10-10.窮余の一策
最大の目標はヴァイスベーゼとの接触であり、武装化の妨害はあくまで副産物だった。
とはいえ、それが可能とも思われる状況に至りながら、結果的に阻止できなかった事実は、苦い味わいをヒマリ達に残すこととなっていた。
唯一、手元に残された手がかりは、喚阿商会に派遣されていたオノダの存在であるが、両腕をそれぞれ別の理由で失い、怪人としての力を喪失したオノダは、抵抗する意思を見せることなく、クリサンセマムカンパニーに拘束され、そのまま沈黙を保っていた。
ヒマリも得意とは言えないが、話を聞き出すことくらいはできないこともなかったが、こういうことは専門家に任せる方がいろいろと都合がいい。
クリサンセマムカンパニーが請け負ってくれるなら、そちらに任せるべきだろうと考え、オノダの尋問を託した結果、残されたヒマリ達は次の目標を失い、何もできないままに時間だけが過ぎていた。
酒鬼組とヴァイスベーゼ。その二つの組織は完全に姿を隠したまま、どこにいるかも分からない。
このまま何もせずとも、ヴァイスベーゼ自体は超人の施設を襲撃するために動き出すはずだ。その時に合わせて、ヒマリ達も動けば、ヴァイスベーゼとの接触自体は行えるが、そこには超人といういらないおまけもついてくることになる。
できることなら、その手前で何かしらのアクションを起こしたい。
完全な接触が難しくとも、ある程度の準備を済ませて、策のある状態で本番に臨みたい。
確実な結果を求めるために、ヒマリは――ヒマリ達は、そのように考えていたが、そのための手段が思い浮かぶことはなく、ただただ焦りだけが募っていた。
「やっぱり、あのオノダという男から情報を引き出すしかないんですかね」
ジッパが現状の可能性を精査し、そのように呟く。
確かにそれが可能であるなら、それが最も望ましいとはヒマリも思うところだ。
が、その難易度は推して知るべし、未だにクリサンセマムカンパニーから連絡が届かない事実が全てだった。
「ヴァイスベーゼがわざわざ外部に派遣した人材だ。余程口が堅いか、あるいは情報の大半を掴まされていないか。どちらにしても、この先も良い結果が聞けるかは分からない」
「それはクリサンセマムカンパニーがどのような手段を使っても?」
「どのような手段を使っても、だ。トムが情報を持っていなかったところを見るに、元々は一般人だと思うが、そうだとしても、あの状態で沈黙を選んだ男だ。口を割る可能性は少ないだろう」
そう口にしながらも、ヒマリはオノダが情報を話す可能性が全くないと思っているわけではなかった。
あくまで可能性が少ないだけで、クリサンセマムカンパニーの取る手段次第では、オノダも口を割るかもしれない。
その可能性があることくらいはヴァイスベーゼも理解しているだろう。
もしもヒマリがヴァイスベーゼの関係者なら、今頃はオノダの始末も検討しているだろう。そのための手段を考えているか、もしくは、事前に手段を用意しているかもしれない。
どちらにしても、放置するとは考えづらいが、ヴァイスベーゼの現状を考えると、オノダ一人を始末するために、人員を割くのかという疑問が生じる。
それだけの余裕があるとは、流石に状況からは考えづらい。
オノダが情報を握っているとしたら、口を割る可能性を考えて始末するだろう。それが状況的に難しい――あるいは、不必要であると判断される場合もあるが、その場合はオノダに重要な情報が伝えられていない事実を表している。
オノダが殺されるなら、そこに情報を隠していたという事実が分かり、オノダが無事であり続けるなら、情報を持っていないことが分かる。
そこまで思い至れば、オノダが口を割らない可能性のあまりの高さに眩暈がするほどだった。
殺されるにしても、情報を持っていないにしても、オノダには話すだけのメリットが存在しない。
自身の命を守るために情報を吐く可能性自体はあるかもしれないが、それを行っても、クリサンセマムカンパニーが怪人を止められなければ意味がないので、その可能性に賭けることはないだろう。
