不可解過多の連続殺人_⑥
「何から解くかなぁ。大紫兄、何か思いついた?」
家に帰り、リビングのソファーに座る。買ってきた湿布を袋から出し、フィルムを剥がした。部屋のひとつを改修して作った事務所は、依頼人と会う時にしか使わない。部屋の雰囲気が応接間すぎて落ち着かないのだ。一応自分たちの家ではあるけれど。
「気になることがあるような、ないような…いてててて」
中途半端に脱いだポロシャツに絡まった大紫兄が、苦悶の表情を浮かべる。表向きのまま脱ごうとした律儀さが仇となったらしい。湿布を片手に持ち、もう片手でポロシャツを剥ぎ取る。半裸になった肩が赤くなっていた。ほっそ。
「筋肉あったらマシだったかもね。諦めてガム踏むとか」
「ガム踏むよりは怪我したほうがマシだ」
そういうもんか?
湿布を貼り付け、頭からポロシャツを被せる。もぞもぞと袖を通す大紫兄に投げかけた。
「1回、整理しよう。きのうの二十時から二十時三十分ごろ、北川悟朗は何者かによって自宅で殺害された」
「部屋には争った形跡。発見時、現場には鍵が掛かっていなかった」
「そして二十一時から二十一時三十分の間には、徒歩三十分離れた自宅で宮沢優香が殺害されている。ただ二十一時三十分に帰宅していく宮沢を見た人物がいることから、こちらの死亡推定時刻は二十一時三十分頃に絞られた」
「現場に争った形跡はなし。発見時、鍵は開いていた。そして逃走する犯人の姿を目撃した人はおらず、防犯カメラにも映っていない」
「北川と宮沢は同じ凶器によって殺害されている。しかし宮沢の死体の側にあったその凶器には、北川の指紋がついていた」
「ただの連続殺人事件にしか思えない。…犯人さえいれば。ただ、その存在すら怪しくなってる…それに、指紋の問題。これが推理の邪魔をしてる。俺たちは、何を見落としてるんだ?」
くしゃくしゃと頭をかき回しながら、大紫兄が机に置かれた二本のペットボトルに目を落とす。とっくにサイダーは飲み切り、中身は空だ。
「空だよね、これ。なんでここにあるんだっけ」
「ふたりとも捨てるの忘れてたんだよ。帰ってくるまでの道に、ごみ箱あったんだけどね」
「ごみ箱にペットボトルを捨てたんだよな、宮沢は。…中身はなんだったんだろう」
「空なんじゃないの」
「いや、わからないよ。だって夜の9時半だよ。ただでさえ街灯もなくて見えない中、人の顔以外に何かをわざわざ認識しようと思う?」
「思わないけど。でも中に何か入ってるなんて想像でしか…あ、大紫兄?」
「二回目の成功体験をしに行こう、碧波」
車のキーを掴んだ大紫兄が、片目を瞑った。
「ほんとにあると思ってるの?」
「ある。ないと推理が進まない」
スーパー『フリマ』のごみ箱の前。意気揚々と頷く大紫兄を見て、溜め息をつく。こうなった大紫兄は、誰にも止められない。
「ある前提で探せばいいってことだね」
「そういうこと。いざ、宝探し!」
意を決して蓋を開け、ごみ箱を覗き込む。手袋をはめた手を突っ込んだ大紫兄が、ペットボトルを選別し始めた。何を探しているんだろうか。中身があるとして、飲み残しじゃないのか。いや、こんな暑い中で飲み物を残してペットボトルを捨てるなんてことあるか?
「あった!」
「ひぃ」
狭いごみ箱の中で、大きな声が反響する。顔を上げた大紫兄の手には、麦茶のペットボトルが1本握られていた。中身は液体じゃない。半透明のビニールに見える。その一部が、赤く染まっているように見えた。
「それ」
「うん。証拠品だ…これがあれば」
「…全部、説明がつく」
満足げな顔の大紫兄が、笑みを浮かべてこちらを向いた。
「今晩の外食、明日のお刺身、あさっての焼肉。全部確定だ」




