10-15.新姉妹怪人
ジュンの身に起きた悲劇とウェイトレスの紹介が行われ、恐怖さんに対する不信感が支部全体を包み込むこととなった翌日のこと。
拭い切れない不安に思い悩みながら、ミトは重々しい朝を迎えていた。眠ったのかどうかも定かではなく、身体の奥底にへばりついた疲労が鉛のように感じる。
このままで本当に大丈夫なのか、という疑問が首を擡げ、ミトの中の不安を助長するが、それを止める方法も、解消する方法も、今の支部にはなかった。
ミトが起床した段階で、部屋の中には一人だった。ヤクノの姿も、コマザワの姿もなく、そのことにミトは少し安堵する。
コマザワはまだいい。軽く挨拶を交わして、毛並みを確認するくらいのコミュニケーションで済むだろう。それくらいのことなら問題ない。
問題なのはヤクノの方で、ミトはヤクノとの接し方を考えれば、静かな頭の痛みを覚えるようだった。
今の支部の暗い雰囲気の中では、ヤクノのあまりに強く、あまりに鋭い意思は凶器のようですらあった。その前に立って、軽く言葉を交わそうものなら、その鋭利な刃先に身体を貫かれてしまいそうで、ミトは不安に並ぶほどの恐怖を覚えつつあった。
取り敢えず、朝は会話せずに済んだ。それが永遠に続けられるものではないと分かりながらも、今のミトはそう思い、どうしても安堵してしまう。
どのように接すればいいか――その手前に、今の支部の雰囲気をどう思えばいいのか、という疑問もぶら下げて、ミトは部屋を後にする。鉛のような身体の重さは、いつの間にか頭に移動し、そこで首が折れそうなほどの悩みと化している。
やがて、階段まで移動したミトが一階に降り、リビングに通じる扉に近づいた時のことだった。リビングから少し騒がしい声が聞こえ、ミトは思わず足を止めていた。
女性の声だった。それも二人。ミトの聞いたことのない声だ。誰かと話している。一人はカシマのようだ。もう一人は誰だろうかと思い、ミトは思わず息を呑む。
恐怖さんだ。そう気づいたら、伸ばしかけた手を止めて、扉の前でミトは固まっていた。どうしようかとミトの中で迷いが膨らみ始める。
が、それも少しの間のことだった。その場を離れようと決める前に、扉の向こうから聞こえてくる声に耳を傾けて、ミトは部屋に入ろうと覚悟を決めていた。
そう思ってしまうくらい、カシマの声はいつもと違っていた。明らかに取り繕った――明らかに無理をした――気持ち悪いとすら思ってしまう声だった。
そのような声を出すしかないカシマを一人にしてはいけない。ミトはそう思った。
ドアノブを握り、扉を開ける。扉の向こうのリビングの景色には変わりがない。
ただ見覚えのない人影が二つあった。恐怖さん、それから少し離れたカシマ、その二人の正面を取る位置に、二人の女性が座っていた。
ミトより十個くらいは年上だろうか。かなり大人びて見える二人の女性は、どこか似た雰囲気をまとっていた。
少し考えて、もしかして姉妹だろうかとミトが思った時に、恐怖さんの目がミトに向く。
「やあやあ、ミトくん。おはよう。今日も元気かね」
「ええ、はい……まあ……」
戸惑いながら、ミトは恐怖さんに頭を下げて、見慣れない二人の女性を見やる。
どのように振る舞うのが正解かと思い悩みながら、ミトは自然とカシマの隣に座っていた。
「二人は初対面だね。この子が例のミトくんだよ」
例の。そういう言葉が頭につく時、大概、その噂は悪いものだ。その思い当たる節がいくつもあり、ミトは引き攣った顔をする。
笑おうとしたが、流石に笑えなかった。
「ミトくんにも紹介しよう。彼女達は鯖織神社支部に身を置く怪人姉妹さ」
そう言いながら、恐怖さんは自身に近い女性を手で示した。暖かくなってきたとはいえ、まだ肌寒い日も多い中、ノースリーブの服を身にまとった女性だ。
「彼女は妹の禾常のぞみさん」
恐怖さんの手がその奥にいる女性を示す。そちらはノゾミとは反対に、部屋の中でも季節外れのジャケットを身にまと、見るからに暑そうな格好をしていた。
「彼女が姉の禾常のどかさん」
