10-14.燻ぶる火種
帰宅して早々、ヒマリはシトに紙とペンを要求した。シトが部屋の奥から持ち出してきたノートとペンを手に取り、そこに半ば箇条書きのような形で、ヒマリは持ち帰った情報を書き込んでいく。
ヒマリは少なくとも、ミライが見つめていたモニターに表示されていた情報は正確に記憶していた。それらを書き連ねてから、周辺のモニターにあった切れ端のような情報を追加し、頭が空っぽになったタイミングでペンを置く。
「これがトムから入手できたフェリーマンの情報だ」
そう言いながら、ヒマリは情報を書き終えたノートを掲げる。シトとジッパはテーブルにつきながら、そのノートを覗き込み、上から順番に書かれた文字を読んでから、不意に動きを止めていた。
一瞬、二人は目に見えて驚きの色を顔に浮かべてから、ちらりと横に視線を向け、互いの様子を確認している。
その様子にヒマリが納得していると、部屋の片隅で丸まっていたブラックドッグが身を起こし、ヒマリの足元まで歩いてきていた。
「おい、犬の目線に合ってないぞ」
「飛べ」
「無茶言うな」
ヒマリは仕方なく、ブラックドッグの足元にノートを置きながら、シトとジッパの様子を確認する。ヒマリ達が帰ってきた時から、明らかに二人の表情は変わっていたが、だからと言って、二人が何かを言う様子はなかった。
「これだけか?」
足元でノートを眺めていたブラックドッグが呟く。
「こんな情報で個人を特定しろと?」
「まあ、普通に考えたら無理だ。いくつか特徴はあるが、そもそも、それらの情報もダミーが含まれているらしい」
「ダミー?」
「フェリーマン本人が流しているダミー情報があるらしい。木を隠すなら森の中、情報を隠すなら情報の中ということだろう。いくつかダミーであると判明した情報は除外したらしいが、まだ残っている可能性の方が高いそうだ」
情報の鬼であるトムを以てしても、フェリーマンの特定は未だにできていないところから察するに、どれだけフェリーマンの情報を集めたとして、ヒマリ達がその尻尾を掴むことは不可能だろう。
本来なら。
「なら、結局、何も分かっていないのも同然じゃないのか?」
わざわざトムの元まで向かって、無駄足だったのかと言わんばかりに眉を顰めるブラックドッグを見下ろし、ヒマリはかぶりを振りながら、ノートに書かれた一つの情報を指差していた。
「問題はこれだ」
「アクセサリー?」
ヒマリが指差した情報は、フェリーマンが身につける特徴的なアクセサリーに関するものだった。
弁護士バッジが弁護士であることを証明するように、そのアクセサリーがフェリーマンであることの証明となるらしい。
これこそダミー情報であるのではないか、と何も知らなければヒマリは考え、ブラックドッグもそう思ったらしいのだが、この情報にこそ価値があった。
「古銭を繋げたアクセサリー。こいつをミライが目撃したらしい」
「何?」
ブラックドッグが顔を上げ、ミライに目を向ける。見つめられたミライは首肯し、ブラックドッグは改めてノートに書かれた情報を見つめる。
「今、流行りのアクセサリーじゃないよな?」
「文字からでも渋さの伝わるアクセサリーが流行ると思うか?」
「ということは、そいつがフェリーマン……」
「の可能性が高い」
もちろん、アクセサリーの情報がダミーである可能性はある。そのアクセサリーを持っている人物がフェリーマンである確証はない。
だが、アクセサリーの存在自体が嘘ではないということが、その情報の信憑性を自然と上げていた。
「フェリーマンが特定できれば、間接的にヴァイスベーゼ、酒鬼組を捉えられるかもしれない。俺はそのミライが目撃した場所に向かおうと思う」
その案内役が必要であると思いながら、ヒマリの視線はシトに向いていた。シトはヒマリに見つめられたことで背筋を伸ばし、表情を少し強張らせている。
そのことにヒマリを見ていたブラックドッグが気づく。ブラックドッグの視線はヒマリを追って、シトに渡り、そこで見せるシトの表情や同様に変化するジッパの様子から、何かを察したのか眉を顰めている。
「お前達も知っているのか?」
ブラックドッグがシトとジッパに聞いていた。
シトとジッパはその問いかけに反応し、思わず目線を逸らしているが、それ自体が既に答えだった。
「どうして話さない?」
ブラックドッグがそう問いかけるが、二人は何も答えようとしない。
先程の反応から、既に答えは提示されているようなものであり、ブラックドッグも既に気づいているだろうとヒマリは感じていた。
その上で、ブラックドッグが今も質問を投げかけている状況に、ヒマリは頭を掻く。
トムの元から情報を持ち帰り、この家に戻ってきた段階で、何かがあったことは雰囲気から分かった。
部屋の片隅で丸まったまま、顔を上げようとしないブラックドッグも、椅子に座ったまま立ち上がることなく、テーブルの上に置いた銃を握っていたジッパも、用意されてからしばらく経つ様子でありながら、ほとんど手をつけられていない食事も、実際の言葉以上に異変を雄弁に語っている。
その上でヒマリは何も触れないことを選んでいた。情報が頭から抜け落ちることを嫌ったという部分もあるが、全てに自身が介入しなければいけないとは思っていなかったからだ。
当人達の問題であるなら、当人達の間で解決するべきだ。ヒマリはそういう考えだった。
しかし、現状の二人の反応は――それに対するブラックドッグの追及も含めて――そういう異様な空気の延長線上にあるものであると、何となく分かった。
シトとジッパが話そうとしない理由も、ブラックドッグが聞いている理由も、ヒマリは理解できているが、少なくとも、シトとジッパはブラックドッグが何度も問いかけている理由には気づいていないだろうと感じる。
その距離感にヒマリは手を打つべきかと改めて考えてみるが、やはり、どうしても関与する必要はないという考えは消えなかった。
というよりも、これはヒマリの言葉一つで納得できる話ではないからだ。
問題の本質を自身で考え、その上でそれぞれが納得できる答えを見つけなければいけない。
そう分かっているから、ヒマリは少し悩んだ上で、ポケットに手を突っ込んでいた。そこからカプセルを取り出し、足元のブラックドッグを見下ろす。ブラックドッグはヒマリの方を見ていない。
そのことを確認してから、ヒマリは半ば落とすようにカプセルを投げた。
カプセルがブラックドッグに当たり、ブラックドッグの身体がその中に取り込まれていく。床に落ちたカプセルはそこで少し揺れてから、やがて静止する。
そのカプセルを拾い上げるヒマリを見て、シトとジッパは驚いた顔をしていた。
「えっ? えっ? 急に?」
「そんな何も言わずに入れるんですか?」
「なら、どうやって説明するんだ? 怪人組合の支部に向かうから、超人であるお前はカプセルに入ってくれって言うのか?」
ヒマリの問いかけにシトとジッパは困ったように閉口し、ヒマリはカプセルをテーブルの上に置く。
「今はこうするしかないだろう」
ヒマリは静かにそう呟きながら、テーブルの上に置いたカプセルを見つめる。その中ではブラックドッグが丸まり、穏やかな表情で眠りについていた。




