10-11.渾身の暴露
ミライの表情は、基本的に大きく変化することこそないが、感情に乏しいというわけでもなかった。
喜びの感情も、悲しみの感情も、その時々に感じたことを何らかの形で表情には出しており、それはヒマリの案内でトムの隠れ家に足を運んだ時も同じだった。
ヒマリがトムの部屋へと至るギミックを一つずつ見せていくと、その目はいつもより大きく、いつもより輝いたものへと変化していた。
犬や猫のように尻尾が生えていたら、きっと左右に大きく揺れていたことだろう。頭の上に目立つ耳があれば、ピコピコと動いていたかもしれない。
そう思わせる様子に、ヒマリは少し安堵の息を吐きながら、トムの元まで歩いていた。
ここに至る道中、ヒマリは向かう先やそこで何を行いたいのかということ、そして、ミライを連れてきた理由を説明したのだが、それらに迷いが全くないわけではなかったので、その迷いを和らげてくれるミライの反応はありがたかった。
辿りついた部屋の中で、トムは何も変わることなく、ヒマリ達を待ち構えていた。
ヒマリとミライが部屋の中に足を踏み入れると、その正面に置かれた椅子に座っていたトムは振り返り、驚く様子もなく、ヒマリ達を歓迎する。
「よく来たね」
トムはヒマリとミライの顔を交互に見つめながら、そう言う。余裕すら感じさせる柔らかな笑みを浮かべ、いつもと変わらない口調のトムには、ヒマリ達の来訪に関する動揺が一切感じられない。
そのことにヒマリの方が若干動揺していた。頭の中に思い描いていたトムの反応が返ってこないことで、ヒマリは自身の想定していた手段が意味を成さないのではないかと焦りを募らせる。
「噂には聞いているよ。かなりご活躍だったようで」
そこにトムがそう告げる。それはヒマリに止めを刺す言葉であり、ヒマリは舌打ちを隠せなかった。
「既に知っていたのか」
そう呟いて、ヒマリはミライに目線を向ける。ヒマリに見つめられたミライは僅かに首を傾げている。
ミライをわざわざ連れてきた意味はなかったか、とヒマリは落胆と申し訳なさ、それに打つ手がなくなった絶望に近い焦りを覚えながら、必死に頭を回転させていた。
まだ、ここから巻き返せる方法がないかと考えてしまう。
が、そこにヒマリが思っていなかった言葉が投げ込まれる。
「クリサンセマムカンパニーと喚阿商会が和解し、それに君が絡んでいた、ということはね。ただ詳細までは知らないから、できれば教えて欲しいんだが、どうかな?」
椅子に座ったままヒマリを見上げ、トムは深く首を傾げる。
詳細を知らない。それが事実であるかどうかは分からないが、もしも事実であるなら、まだヒマリ達には手が残されていると思い、ヒマリは漏れ出しそうな安堵の息を奥歯で噛み潰した。
何とか表情に出さないように気をつけながら、ヒマリは交渉のテーブルにつく。
「情報との交換ならいい」
「情報? また何か求めている情報が?」
「フェリーマンについて、知っていることを聞きたい」
ヒマリがそう告げた途端、それまでどこか飄々とした振る舞いで、柔らかな空気をまとっていたトムの様子が一変した。表情に険しさが含まれ、ヒマリ達を睨みつけるような目線で見てくる。
「それは難しいな……」
「難しい? フェリーマンの情報はないのか?」
「いや、情報自体はあるけど、かなりのプレミアだからね。それを聞きたいと言うなら、対価は相応のものになる。噂程度でも聞こえてくる事件の詳細だけじゃ教えられないかも」
何も聞いていないので、あくまで予想でしかないが、その程度では情報を渡せないとトムに言われ、ヒマリは深く息を吐いていた。
フェリーマンについて、ヒマリ達が何も情報を持っていないところから、その情報の貴重性は言うまでもない。トムから情報を引き出すに当たって、対価がそれなりのものになる可能性は想定していた。