恐怖さんからの紹介を受け、二人がミトに頭を下げて、改めて自身の名前を名乗ってくれる。それに応えるようにミトも頭を下げて、改めて自身の名前を告げていた。
「二人は今度の一件に参加するために来てくれたんだよ」
恐怖さんがそのように告げ、ミトは昨日のことを瞬間的に思い出してしまう。拭い切れない不安が再び膨らみ、そこに飛び込んできたノゾミとノドカのことを見てしまう。
「何ですか?」
その視線に気づいたのか、ノゾミがそのように呟いた。
「何か嫌らしい目で見てますか?」
そのように言いながら、自身の腕を隠すように手を伸ばし、ミトは慌ててかぶりを振る。
「そ、そんなことは……!?」
「ノゾミさん。安心してください」
そこでカシマが横から助け舟を出してくれる。
「このミトくんはジュンと同じ類で、動物に興奮するタイプです。人間には興味ありません」
「ちょっと待って……!? その説明だと誤解が生じない……!?」
助け舟かと思ったら、追い打ちだったカシマの説明を受けて、ノゾミの表情は一層険しく、警戒心の籠ったものに変化していた。
逢って早々、より溝が深まってしまったとミトが絶望する中、不意にノゾミの表情が変化する。
「あれ? そう言えば、ジュンくんは?」
そう言ったノゾミの一言を聞いて、ミトとカシマの表情が曇る。そのことに気づいたのか、ノゾミの怪訝な目が二人に向いた時のことだった。
その隣で、ノドカが不意に口を開いた。
「ところで、他の怪人はまだ集まってないんですか?」
ノドカが恐怖さんに目を向けながら、そう質問する。
恐怖さんはノドカの視線に戸惑う様子も、迷う様子もなく、すぐに首肯していた。
「ああ、まだ合流する予定ではあるんだけどね。少し到着が遅れているようだ」
「それは人数が多いからですか?」
「いいや。単純に少し遠く、向こうの支部との折り合いがあるだけだよ。人数はあと二人だけだね」
恐怖さんが何気なく言ったその一言に、ノドカの表情は一変していた。ノゾミも表情を強張らせている。
「二人? 合流する他の怪人は私達以外に二人しかいないんですか?」
「まあ、仕方ないでしょう? この支部から近い支部で、尚且つ、支部の活動に影響が出ないように送り出せる人数と言えば、それくらいになるよ」
恐怖さんはあっけらかんと言っていたが、それがどれくらい問題なのかはミト達でも分かった。
ただでさえ、この支部が抱えている雰囲気は最悪になりつつあるのに、そこに加わる戦力も少ないとなれば、ミトの中の不安は否応なしに膨らんでしまう。
「まあ、でも、安心してよ。ちゃんと補強はしてあるから」
「補強?」
恐怖さんの一言に、ノドカとノゾミが怪訝げに眉を顰めたタイミングのことだった。
ミト達の背後でリビングの扉が開いて、軽快な足音が飛び込んできた。
「掃除完了しました! 次は何をしますか?」
片手にバケツを持ち、片手に箒を持ったウェイトレスが開口一番、そう告げる。それを聞いた恐怖さんはすぐにリビングの外を指差した。
「二階にいるサラさんに聞きたまえ」
「分かりました!」
ウェイトレスが元気に返事をして、再びリビングから飛び出していく。
その後ろ姿を見送り、ミト達が視線をノギツネ姉妹に戻すと、二人の表情が信じられないほど険しいものに変わっていた。
「組合長。今の子は見間違いでなければ、超人ではありませんか?」
「ああ、そうだよ。ウェイトレスという名前の超人だった子だね」
「その超人がどうして、ここに?」
「簡単なことだよ。怪人になったということさ。怪人組合のね」
恐怖さんはさも当然のように言っているが、ノドカとノゾミはそれだけの説明で納得いっていない様子だった。
どういうことかと疑問を持った目がミトとカシマの方に向き、二人の微妙な表情に気づいたのか、少しずつ眉間の皺を深くしている。
もしかしたら、何も語らずとも伝わってしまったかもしれない。
そのように感じながら、ミトは支部全体に漂う、暗く重苦しい雰囲気の中に、目の前の二人を巻き込んでしまった事実を、どうしてか申し訳なく思ってしまっていた。




