10-9.シェルターの住人
入口だった廃屋の印象に反して、重厚な金属製の扉の向こうには、その大きさに比例した広大な空間が広がっていた。
手を伸ばしても届かない高さの天井に、行く先の見えない歪曲した通路。その途中には脇道への入口や扉が並び、まだ玄関とも言える場所でありながら、案内された施設の広大さが伝わってくるようだった。
廃屋から扉を越え、機密シェルター支部というものに足を踏み入れたアズマヤとヒノエは、そこに広がる想定外の光景にあんぐりと口を開き、閉じられなくなっていた。
これが怪人組合の拠点なのかと驚く一方、ここまでに抱えていた解消し切れない不安が、急に解けていくようでもあった。
これだけの場所が用意できる組織なら、アズマヤとヒノエの望みにも期待できるかもしれない。
萎みかけていた希望が膨らみ、アズマヤはタニグチの案内で、拠点の中を歩き出そうとする。
そこで脇道の一つから声が聞こえてきた。
「ああ、無事に帰ってきたんだ」
その声にタニグチが立ち止まり、歩きかけていたアズマヤとヒノエも自然と足を止める。何かと脇道を見やれば、そこから誰かが出てくるところだ。
「おかえり」
そう言いながら、姿を現した一人の女性を見やり、アズマヤは思わず目を見開いていた。ヒノエも反応しそうになっているが、途中で思い止まったのか、開きかけた目を慌てて細め、アズマヤの方を見てくる。
その視線にアズマヤも慌てて表情を取り繕い、現れた女性を見つめていた。
「ただいま」
「その人達が例の?」
「ああ、うん。そうだよ」
タニグチは脇道から出てきた女性と話しながら、アズマヤとヒノエの方を振り返る。
「あちらがアズマヤさんで、そちらがヒノエさん」
そのように二人のことを女性に紹介してから、今度は隣の女性を手で示し、アズマヤ達の方を見てくる。
「お二人にも紹介します。こちらは私と同じく、怪人組合の怪人である朝霧明花さんです」
「どうも、初めまして。アサギリです」
恭しく頭を下げるアサギリに、アズマヤとヒノエも半ば釣られるような形で、深々と頭を下げていた。
「東野耀介です」
「檜枝雪菜です」
二人がそれぞれ改めて名乗ると、顔を上げたアサギリが微笑みながら、頷く。
その仕草を見ながら、ずっと気になっていることを聞くかアズマヤは悩んでいたが、ふと目を向けた先で、ヒノエも同様に悩むような視線を向けていたことから、アズマヤはヒノエも悩むくらいのことなら、あまり自身が触れない方がいいだろうと思い至っていた。
後でこっそりタニグチにでも聞いてみようとアズマヤが思っていると、そこでアサギリが何かを思い出したようにハッとし、タニグチの方を見やった。
「イブスキのところには行くの?」
「ああ、うん。連れてくるように言われているから」
「まあ、そうだよね……」
そう呟いたアサギリがちらりとヒノエの方を見たことに、アズマヤもヒノエも気づいて、僅かに首を傾げる。
今の視線は何かと不思議に思いながら、アズマヤは今の会話で聞こえた名前を口にする。
「イブスキ?」
「ああ、実は、この支部にはトップというトップがいないのですが、唯一、まとめ役をやっている怪人が一人いるんです。それが燻木桜雅という怪人なんです」
「怖い方なのですか?」
二人の反応があまり良い様子には見えなかったからか、ヒノエがそのように質問を投げかけていた。
それを聞いたタニグチとアサギリは小さく笑い、かぶりを振る。
「いいえ、基本的には頼りになる優しい人ですよ」
「ああ、そうなんですね……」
ヒノエは納得するような口調でそう答えていたが、すぐに顔色を窺うようにアズマヤの方を見てきたので、アズマヤは小さく頷きを返していた。
「基本的には頼りになる優しい人ですよ」
基本的には。
それはつまり、基本ではない瞬間があるということであり、それが表情に宿った僅かな暗さの正体であると考えたら、アズマヤとヒノエはこれから逢うというイブスキに、若干の不安を覚えずにはいられなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
入口の印象から変わることなく、機密シェルター支部は入り組んだ作りをしていた。
ここは迷うことなく歩けるようになるまで、どれくらいの時間がかかるのかと不安を覚えながら、タニグチに案内されることしばらく、アズマヤとヒノエは一つの扉の前まで案内されることとなる。
「例の客人を案内しました」
扉をノックしたタニグチが部屋の中に声をかけると、部屋の奥から地響きにも似た低い声が返ってくる。
