不可解過多の連続殺人_④
「仮に指紋の話を考えないとしたら」
平日の昼下がり。事件のことなどなかったかのように、街は静かだ。あるいは、事件におびえて静まり返っているのだろうか。
「この事件、怪しい人が一人いない?」
「いるね。北川が紹介された社長令嬢。確かに彼女にとって宮沢の存在は邪魔だったかも知れないけど、それは北川への恋愛感情があればの話じゃないかな?結婚は父親である社長が勝手に決めて進めようとしていること。だとすると動機が……いや、あるな」
「うん。宮沢の方はともかく、北川殺しの動機はあったと思う」
「北川がいなくなれば、婚姻を強要されなくて済む。…じゃあ宮沢殺しの犯人は別にいるってこと?」
「いや。宮沢が、その場面を見ていたとしたら」
人の気のない路地には、私たちの声がよく響く。近隣住民に聞かれているのではないかと、若干の不安を覚えるほどだ。事件の場面を想像したのか、大紫兄の顔が強張った。
「口封じか…」
「よく考えれば、親しい中じゃなくても宮沢殺しは可能だったんだよ。招かれなくても家に押し入ることはできる。親しくないから合鍵がない。だから逃走するとき、鍵は開いて…あ、駄目だ」
「駄目だね、逃走経路がない。いい線いってたのに!」
二人して空を仰ぐ。太陽光がもろに目に入って痛い。残念でした、と言われたような気分だ。
「ちなみに逃走経路の問題がなかったとしたら。宮沢は明らかに入浴前だった。北川殺しの場面に遭遇した宮沢が一時間近くも後に、しかも脱衣所で刺されていたことは、どう考えてたの?」
「えーと、犯行現場が脱衣所だっていうのは偽装だ…と、思ってた……」
「別の場所で刺した遺体を風呂場に運び入れて、靴下を脱がせる…?」
「そんなことをする必要性がないでしょ。全部ボツだよ、この推理」
前髪をかき上げると、額に汗がびっしり浮かんでいたことに気付いた。かれこれ三十分ほど『散歩』しているのに、全然推理に進展がない。結局何から推理すればいいんだ。指紋よりも逃走経路の問題が先か?
「…別の場所で、ね……」
大紫兄は大紫兄で何か掴みかけているらしく、ぼうっとし始めた。こういう大紫兄の顔を何度も見たことがあった。
何も考えていないようで、その頭の中では物凄い速度で考えが巡らされているのを知っている。それはまるで、いくつもの歯車が合わさり回転していくかのように。とりあえず私は地面を指差し、直近で彼に迫っている危機について知らせる。
「そこガム落ちてる。踏むよ」
「ん?うお、危なッ!」
慌てて足を上げた大紫兄は、結局バランスを崩して電柱に右肩を強打した。
「うぐッ」
「あーあー…痛そう」
「痛い…」
涙目で訴える大紫兄。打撲の痛みから気を逸らすべく、適当に近くの建物を指差す。
「ほらほら、綺麗なマンション!警察もいっぱいいるよ」
「…小園くんがいる。小園くんの部屋で流しそうめん大会でもしてるんじゃないの」
「暇か」
いや、警察が暇なわけがないのだ。殺人事件の捜査中だろ。適当に捕まえた捜査員の資料を覗き込み、書かれている名前を読み上げた。
「小園くんの部屋じゃないよ、北川って書いてある…北川⁉」
突然たどり着いた目的地に戸惑いつつ、大紫兄の腕をぐいぐい引っ張る。
「着いたよ大紫兄、北川の家だよここ!」
「痛い痛い痛い!肩打った方の腕だからそれ!」
騒いでいるうちに、ガチャリと手前の角部屋のドアが開く。
「あ、お二人ともお疲れ様です。朝賀さん、なんかあったんですか?」
出迎えてくれた小園くんが、大紫兄のげっそりした表情を見て眉を下げる。
「あ、大紫兄はたぶん大丈夫。小園くん、宮沢の部屋にいないと思ったらこっちにいたんだね」
「そうなんですよ。こっちは大して奇妙なこともない、普通の現場なんですけど…」
靴を脱いで玄関から入る。発見時、鍵は開いていたらしい。リビングが現場のようだ。死体のあった場所には、例によって白いテープの縁取り。
カーペットには皺が寄り、机の上にある二つのコップが倒れ、流れたお茶が染み込んでいた。来客があったのは確か。それが犯人で、襲われた被害者が抵抗したのも確かだろう。
それ以上の気になる点は何もない。遺体の写真も、普通の仰向けのもの。腹を刺されたようで、白いTシャツには赤い染みができている。血だ。嫌だ。
「うわぁ、血出てる」
「そりゃ出るでしょうよ」
宮沢宅でのやり取りを知らない小園くんが首を傾げる。
「まぁそうなんだけど。…普通、だね」
「でしょう?こっちの犯人さえわかればいいんですけど、指紋も何も残されていなくて…ま、めげずにお互い頑張りましょうね!」
「ぐあッ」
ぽんっ、と笑顔の小園くんに肩を叩かれた大紫兄が、のけぞって悶絶した。




