いは、自分が手を汚してまで相手を消したいと思うかどうか。そこまでの殺意があるかどうかだけなのだ。今の私には、そのたったひとつの違いが大きなものだとは思えない。
「とはいえ、今回の事件はきっちりカタをつけないとな。どうだった、そっちの成果は」
龍馬くんの声で、思考から引き戻される。空の瓶を段ボールにしまい、ジレの皺を伸ばした。
「特に変わった情報もなかったと思う。振り出しから動けてない。大紫兄が怪我したことくらいかな」
「ほー、そうか。どこだ?ここか」
「痛いっつーの!お前は!なんでわかるんだよッ!」
肩をぐりぐり指圧され、大紫兄が叫ぶ。小園くんにやられたときも、同じように叫びたかったに違いない。
「警察はどうなんだ。なんかあったなら、もう言ってるよな」
「何も進展していない。悔しいがお手上げだ」
「どっこいどっこいだな。もう帰ろうか、碧波」
「ここにいるほうがいいんじゃない?エアコン代節約できるし」
「名案!いっそ泊まっちゃう?」
「正気か。事故物件だぞ」
「不謹慎さを突っ込めよ」
「自覚あるなら尚更やめろ」
龍馬くんが、真っ直ぐ玄関を指差した。
「謝礼払うんだから電気代ケチるな。時間かかるなら帰って推理してくれ」