「入れ」
「失礼します」
そう言って、タニグチはゆっくりと扉を開けると、その中に入るよう、アズマヤとヒノエに手で先を示すようなジェスチャーを見せた。
二人は促されるまま、部屋の中に足を踏み入れ、そこで部屋の奥にある椅子に座っていた一人の男と対面する。
「やあ、よく来た客人よ。俺がこの支部の責任者を務めている燻木桜雅だ」
そう言いながら、椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄ってきたイブスキを一目見たことで、アズマヤとヒノエは再び固まっていた。
驚きで目を見開き、完全に言葉を失い、唇を真一文字に結ぶ。
そのまま、二人は必死に湧き上がってくる笑い声を押し殺していた。
それもそのはずだ。先程のアサギリもそうだったが、イブスキとの対面で三度も重なり、二人の中では完全に面白いという方向に片寄ってしまっていた。
「よろしく」
アズマヤとヒノエの前で立ち止まったイブスキが片手を持ち上げて、アズマヤに向けてくる。
その手を握りながら、アズマヤは僅かに目線を逸らし、「よろしくお願いします」とか細く消えそうな声で返事していた。
「ん? どうかしたか?」
そう言って、覗き込んできたイブスキの顔を見て、アズマヤのダムは決壊しそうになっていた。何とか必死に奥歯を噛むことで笑いを抑え込み、アズマヤはイブスキを見やる。
その頭――髪の毛に目を向けて、アズマヤは大きく息を吸い込んだ。
それは定規を使ったのかと思うほど、綺麗に切り揃えられたおかっぱ頭だった。
タニグチと全く同じ髪型であるのだが、二人の中でそれが面白くなってしまっている理由は髪型そのものではなかった。
この髪型はイブスキだけでなく、アサギリもそうだったのだ。
機密シェルター支部の怪人三人と逢い、その全員が同じ髪型をしているという事実に、拠点の広さ以上に想像していなかったアズマヤとヒノエは、吹き出しそうになるほど面白く感じてしまっていた。
アズマヤと握手をしたイブスキが、今度はヒノエの前で手を持ち上げていた。ヒノエも必死に笑いを堪えながら、その手を握っている様子を見て、ふとアズマヤは今更ながらのことに気づく。
そういえば、イブスキはアズマヤの手袋について何も言ってこなかった、と。
外すように言うかは別としても、疑問くらいは湧きそうなものだが、それもなかったのかと思っていたら、ヒノエとの握手を終えたイブスキが二人の前で、大きく部屋全体を示すように腕を広げる。
「この支部は君達を歓迎しよう。部屋も用意したから自由に過ごすといい。何か問題があれば、俺に言ってくれ。何でも協力しよう。この支部の守りを任されている身として、生活の保障も役目の一部だと思っているからな」
そのように説明するイブスキが大きく腕を広げ、動かしたことで、今更ながらにアズマヤはイブスキが屈強な身体をしていることに気づいていた。
パワーを彷彿させる身体の大きさに、髪型ばかりを気にしていたアズマヤは気づかなかったのかと分かり、手袋も場合によっては気にならないこともあるかとアズマヤは考える。
「では、部屋にはタニグチに案内させよう。頼めるか?」
「ええ、もちろん」
タニグチが首肯し、二人を連れてイブスキの部屋を後にする。
その後ろをついて部屋に案内される途中、ヒノエが小さくアズマヤの服を引っ張り、アズマヤは怪訝げにヒノエを見つめていた。
「どうしました?」
「さっきの人の視線、おかしくありませんでしたか?」
「えっ? そうでしたか?」
アズマヤは一切気にならなかったことから首を傾げると、ヒノエは勘違いだと思ったのか――あるいは、思うことにしたのか――自身の気のせいかもしれないと言って、アズマヤの服から手を離す。
若干の不安も覚えていたのか、その手が服越しにアズマヤに与えていた冷気も離れ、何か不安に思う様子の異様さがあったとしたら、ちゃんと確認しなければいけないとアズマヤが思った時のことだった。
ふと消えかけていた疑問が首を擡げ、アズマヤの中で明確な違和感として浮上する。
アズマヤはさっきまで自身の服に触れていたヒノエの手を見やり、イブスキとのやり取りを思い返してみる。
手袋はともかくとして、イブスキは冷気にも触れていなかった。
流石にそんなことがあるのか、と思ったところで、アズマヤはヒノエのさっきの質問を改めて考え直し、そこで一つの事実に気づく。
そういえば、アズマヤは握手の時以外で、イブスキと目が合った覚えがなかった。




