10-12.プレミア情報
怪人という存在は世間一般的な知名度の高さに対して、認知の上ではイメージの域を出ていないのが現実である。
それは超人が怪人のデータを徹底的に排斥し、危険である、という認識のみを徹底的に植えつけたからだ。
怪人という存在は名前以外のデータを失い、その姿形に至るまで、世間的には正しく認識されていない。
そのため、何が怪人かと人々に聞けば、そのイメージは人によって大きく異なっている。
完全なる化け物をイメージする者もいれば、人の姿形をしている宇宙人のような存在として思い浮かべる者もいる。
あるいは、特定の動物の姿をイメージする者もいて、その存在はあまりに朧げだ。
仮に、ヒマリやミライが怪人としての証拠を提示したとしても、それでトムが怪人という存在を受け入れるかどうかは、実際にぶつけてみるまで分からないことだった。
もしも、その部分が受け入れられなければ、その後に繋がるヒマリの提供する情報にも価値はなくなってしまう。
怪人という存在の真実、超人という存在との関係性、ヒマリが追いかけている酒鬼組とヴァイスベーゼの関係など、ヒマリが対価として用意してきたものは全て、怪人という存在をトムが受け入れる前提で成り立っていた。
もちろん、全くの勝算がないわけではなかった。
ヒマリはトムという男をある程度は知っている。トムが周囲を知っているほどに把握しているわけではないとしても、その現在に至るまでの功績を見れば、トムがどれだけ好奇心に支配された化け物であるかは明白だ。
怪人という餌を垂らせば、食いつく可能性は十分にあった。
だから、ヒマリはここに来た。ここにミライを連れてくるという選択をした。
それでも、ごく僅かな不安は残り続けていたが、ヒマリやミライが怪人としての証拠を提示し、その上で知り得る怪人という存在の情報――果ては超人の真実に至るまで、対価としての情報をトムに見せている間も、トムからの目立った反応はなかった。
目は輝いていた。表情も明るかった。剥き出しの好奇心を表したように、身体は常に前のめりだった。
しかし、それらのどれだけがパフォーマンスで、どれだけが心からの反応であるかは分からない。
フェリーマンの情報を得るため、ヒマリが準備してきた苦し紛れの作り話と受け取った上で、それを聞くこと自体を楽しんでいるとしたら、ヒマリがここで何を語ったとしても、そこに意味はなかった。
やがて、ヒマリは――全てではないが――怪人と超人についてのことを語り終える。
世間の認知が歪んでいる事実を語り、実際の怪人と超人の差を語り、ヒマリが目的としている相手のことを漠然と語った。
後はトムがどのような反応を見せるか。ヒマリは心の中で祈るばかりだった。
「なるほど……。それは非常に興味深く、非常に危険な話だね」
場合によっては、あまり聞きたくなかったと付け加えられそうな言い方をしていたが、トムの表情は明るかった。
まだ大丈夫、とヒマリは気づかれない程度に息を呑む。
「まあ、それが全て本当だったら、の場合だけど……」
そう言ったことにヒマリは一瞬、反応しそうになるが、それを閉じた拳で握り潰す。
「まあ、嘘と受け取るには、異様な準備をし過ぎているよね」
そう言いながら、トムはややミライに顔を近づけて、異形のものとなったミライの手を覗き込む。
「触れても?」
「片手を失ってもいいなら」
一言も笑うことなく、淡々と告げたミライを見て、トムは驚いたように目を見開いてから、小さく肩を竦めていた。
代わりに、今度は落ちたカプセルを拾う。
「これも見た目はただのカプセルだ。とてもじゃないが、中に銃が入っている風ではないね」
そう言って投げ返された物をヒマリは受け止める。
「人は入らないんだね」
「いいや、入るが、今は受け止めたからな」
「ああ、ドッジボール理論か」
「そう考えたことはなかったが、そうかもしれない」
ヒマリはできるだけ平静を装ったまま、トムとの会話を続けていたが、結局、トムの反応はどちらに傾いたのかと疑問に思っていた。
フェリーマンの情報は渡してくれるのか、その部分が気になってしまうが、ここで急かすのは得策ではない、とヒマリは感じる。
が、ミライは違っていたらしい。
「フェリーマンのことは?」
トムが本題に戻らない様子を見てか、ミライは急かすようにそう聞いていた。その問いかけにヒマリは反応しそうになるが、それも状況を掻き乱すと思い、必死に押さえ込む。
「ああ、それなら、これだけの情報を提供してくれたから、もちろん渡すよ」
笑顔でそう答えてくれたことにヒマリは密かに安堵し、踏み込んだミライの対応に心の中で礼を言う。
自分一人だったら、もう少し遊ばれていたとヒマリは思っていた。
「まあ、その手やカプセルがなくても、この前、喋る犬を見たしね。彼が超人であるという確認も取っている以上、その話が嘘であるとは考えづらい。というか、もしも嘘だとしても、その証拠を僕は掴めない」
トムはそう言いながら、ヒマリ達に背を向けて、部屋の奥に並ぶモニターを眺めていた。正面に置かれたキーボードやマウスを動かし、順番に何かをモニターに映していく。
「それは?」
「これが現在、プレミア価格のフェリーマンの情報だよ」
そう言って見せられたものは、その大半の部分に『ノーデータ』と記された一人の人物の情報だった。
「これだけか? お前が調べて?」
「残念ながら。それどころか、この接触方法を含めて、いくつか分かっている情報の一部は、フェリーマンが自身で流したデマと言われているから、本当の情報に絞ると、もしかしたら、何も分かっていないかもしれない」
「この性別や年齢などの情報も?」
「確実とは言えない。強いて言うなら、確実とは言えないということは確実に分かっている、みたいな状態だね」
トムすらそう言ってしまう情報の少なさに、ヒマリは思わず眉を顰めていた。
そうであるなら、ここにある情報の全てを持ち帰ったとしても、期限までにフェリーマンを見つけることは不可能に近い。
即ち、ぶっつけ本番でヴァイスベーゼと超人の戦争に飛び込むことが決まったようなものだ。
完全に打つ手がなくなったか、と頭を抱えそうになるヒマリの腕を、止めるようにミライが掴んだのは、その時だった。
釣り糸を確認するようにヒマリの袖が僅かに引かれ、ヒマリはミライに視線を向ける。
「どうした?」
小声でミライに問いかけると、ミライは何かを言うわけではなく、視線をまっすぐモニターに向けていた。
その視線を追いかける形で、ヒマリは一つのモニターに目を向け、そこに映し出された情報を確認する。
それは僅かに分かっているフェリーマンの身体的特徴を並べたものだった。
見た目の小さな特徴や身長などの基礎的な情報、外見から受ける印象や身につけている物まで、ほとんど羅列のように並べられたものを見て、ミライはヒマリの袖を引いたようだった。
それらを確認したヒマリがトムに問いかける。
「これらの情報は持ち帰ってもいいのか?」
「写真やメモの形で欲しいなら、追加の対価を求めることになるよ」
「そうか、分かった」
それなら、覚えて帰ることにしようと心に決めて、ミライが気にかけているモニターの情報を頭に叩き込んでいく。
その中にフェリーマンに繋がる情報があるのかとヒマリは考えながらも、そこに書かれた全てを覚え、トムに礼を言った後のことだ。
トムの部屋を後にして、離れるように歩きながら、ヒマリはミライに訊ねていた。
「あそこに書かれた何かに覚えがあったのか?」
それを聞いたミライは頷き、こう答える。
「多分、逢ったことある」