怪人という力の脅威は――それに対抗するだけの力があるかどうかという事実は――オノダ自身が図らずも証明してしまっているのだから、それがあり得ないことは明白だった。
状況は完全に膠着し、ヒマリ達の足は完全に止まってしまった。後はヴァイスベーゼが自発的に動き出す時を待つしかなく、その時は無策で無謀にも突っ込まなければいけないかもしれない。
それで本当に目的が果たされるのか、とヒマリは当然の疑問を懐く。
ゆっくりと頭を抱え、深く息を吐き出す。何度も同じ場所を回るような思考を繰り返し、ヒマリは細い糸のような可能性を手繰り寄せようとしていた。
そもそも、喚阿商会に目をつけたきっかけは思いつきである。酒鬼組が関係のある武器商人に仕事の話を持ち込むかもしれないと思ったところから行きついた結果だ。
そのためにヒマリはトムから情報を得て、次の行動を決定した。トムでも素性の分からないオノダを探るため、ヒマリは喚阿商会やクリサンセマムカンパニーとの接触を画策した。
そこから分かることとしては、ヴァイスベーゼはトムの力を以てしても、詳細を掴めないほどに潜んでいるということだ。
酒鬼組の情報も口止めが行われた今、ヒマリ達が手にする手段はないに等しい。
やはり、ヴァイスベーゼと通じるだけの情報を持っているとしたら、オノダ以外にいないことは事実であるが、オノダの持っている情報がどこまで有効で、何をすれば引き出せるものかも分からない以上、そこに賭けるわけにはいかない。
と考えている途中で、ヒマリはクリサンセマムカンパニーの本社での出来事を思い出す。
オノダがヴァイスベーゼの中で、どれだけの立ち位置にいるかは分からないが、オノダがヴァイスベーゼに一つの利益を生むほどの情報を持ち帰ったことは事実だった。
ヴァイスベーゼはその情報を元にフェリーマンと接触し、例の日に用いる武器を手に入れたはずだ。
そのオノダの持ち帰った情報が喚阿商会に入り込んだことで手に入ったとすれば、その情報の出自は裏社会ということになる。
ヒマリはフェリーマンに関して、一切の情報のない謎の武器商人という認識でいたが、もしも一定の情報が出回っているなら、その情報はトムに集まっていないのかとヒマリは思った。
もしそうであるなら、トムからフェリーマンの情報を聞き出すことで、間接的にヴァイスベーゼと通じる手段が確保できるかもしれない。
最悪、ヴァイスベーゼに売った武器の量から戦力だけでも把握できれば、ヒマリ達は今より動きやすくなるはずだ。
トムから情報を引き出すしかない。
その結論に至ったヒマリが、次の問題をどのように解決するか頭を悩ませ始める。
トムと接触し、情報を引き出すための対価を如何に準備するのかという問題だ。
その部分をうまく解消できなければ、結局、トムが情報を握っていたとしても意味はないのだが、と考えながら、ヒマリは部屋の中を見回す。
トムの対価となるような物は部屋の中にはなく、何かを用意するにはあまりに時間が足りない。
物理的な物が用意できないとすれば、後は対価となり得るだけの情報しかないが、と考えるヒマリの目が一点で止まる。
今の手持ちの情報の中で、対価となる情報はそこにしかないが、それを引き渡しても本当にいいのかとヒマリは頭を悩ませる。
その視線に気づいたのか、向こうがヒマリに目を向けて、小さく首を傾げてきた。
その仕草をじっと見つめながら、ヒマリは判断に悩んでいたが、お互いの目的を改めて思い出すと、それを迷っている場合ではないと思う部分も大きかった。
結果、ヒマリは立ち上がると、見つめていた相手に声をかける。
「可能性の域は出ないが、トムからフェリーマンの情報を引き出しに行く。一緒に来てくれ」
ヒマリがそのように声をかけると、さっきまで首を傾げていたミライが立ち上がり、ヒマリの視線に応えるように頷いていた。