もちろん、喚阿商会との一件を教えて、それで満足するならいいが、問題はその詳細の部分にヒマリ達の秘密も関わってくるという点だ。
それは別の大きな情報を孕んでおり、ヒマリは情報の価値で言うなら、そちらの方が大きいのではないかと思っていた。
何せ、トムはブラックドッグのことも、オノダのことも知らなかったのだ。
トムの情報網は裏社会全体に広がっているが、その網に怪人や超人は絡んでいない。
それなら、ヒマリ達の持つ情報の価値は必然的に高くなる――はずだ。その証明方法を考える中で、最も分かりやすい形を準備してきていた。
後はトムがヒマリの狙い通りの価値を見出してくれるかどうかだが、その部分は明け渡して判断を委ねるしかない。
「なら、こちらからはお前が聞きたがっている話と、それに付随する秘密を提供する」
ヒマリが準備してきた物を提示するため、トムにそのように伝えると、すぐにトムは反応し、こちらを振り返っていた。
表情は少し前まで見せていた険しさを隠し、期待や好奇心で満ち満ちた少年の目になっている。
「付随する秘密? そんなものがあるの?」
「ああ。この前、俺が来た時のことを覚えているか?」
「もちろん。映像も残しているよ。出そうか?」
「いや、いい。その時のことを覚えているなら、一緒にいた犬のことも覚えているよな?」
「超人、ブラックドッグ。その名に相応しい黒い犬――喋る黒い犬のことだね?」
トムに聞かれ、ヒマリは首肯する。
「その超人と俺が一緒にいた理由。その詳細を話していなかっただろう?」
「ああ、うん。隠されていたね。下手に聞き出して、借りを作ってしまったら、厄介かもしれないから深掘りしなかったけど」
「その理由。そいつが俺達の抱えた秘密で、喚阿商会との一件にも関わっている重要な情報だ。そいつを提供する」
ヒマリの提案を聞いたトムの表情は輝いていた。それは変化としてはとても大きく、ミライ以上に分かりやすいものだった。
興味が隠せていない。トムがポーカーをやったら弱そうだ。
そのように考えながら、ヒマリは隣にいるミライを見やる。準備を確認するような視線であり、それに応えるようにミライは頷き、それを見たことでヒマリは違うと気づいた。
相手が望んでいる、喜んでいると感じると、抱えている気持ちは少し楽になるものだ。トムのそれはそのための演出かと気づき、いらない気を遣わせてしまっている事実に、ヒマリは若干の気まずさを感じていた。
これが借りにならないかと不安を覚えかけたヒマリに、トムが言う。
「フェリーマンの情報を提供するかどうかは情報の質次第だ。その部分を納得してくれるなら、その提供を受けるよ」
「ああ、それでいい」
どちらにしても、この情報で無理なら、他に用意できるものなど何もない。
そう分かり切っているから、ヒマリはこれ以上の迷いを生むことなく、ミライに指示を出す。
「ミライ。鬼の方だ」
「うん」
そう言って、ミライはトムの前で手を持ち上げると、その手を異形のものへと変化させていた。
目の前で起きた変化に、トムの目は大きく見開かれ、興味に満ち満ちた光を失うことなく、ミライの手に釘付けになっている。
そして、その隣でヒマリはポケットに手を突っ込む。
そこから、一つのカプセルを取り出し、それをトムに投げた。咄嗟にトムが受け取ろうとして、トムの手がカプセルに触れる。
だが、トムがその中に取り込まれることはない。
何故なら、カプセルには先に物が入っていたからだ。
割れたカプセルから、中に入っていた数丁の銃が散乱し、トムは目を丸くする。
「安心しろ。弾は入ってない。ただ重さや大きさから分かりやすく、準備しやすい物がそれだった」
「これは一体?」
トムが銃ではなく、その中に紛れ込んだカプセルを拾い上げる。
「それが怪人の力だ」
「怪人?」
ヒマリの説明にトムは首を傾げる。不思議そうに聞き返してきた言葉にヒマリは首肯し、こう続ける。
「俺達は怪人だ」




